生者は死人へ
契約だ。
そう言って怪物は僕を取り囲んでいた奴らを消し去った。胴体から伸びる8本の脚を振ると、その度に絶叫と血飛沫が舞った。
僕はその様子をただ呆然と見ていた。
僕がここに囚われたのは、ある儀式の生贄にされるためだった。僕を閉じ込めた黒いローブの集団は、あらゆる方法で僕を苦しめた。
もう腕も脚も動かない。骨が砕かれて、内臓も取り出された。それでも生きているのは、こいつらが魔術師で、無理やり生かされているからだ。
すべては、怪物を呼び出すために。
左眼をくりぬかれた時、ついに怪物は顕現した。暗い部屋の奥に、真っ赤な目玉が見えた。
怪物と目があった時、僕は、届くはずがないとわかっていながらもつぶやいていた。
「みんなころして」
瀕死の子供の願いなど聞き届けるはずがない、そう思っていても、僕は願わざるをえなかった。
死にたいとすら思える苦しみを受けても、自分には何も残らない。にもかかわらず、目の前の集団は何も苦しまなくても恩恵を受ける。
そんなのゆるせるはずがない。
ならせめてもの抵抗をしよう。聞き届ける者がいなくても、言葉にして残そう。
みんなころしてくれ。
ーーーー聞き届けた。
低くしゃがれた声が響き渡った。その瞬間、ローブの集団が次々と引き裂かれていく。
断末魔の叫びが狭い部屋の中に響き渡り、1人、また1人と死んでいく。
あぁ、恨みは果たせたんだ。
安堵すると、僕の意識は薄れていった。
僕はもう死ぬんだろうか。
恐れはない。長い苦しみから解放されると思えば、安心感のようなものが湧いてくる。
せめて青い空をみたかった。
そう思いながら目を閉じる。
青い空のかわりに最後に映ったのは、怪物の真っ赤な眼だった。
目がさめると、目の前には青空が広がっていた。
ゆっくりと上体を起こして周りを見回す。広い草原だ。
ーーーー目覚めたか。主よ。
しゃがれた声がする。声の方に向くと、膝の上に何かがいた。
胴体らしい大きな目玉に一回り小さな頭部がついていて、胴体から8本の脚がでている。
頭部にはギョロギョロした2つの眼と、ギザギザの口。さらに頭頂部は避けて2つの触手らしきものが飛び出し、その先には目玉がそれぞれついている。
「な……」
頭に疑問がたくさん浮かぶ。一通り駆け巡ったあと、僕はあることに気づいてその怪物をみた。
「僕……死んだんじゃ」
ーーーー確かに、主は死んだ。
「なんで生きて……?」
ーーーー生きてはいない。
「え?」
ーーーー主は、我と契約を結んだ。故に、主は生者のように動いている。
「意味がわからない」
ーーーー主が我に願ったのだ。あの者たちを殺せと。それは契約が成立したと同じ。我は死人としか契約を交わせぬ。しかし主は死に瀕していた。故に我は主の願いを聞き届け、主が死した後契約を遂行したのだ。
ーーーー今や主は、生きた死人である。
生者は死者へ変わりました。
次回から2人は旅に出ます。