決意
宿に戻った少年は、テーブルの上に紙袋を置いた。物音に気付いたある生き物が、少年を大きな目で見上げる。
蜘蛛と目玉を掛け合わせたような姿の生き物は、しゃがれた声を発した。
ーーーー早かったな。
「別に。今日は探してないから」
左眼を髪で隠した少年は、袋から林檎を取り出してかじる。赤く食欲をそそるその果実をたべながらも、少年の顔は不機嫌そうにしていた。
ーーーーアリウム、主よ、たまには別のものも口にしてはどうか。
アリウムと呼ばれた少年は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「何を食べてもおなじだろ。クロユリサマは僕が何を食べても味なんてわからないんだからさ」
アリウムは林檎を咀嚼し、水を飲んで胃に流し込む。それを見たクロユリ……8本脚の生き物は、アリウムの体を登り、左眼の空洞に入り込み、左眼へ擬態した。
自ら食べ物を摂取できないクロユリは、こうやって苗床に栄養をとらせ、それを自らに取り込むことで生きているのだ。
そのためクロユリは契約者に死人を選ぶ。生者と契約することもできるが、生者を苗床にするといずれ死に追いやることになる。クロユリはそれを避けるため、栄養を必要とせず、なおかつ生に執着のある死人を苗床に選んでいるのだ。
「ねぇそろそろ教えてよ。黒闇教って一体なんなのさ」
アリウムはクロユリが読んでいた本に目を通しながら、そうつぶやいた。
アリウムとクロユリが初めて出会った時に、クロユリが教えた黒いローブの集団の名前。それが黒闇教。
クロユリは何度アリウムに黒闇教のことを聞かれても答えることはなかった。
ーーーー何故知りたがる?
「自分を殺した奴らのことを知りたがるのはいけないことか?」
ーーーー知ってどうするのだ?
「それは聞いてから考える」
ーーーー……。
しばらく沈黙していたクロユリは、眼窩の中で語り始めた。
ーーーー黒闇教は、闇の力を使う魔導師、イーゼラーを崇拝する宗教だ。人々を根絶やしにし、世界を闇におとさんとする者たちの集まりでもある。魔術を使い、魔物を呼び出して使役しようと考えているのだ。……主にしたようにな。
「……そう。悪いのはその闇の魔導師なんだ」
ーーーー……。
「じゃあやることは決まったよ」
ーーーー?
「闇の魔導師を殺す。そうすれば、黒闇教は指導者を失って解散するはず」
ーーーーしかし魔導師は世界の秩序を守る存在であるぞ。世界を傾ける行為に近い。
「人々を殺して回る宗教を容認してるなんて、それこそ世界を傾けてるようなものじゃないか。それなら殺してしまったほうがいい。ほかにも魔導師はいるんだろ」
ーーーー……。
「明日からは闇の魔導師を探して回る」
夜。
アリウムが眠ったのを見計らい、クロユリは窓を伝って外に出た。
人々も寝静まり、風の音だけが街に響いている。
「なんだ、死人がふらふら歩き回っていると思えばお前のエサ場か」
自分に影がおちたと思えば声がする。クロユリは声の主を見上げた。
ーーーー蔑む言い方はやめろ。彼は人間だ。
「はっ。よく言うぜ。死体に寄生する寄生虫野郎が」
声の主は人間の姿をしていた。黒い服に身を包んで、黒く長い髪を無造作に束ねていた。
「あのエサ場のガキから、俺たち魔物に対する悪意を感じる。お前、何言った」
ーーーー黒闇教のことだ。
「それで」
ーーーー闇の魔導師を殺す、と。
「お前はそれを受け入れたのか」
ーーーー……。
「もしお前のエサ場があいつに危害を加えたら、俺がお前もろともあのガキを消すからな。お前もあいつに世話になってんだろ。そんなお前があいつへの悪意を見逃すとはおもえねぇ。お前は気色悪い寄生虫野郎だが、あいつから受けた恩を仇で返すほど糞じゃねぇと思ってるからな」
ーーーー忘れたことはない。
「ならどっちを優先するかはわかってるはずだ」
黒に身を包んだ男は、そう言い捨てるとクロユリの前から立ち去った。
ーーーー……。
ーーーー我は、どちらも救いたいのだ。あの者に導かれたように。
もうその場にいない魔物の男に伝えるように呟くと、クロユリはゆっくりと宿へ戻っていった。
最後の魔物はクロユリのこと大嫌いです。