Act1-6
今回は前回の続きで、チョイ短めです。
Act1-6「強き者と弱き者」
「――ゴミ野郎共を成敗しに来たんだよ!」
ナツキが叫ぶ。その後ろには四人の影が見えていた。
シロは悔しさのあまり唇をきつく噛み締めた。
……私は、無力だ。
「オイ! あいつらを倒しなさい! 生死は問いません!」
黒コートの男は用心棒達に命令する。
『うおぉぉぉぉ!』
用心棒達が雄たけびを上げながらナツキ達に迫る。そして、黒コートの男の前を通り過ぎ、ナツキ達に数メートル近づいた瞬間、用心棒達の足元が爆発した。
「はん。チョロいな」
いつの間に移動したのか、黒い長方形の物体を持ったカルマが倉庫の真ん中で呟いた。
「俺たちをナメんな~!」
用心棒の男たち、復活。HPを削りきれなかったようだ。
「ありゃ、やべっ」
カルマは〈カメレオン・スタイル〉を使って周囲の風景にとけこんだ。
「後は任せたちょ」
倉庫にカルマの声が反響した。〈カメレオン・スタイル〉は周囲の風景と同化してプレイヤーを見えなくさせる技だが、この間には攻撃行為が出来ず、辺りに干渉出来ない。要するに、見えないけど、何もできないのである。しかし、物を設置するのは可能。
「任された! 行くぞ皆! シロを救うんだ! 〈ガードマン・プライド〉!」
ガレオンから物凄い気迫が放たれる。
「さぁ、かかってこい!」
用心棒の目線がガレオンに集まる。〈ガードマン・プライド〉が護士専用の技で、一定時間発動者以外へ攻撃できなくする技。
「くっ……クソォッ!」
用心棒の一人の戦士が飛んで斬りかかって来る。それを盾で防いで殴り飛ばす。
「アカリは私の後ろへ! ナツキさんと、カツミ! 頼んだぞ!」
盾と剣を構えたアカリがガレオンの後ろにぴたりとつく。
「合点承知!」
「ああ、任せてくれ!」
カツミとナツキは黒コート男に肉迫し、各々の武器を振りかざす。
「これでも!」
「喰らえ!」
同時に攻撃を放つも、既に黒コート男はその場にいなかった。
「攻撃は無理そうなんで、避けに徹させていただきますよ」
代わりに後ろから黒コート男の声。男はフッ、と笑った。
ガレオンとアカリは敵の攻撃を捌き続けていた。
アカリは近づいてきた敵を盾で弾いて剣で斬り付けた。
「これじゃあ、キリがない!」
「……そうだな。このままでは……」
その時、二つの赤い閃光が二人の周りを駆け巡った。同時に用心棒達がドロップアイテムを残して消滅した。
「!」
その二つの正体はナツキとカツミだった。二人とも赤の防具で、動きが早いから赤い閃光に見えたのだ。
「ナツキさん。カツミ。倒したのか?」
カツミは腰に手を当て、溜息をつく。
「いや。だってアイツ、全然攻撃が当らないし、攻撃してこないんだ。だからこっちの方が得策だと思ったの」
黒コート男が口を開ける。
「あ~、全員やられてしまいましたねぇ」
「そうだ。全員倒した。大人しくしたらどうだ?」
ガレオンが男に迫る。その瞬間、男は素早い身のこなしでシロの後ろに回り、短剣をシロの首に当てた。
「おっと、それ以上近づかないでもらえます? 大事な仲間の首が飛びますよ?」
男はニヤリと笑ったような気がした。勝ち誇ったような笑み。しかし暗がりのせいで男の表情は読みにくい。
「クッ……」
ガレオンはたじろぐ。
(後は、おまえだけだ。アクミ)
と、託すように祈った。
◇◆◇◇◆◇
闇夜の茂みの中に光るレンズが一つ。〈ロングバレット〉を構えたアクミである。
「アクミ、最初は来るな」
ガレオンから言われた言葉に愕然とした。
「俺、足手まといになりませんから!」
「いや、お前だけにしかできない仕事を頼みたい」
ガレオンがアクミに小さく耳打ちした。
……奴は必ず人質を取る。その隙にお前が奴を撃て。
アクミは唾液を飲み込んだ。
今がまさにその時だった。
アクミはスコープを覗き直す。
汗が頬を垂れる。乾いた唇を舌でなめた。
照準を男の頭部に合わせる。
そして引き金を引いた。
火薬が炸裂し、
銃弾が押し出される。
弾が空気をゼリーのように引き裂き、
男の頭部めがけて飛ぶ。
弾は男の髪の毛を少しかすり、
トタンの壁に穴を開けた。
「外したッ!」
アクミは思わず立ち上がる。冷や汗が噴き出し、全身を流れる。自責の念が頭を駆け巡る。風が吹き、全身の熱がサァッ、と引いた。
◇◆◇◇◆◇
「! 狙撃されてる!? 一体……?」
「クッ、失敗か」ガレオンは呟く。
男は額に汗を浮かべた。
「しょうがないですねぇ……ここは引きますか……」
男はシロを解放し、コートを翻す。
「チンカラホイッ!」
「ドラえもんかッ!」
カツミのツッコミが飛んだ瞬間、男の姿は消えた。
「〈瞬間移動〉……魔術師か」
ガレオンは呟いた。
ナツキはシロの縄を急いで解く。
「大丈夫?」
シロの脳裏に男の言葉が響く。
『この世界で死ねば、現実でも死ぬ事になる』
「奴は、言っていた――」
「?」
突然発せられた言葉に一同は困惑した。
「――この世界で死ねば、現実でも死ぬ事になる。ハードから消滅したソフトは復元出来ない、と……」
「な、何だって!?」
いつの間にかに姿を現していたカルマが芝居かかった様子で反りかえった。それと同時にみんなの顔から血の気が失せていく。
――ただ一人、ガレオンを除いては。
カツミは小太刀を落し、震える手を見た。小太刀がカランカランと音を立てる。
「じゃ、じゃあ私たちは、人を……『殺した』?」
「そんな……」
ナツキは〈ストライク・デストロイヤー〉を見た。
「ッ!」
その瞬間、顔をひきつらせた。
ショックからの幻覚だろうか、血で、真っ赤に染まっているように見えた。
アカリは何も言わず、肩を恐怖で揺らしている。一瞬、ノイズが彼女のグラフィックを乱した。
「みんな! 大丈……夫?」
倉庫に入ったアクミは目を疑った。シロを助けたというのに、みんなの顔には絶望の色しか映っていなかった。
◇◆◇◇◆◇
部屋に戻っても、みんな意気消沈といった面持ちだった。そこにアクミとアカリの姿は無かった。
シロは白月を抱いて顔を埋めていた。
「明日、ここを発つ」
ガレオンが唐突に口を開いた。
「〈ポリス・シナノ〉を経由して〈ヴィレッジ・ヒダ〉に向かう。準備しておいてくれ」
しかし、誰も、動く事はなかった。
この世界の死は、現実世界の死も意味する。
そう考えた瞬間シロの背筋を冷たいものが通った。
ハッ、何で怖がってんだか。
シロは自嘲するように鼻で笑った。
元々消えたかったんじゃないか。この世界から。
でも、それは本心か、と聞かれてもきっぱりと答えられないような気がする。
強くならなければ。守られないぐらい。もっと、もっと強く。
この望みがシロの生の衝動を駆り立てていた。
シロは立ち上がる。
「ちょっと、外の空気を吸ってきます」
「大丈夫なのか?」ガレオンが心配するように声をかける。
「ええ、白月がいますから――おいで、白月」
白月は尻尾を振りながらシロと共に部屋から出た。
◇◆◇◇◆◇
アクミとアカリはとある建物の屋上で横に並んで座っていた。
屋上には食べかけのリンゴが一つ落ちていた。
そう、先ほどまでセカイとパスートがいた場所である。
「で、どうしたんだよ。こんなところに呼んで」アクミは星空を見上げながら言った。
「うん、まぁ、ちょっと話がしたくて」
「話?」
アクミはアカリの顔を覗き込んだ。
「うん。何で私を救ってくれようと思ったのかな……って」
アカリは儚げに微笑んだ。長い黒髪に縁取られた顔を月光が照らし、彼女の肌の白さを際立たせる。
「……なんかさ。似てたんだよ。昔の死んだ友達にさ。んで、アカリの顔を見たら、何だか放っておけなくて」
照れ隠しのつもりなのだろうか、右手で頭を掻く。
「……そうなんだ――」
アカリは立ち上がる。
「――私は、ずっと怖がりながら生きてきた。常に誰かの目線を気にして、怒らせないように、悲しませないように生きてきた。異端者だからなのかも知れないけど、ここでも、一人ぼっちだったから……」
彼女の顔を窺うことは出来ないが、心なしか、肩が泣いている。
「でも、俺を助けてくれただろ? 何で?」
そう訊ねると、アカリはこちらを向いて涙を誤魔化すにニカッと笑った。
「『放っておけなかった』からかな?」
その誤魔化し方があまりにも必死だったのでアクミは吹き出してしまった。
「! 何が可笑しいの!」
ぷくー、とアカリは頬を膨らませる。
「いや、アハハ、だって、あまりにも必死なんだもん。アハハハ!」
それにつられてアカリもプッ、と吹き出す。
「アハハハ!」
「アハハハ!」
二人は腹を抱えながら大爆笑した。
冷たい夜空に愉快な声が響き、空を満たしていく……
◇◆◇◇◆◇
シロは白月と夜の街を散策していた。冷たく吹く風が頬を撫でる。
夜は、好きだった。
誰もいないひっそりとした感じが彼女は大好きだった。この時間ならば、誰も見えない。誰も見なくて済む。
嫌いな人間、嫌いな物、嫌いな食べ物……それらを見なくてもいい。
彼女を見つめるのはギラギラと照り付ける太陽ではなく、ささやかな光を放つ月と、星々のみだ。
するとどこか上の方から愉快な笑い声が聞こえた。
そこには、何があったのか、腹を抱えて大爆笑するアクミとアカリの姿があった。
シロはそこをしばらく凝視した後、胸を押さえる。締めつけるような痛みだ。
……何だ? この名状しがたい痛みは?
痛みと同時に悔しさが溢れだし、くるっと踵を返すと元来た道を歩いて行った。
◇◆◇◇◆◇
「本当にいいのか? シロ」
宿の前で、麻のマントを羽織ったシロとガレオンが話していた。
「ええ、私は、もっと強くならないといけないので」
「一人では得られない強さというのもある」
「私は誰にも負けたくない。だから自分の弱みも、見せたくない」
「……何があったかは訊かないが、生半可な覚悟では命を落とすぞ。いくらゲームの世界とはいえ、現実の世界とそう変わらん。自然は容赦なくお前に牙を剥き、愚かな望みを持った人間は再びお前を襲うだろう。それでも、行くのか?」
シロは何も言わずに首肯する。
「お前の選択を尊重しよう。だが、なにかあれば、いつでも頼ってくれてもいい。我々は、君の側にいる」
「では、そろそろ」と、シロはフードを深く被る。
「行くよ、白月」
「達者でな」
空がオレンジと白に染まっていく。
――陽が、昇ろうとしていた。
◇◆◇To be continued……◇◆◇
◇◆◇Word Explnation◇◆◇
・黒い長方形の物体 これはセンサー爆弾である。近くに振動を感知すると自動的に爆発する仕組みになっていて、モンスター用の罠として使われる。しかし、今回はそれを対人用として使った。ちなみにカルマをこれを常に複数個持っているので、彼自身、かなり危ない。
・リンゴ 普通の回復アイテム。HPの十分の一回復するアイテム。本来、全て食べきらないと効力が発揮されないので、これで回復するのはなかなか大変である。
・ショートカットワード PCの時は技をいちいち技の一覧から選択するのは大変だとして、Ver.1.2.1から実装されたシステム。あらかじめ単語と技を結びつけておき、それをマイクを使って発声する事によって技選択の時間をロスしなくても済むようになった。黒コート男の〈瞬間移動〉のショートカットワードは「チンカラホイ」だったようである。しかし、技を思い浮かべれば使える現状において、もはや無用の長物かもしれない。
未来世界に「ドラえもん」があることを願いつつの「チンカラホイ!」でした。たぶん続いてないと思うんですけど。
コメント、感想、お待ちしてます!