Act1-8
遅れに遅れた七時雨です。最近時間がほんと無くて困ってます。いや、マジで。しかも二日後には学診が……
まぁ、それは置いといて、早速始めましょー!
Act1-8「目指す先は」
アクミは目を覚ました。MFUの電源を入れて時刻を確かめる。まだ朝五時。早朝だ。
目をごしごしと擦って辺りを見回す。みんなまだ寝静まっているのか、動いている気配はない。しかし、そこに二つの影が見当たらない。
ガレオンとシロだ。おまけに白月もいない。
「あれ……」
アクミは立ち上がり、器用に寝ている人達を避けて部屋を出た。
◇◆◇◇◆◇
「10000スラズで……ああ、頼む……シナノだ。明日到着する」
ガレオンはMFUの電源を落した。
「あ、ガレオンさん」
ん?、と後ろを振り向くと寝ぼけ眼を擦るアクミが立っていた。ガレオンは急いでMFUを腰のポーチにしまう。
「アクミか。どうした?」
「あぁ……目が覚めちゃって」
「……そうか」
「そういえば……シロは?」
ガレオンは迷った。伝えるべきか、伝えないべきか。目線は空を向いていたが、意識は先ほどの会話に戻っていた。
「私を……何故このギルドに入れたのですか。聞いた話だと、強い者しかこのギルドに入れなかったそうじゃないですか」
麻のマントを羽織ったシロと、ガレオンが話していた。足元では、白月が欠伸をしていた。
少しの躊躇うようなそぶりを見せ、ガレオンは口を開く。
「……実は、君が必要だったのだ」
「私でなければ、ダメでしたか」
「ダメだ」
「じゃあ私を奴らから救ったのも――」
ガレオンは嘆息した。
「――もちろん、そのためだ」
シロは俯いてフードを被った。
「なら、ここにも私の居場所はないようですね……私は、このギルドを抜けます」
「シロは……武者修行の旅に出た」
「武者修行……」
「きっと奴らに誘拐されてしまった時、痛感してしまったのだろう。自分の無力さを」
「無力って、そんな」アクミは目を伏せる。
「仕方の無いことだ。私は、ギルドマスターとして、彼女の意見を尊重しただけだ――さぁ、出発の準備だ」
ガレオンはアクミの肩を叩き、宿に戻って行った。
仲間として、かけられる言葉は、無かったのだろうか。そう自問自答してみる。しかし、出てくるのは自分の都合の良い答えだけだった。訳も分からず、空を見上げる。
悩むアクミをよそに、清々しい空に青白く〈エウィア〉が輝いていた。
◇◆◇◇◆◇
「もうここを発つのか?」
「ええ、時間があまりないので」
「そう……気をつけて」
町とエリアを隔てる門の前でナツキとガレオンは握手を交わす。
アクミはそれを〈アルゴー丸〉の車窓から眺めていた。
「シロちゃんがいなくなるなんて……やっぱりショックだったのかな?」
アカリが隣に腰掛ける。今日は白いローブの魔術師だ。
「そうかもな。でも、それだけの理由なのか……?」
どこか心の片隅に引っかかる。そんな単純な話ではないような気がしてならない。
「何か心当たりがあんの?」
そう言ったのはカルマだ。カルマもアクミの隣に腰掛ける。
「いや……なんとなく、そんな気がして」
「ふーん、そう」
カルマはつまらなそうに呟くと、目を瞑って船を漕ぎ始めてしまった。
そしてドン! という衝撃とともに車体が揺れた。ガレオンが運転席に乗り込んだようだが、ちょっと……強く閉めすぎではないだろうか。
「カツミさんは、何とも思わないんですか?」
目の前の座席に座るカツミに訊ねた。
「ん? ああ、始めたばかりのお前は分からないか……」
「?」
カツミは前かがみに座る。
「よくあることなんだよ。ギルドからの脱退ってのは、な。特にこの〈アカシック・キーズ〉みたいなちゃんとした目的のあるギルドだと、意見が分かれたりして人がいなくなったり、逆に増えたりもするもんさ。だから、個人にはあまり固執しすぎないようにしてる。そうじゃなきゃ、やっていけないからな」
「そうなんですか……」
「あまり気にする事は無い。アクミ――」
運転席からガレオンの声。
「――我々の目的は、〈センター〉に行く事だ」
「……そうですよね……分かってます」
アクミは髪の毛を掴む。
なんとなく、なんとなくだけど、どこか納得しきれない部分……とっかかりみたいな物が、胸の中にある。
だが、今のアクミには、答えは出せなかった。
◇◆◇★◇◆◇
とある森の中にある開けた場所。空はすっかり夜の帷に覆われていた。
運転席から空を見上げたガレオンは口を開く。
「今日は、ここで一泊しよう」
車の天井からビニールの屋根を引き延ばし、両端を地面に固定した。
「さて、今晩の夕食作りをするか」
ガレオンは腕をまくるそぶりをするが、ガレオンには袖がないので空ぶっただけだった。
リーンリーン……という虫の鳴き声が薪の弾ける音との和音を響かせている。
今日の夕飯はシチューのようだ。〈ノーマルバレット改〉のメンテナンスをしながらアクミは気づいた。
分解したパーツを組み立てて動作を確認する。カシャン、という音と共に弾倉が銃に収まる。何も問題はなさそうだ。
ガレオンにメンテナンスの仕方を教えてもらってから、〈ノーマルバレット改〉の調子が良いような気がする。
「なぁ、アクミ」
「はい?」
上を向くと、そこにはカツミが立っていた。
「この世界で、HPがゼロになったら、どうなるか。知ってるか?」
「えーと……確か、ベッドに戻されるんでしたよね? 普通」
そう、一度HPがゼロになると、どこで死んでも最後に宿泊した場所、もしくは自分の最初の部屋であるホームに戻される。
「じゃあ、現実世界では、どうだ?」
「現実ってそりゃあ……」
『確かに死んじゃったけど、ここにいるんだよ。私は電子の流れに乗ってありとあらゆる場所に存在するユビキタス的存在になったんだよ』
ゆかりの言葉が頭の中で反響した。彼女は、目の前にいた。でも、あの日、確かに彼女は息を引き取った。
では、死、とは何を指す言葉なのだろうか。
「……いなくなるって事ですよね。ほんとに」
そう呟きながら〈ノーマルバレット改〉を見つめる。月光が黒い銃身に反射している。
「そうだ。じゃあ、今、この世界は何だ」
「現実……」
なぜ、こんな質問を急にぶつけてきたのか、分かった気がした。
「気をつけた方がいい。さもなければ、他の誰かに、この世界に、『殺される』」
カツミはそう言い残して〈アルゴー丸〉に戻って行った。
「死ぬことって、なんだろう……」
アクミは空を見上げた。
瞬く星空は、何も答えなかった。答えを出さずに、人々を見下ろしていた。
◇◆◇☆◇◆◇
「おお! ここが〈ポリス・シナノ〉ですか!」
〈ヴィレッジ・トミオカ〉を出て三日。山地を下る〈アルゴー丸〉の窓からアクミは顔を出した。山に囲まれた盆地には住居が並び、中心には大きなタワーがそびえている。
「アクミとアカリは初めてなんだよな。いい所だよ、ここは。ゲームの時も、グラフィックが綺麗でさ、よくここに来たよ」
カツミも窓の外を見た。空には数隻の飛行船が漂っている。
「それ以外にも、ここでしか買えない薬や、アイテムも存在する」
ガレオンが言った。
その瞬間、〈アルゴー丸〉が大きく跳ねた。
「うおっ……すまない、木の根に引っかかって――わっ!」
再び跳ねた。どうやら道の状態は良くないらしい。
時折跳ねながら〈アルゴー丸〉は〈ポリス・シナノ〉に入って行った。
流石に二週間以上経つと、みんな慣れてきたのか、街はそれなりのにぎわいを見せていた。
「ほぉ、やっぱり〈エド〉とは違いますね。見た事無いクランが沢山いますよ!」
アカリははしゃぎながら言った。確かに、見た事無いクランが沢山いる。MFUのカメラで映してみる。獣と人の要素を兼ね備える半獣人族、すらりとした長身が特徴的な鳥人族、じつにバラエティーに富んでいる。
「街の風景も、近代的だなー」
アクミは呟く。〈エド〉とは違い、住居も近代的で道路はアスファルトだ。
そこを通る車は無いのだが……
しかも中心にそびえるタワーがさらに近未来的な雰囲気を醸し出している。
「で、ここには何の目的で?」
アクミはガレオンを見上げた。が、ガレオンはMFUを左耳に当てて誰かと話しているようだった。
「ん? ああ、ちょっと待ってくれ……いや、こちらの話だ。で、とりあえず、例の場所で会おう。それじゃ」
ガレオンはMFUをポーチにしまいながら口を開く。
「ああ、で、とりあえずここでは休息だ。これから先、もっと道のりは大変になるからな」
「え! じゃ、自由行動?」
カツミは嬉しそうに訊ねた。
「ま、そういうことだな」
ガレオンは少々あきれている様子だ。
「やったー! 買物だ! 夏だ! 海だ!」
「ここ、内陸」
何も言わなかったカルマが静かにつっこんだ。
「あー! たくさん買っちゃったなぁー!」
カツミは両腕に大量の荷物を抱え込んで恍惚の表情を浮かべている。隣には、何も分からずただ苦笑いしているアカリ。カツミの両脇にはカツミと同じく大量の荷物を抱え込んだアクミが歩いていた。
カルマは、「やりたいことあっからまた後でねー」と残してどこか行ってしまった。
「おーい、どうすんだよ。カツミー、こんな荷物」
「そうですよ。こんな沢山あったら確実に〈アルゴー丸〉が破裂しますよ」
「いやーだってさ、ゲームの中のお金なら現実世界より確実にあるんだから、やっぱり買いたくなっちゃうもんだって」
「そういうもんですか?」
「え! アカリちゃんなら分かってくれると思ったんだけどなー!」
「いや、ちょっと、理解し難いです」
「マジで!? ねぇマジであなた女の子!?」
「それじゃなかったら何ですか!」
「……オカマ……?」
アクミがポツリと呟く。
『え゛』
空気が凍る。全員がアカリの方を向いて固まった。
「いやいや、ありえないでしょ!」
「ふんふんふふーん」
カルマは陽気に鼻歌を歌いながら街を歩いていた。
街には様々な看板が出ていた。ゲームのころは殆どが張りぼてだったが、今はどうだろうか。興味が湧く。
試しに『うどん』と書かれたのれんの店に入ってみる事にした。
「へい! いらっしゃい!」
店の中でテーブルを拭いていた店主が声を張り上げて言った。
「あ、どうも」
カルマはテーブルに座った。昼食にはまだ早いが、とりあえず食べてみよう。
「じゃあ、月見うどん一つ」
「へい!」
店主はそう言うと、厨房の中に入って行った。
「さぁて、うちのギルマスは、何やってんだか」
MFUを取り出して、とあるアプリを起動させた。そこには、ガレオンの位置データと音声データの波が映し出されている。
音声データを覗いてみるが、特にめぼしい情報はなさそうだ。
MFUをしまって、周りを見回す。普通のうどん屋だ。
「やっぱり、ゲームの世界で入れなくても、現実になったら入れるようになるよな。普通」
「へい、お待ち!」
目の前に月見うどんが置かれた。
中心にはいい感じに卵黄が添えられている。
いくらなんでも早すぎだ……
そう心で呟きながら割り箸を割って、卵黄も割った。どろりと黄色い卵黄が広がる。
「んじゃ、いただきます」
ずるずるずる~
うどんを吸った。つゆの風味と卵黄が見事にマッチしている。
「うおっ、うまっ!」
ずるずると吸いながらMFUの画面をみやると、どうやらガレオンに動きがあったようだ。
「!」
急いでうどんを食べ、汁を飲み干す。
「ごちそうさまでした!」
MFUをレジにタッチして会計を済ませると、ものすごいスピードで走って行った。
◇◆◇◇◆◇
「ふぅ……」
とある山の頂上で、シロはフードを脱ぎ、額の汗を拭った。
あれほど戦ったというのに、未だにレベルは33。
シロは小さく舌打ちした。
……もっと早く強くならねば。
シロは再びフードを被り、山を下って行った。はたして彼女にゴールがあるのかは、誰にもわからない。
そして、本人でさえも。
◇◆◇To be continued……◇◆◇
◇◆◇Word Explnation◇◆◇
・スラズ LNWでの共通通貨単位。紙幣などは存在せず、データに価値を持たせている。通常はMFUに保存されている。1スラズは100サージになる。その他にも課金のみで手に入るラズラと呼ばれる通貨単位がある。これは日本円の場合、1ラズラ10円で、スラズに換算すると1ラズラ1000スラズである。また、LNWではRMTが可能で、ラズラのレートは常に一定なので円高、円安の場合等の時に外国紙幣に両替する人も存在する。
・LNWを体感する仕組みと、ヘッドギアの簡単な歴史
使用した人物をあたかもゲーム世界にいるように思わせる技術であるヘッドギアは米国のベンチャー企業、『ヴィジョン』が2040年初頭に実現した技術である。原理的には夢を見るのと同じで、インプラントチップと連動して特殊な電磁波を脳に与えることにより人をレム睡眠の状態にし、人為的に覚醒夢を見ているような状態にする。こうすることで、夢の仮想三次元空間に行く事が出来るのである。2049年に一般販売が始まった。当時の値段は日本円にしておおよそ10万円。高すぎるが故にあまり売れず、一部の企業や、物好きな個人が買うだけにとどまっていた。しかし、発売から二年後、とある会社がヘッドギアに目をつけた。それこそがLNWを開発したイノベーション・アイデア・エレクトロニクス(IIE)である。IIEはヴィジョンと提携して遥かに安価であるヘッドギアVer.2.0の開発に成功。さらにLNWに組み込んだことによりヘッドギアの普及率は爆発的に広がった。IIEは2070年代には一家に一台置かれるだろうと発言した。