初めての共同生活2
大江一郎君は不思議な子です。
記憶喪失とは聞いているけど、どうもそうは見えません。
初めての挨拶で、
「初めまして大江一郎といいます。これからお世話になります。」
と言える5歳児のどこが記憶喪失なのでしょうか。
一郎君は初めからすんなり幼児組に入り込みました。私が幼児組に連れて行ったときに、まず大也君が威圧してきたのですが、身長が倍近く有って、体重なら4倍にもなる大也君が覆いかぶさるようにして「お前チビな。」などと言ったら普通は怖いだろうと思います。私が大也君に拳固したのは一郎君が大也君を苦手にならないようにです。
ところが一郎君は、
「僕には大江一郎という名前があるよ。」
虚勢を張ってなら分かるのですが、なんだかやんちゃな子供をさとしているような。
それで大也君が気に入ったのか、後はすんなり輪の中に入ってしまいました。
一郎君は聞き上手というか、自分のことはそれほど話していないのにいつの間にか会話の中心にいます。特に鈴ちゃんと蘭ちゃんは一郎君を気に入っているようで、猛アタックが微笑ましいですね。
驚くのは運動能力の高さです。
ふつうあの位の年齢の子供はよく転ぶのですが、一郎君は走ってもブランコから跳んでも決して転びませんね。お風呂に入れた時に裸を見ましたが、腹筋が引き締まって軽く割れていました。
ある時飼い主が縄を話してしまった中型犬が、幼児組が遊んでいるところに飛び込んできたのですが、一郎君は足払いをかけて転ばせた後、馬乗りになって首を抑え込んでしまいました。大人でもそんなことは出来ないのではないでしょうか。
その一郎君が元和君を気にしているようです。
元和君は難しい子です。1年前に酷い虐待の末に親が逮捕されて、地元から遠く離れたこのみどり園に入ったのですが、入園以来ほとんど口をききません。じっとしているだけなので、手がかからないとも言えるのですが、そばにいるだけで何ともいやな気持になってしまう独特の雰囲気を持っています。最初はいろんな遊びに参加させようとしたのですが、まるで反応がなく、周りの子達まで暗くなってしまうので、今は様子を見るだけにしています。
一郎君はそんな元和君の何が気になるのかわかりませんが、よく元和君をチラ見しています。一郎君の面白いところはそれで本人に話しかけるより前に、情報を集めだしたことです。音音君を使っていろいろ調べているようです。ただの好奇心だとしても、変わった反応をする子です。
今回は園長先生に語って頂きました。
立派な大人の一人称は書きやすいです。