Act1-1
皆様、初めまして。七時雨虹蜺です。これは僕が一番書きたいと思ったことを書いた作品です。もしかしたら苦手だと思う部分もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
『LINK・NEW・WORLD~BERESHITH~』
――現実と夢は、感覚的にはそう大差がない。夢を見ていても、それを夢だと自覚せず、現実だと思ってしまう。
では、その逆もまた、有り得るのではないだろうか?
今自覚している現実が夢で、夢が現実だとしたら……?
我々はもしかしたらとてつもなく巨大な『悪魔の罠』の中にいて、それを仕掛けた悪魔がそんな私たちを見て嘲笑っているかもしれない……
もちろん、それを確認する術は無い。
しかし、人類は現実から逃げようと、あらゆる方法を試してきた。
小説、アニメ、ドラマ、ゲーム……
そして人類は、ついに現実から離れる方法を発見した。
――そして西暦2056年。
人類は、現実から、この大地から目を叛け、虚構の中で生きると決めた。
◇◆◇◇◆◇
〈ユニポリス・オスラリア〉
無数の弾丸飛び交う港で灰色の機械の鎧――〈エクスゴレム〉を装備した青年が走っていた。腕に抱えられているのはライフル・タイプのこれもまた灰色の銃、〈ヴァルキリー〉。顔はヘッドアップディスプレイで遮られていて、その表情は窺えない。
青年は背部のブーストを器用に使って軍艦から軍艦へと飛び移って行く。その後を追うのは三機の軍用ヘリ。ミニガンを乱射しながら青年を追っている。
『アクミ! 離れ過ぎだ! 回復出来ないぞ!』
アクミと呼ばれた青年は右手で耳のスイッチを押す。
「分かってますけど、こいつら、しつこい!」
その時ヘリが放ったミサイルがアクミのすぐ横に着弾し、爆発した。赤とオレンジの光が視界で踊る。
「ウワッ!」
回転しながら壁に叩きつけられる。幸い怪我は重症ではないが、今の衝撃でHUDがイカれてしまった。
HUDを上げながら立ち上がって再び走り始める。HUDに隠されていた精悍な顔立ちが露わになる。
『〈アルゴー丸Ⅱ〉、発進まだ!?』
『無茶言わないでください! まだジェネレータに火が入ったばかりなんですよ!』
『第二防衛部隊、全滅!』
『クソッ、テロリストの分際で……ッ!』
ヘルメットに搭載された通信機からは慌ただしい声が聞こえてくる。
警告音。後ろを振り向くとヘリが再びミサイルを放っていた。
アクミは体に捻りを加えながら飛び上がり、ミサイルを撃ったヘリに向けて左腕のアンカーを射出した。アンカーは窓ガラスを突き破り、ヘリの天井に突き刺さった。
アンカーを巻き取る。同時に衝撃波。下を見るとミサイルを受けた軍艦が炎を吹き出しながら沈んでいく姿が見えた。アンカーを外し、窓ガラスの前に躍り出たアクミは〈ヴァルキリー〉を乱射する。弾丸を受けた操縦士の体が血を吹き出しながら踊る。
そしてそのままガラスを突き破り、操縦席に乗り移った。もはやただの肉塊を化した操縦席の男を外に放り出し、操縦桿を握る。
アクミの乗ったヘリは旋回し、後続のヘリをミニガンで撃ち落とす。爆発炎を吹き出しながら落下するヘリに目もくれずに残った最後の一機を狙うべく再び旋回。しかし、その瞬間に後ろのローターが撃たれ、操縦不可能になってしまった。
「しまっ……ッ!」
後ろを振り向くと炎の手がすぐこちらに向かって来ていた。
アクミは右ガントレットのカバーを外し、回転落下するヘリから飛び降りた。
頭上からはこちらを狙うヘリ。眼下には軍艦の灰色の甲板が迫っていた。
「今だッ!」
ガントレットのボタンを押し、ショック・アブソーバーを起動させた。胴の噴射口から白い噴射炎が噴き出し、地面ぎりぎりで跳ね、甲板を転がった。
「痛っつ……」
装甲のおかげでダメージは軽いが、あちこち打撲が酷い。特に右腕はもう動かない。
動かない右腕を庇いながら立ち上がり、走り始めた。すぐ横をミサイルが通り、甲板に炸裂する。あちこちで火の柱が立ち上り、炎が大きくなっていく。
次の軍艦に乗り移るべく、アクミは走るスピードを上げる。その時、ミサイルが目の前の軍艦に着弾し、半分に引き裂いた。先端が上を向き、海に沈み始める。
ジャンプと同時にブーストを使用し、背面から白い噴射炎を吹き出しながら飛ぶ。
「……よし」
左手でのし上がろうとしたその時、
目の前にミサイルが迫っていた。
ミサイルが爆裂し、アクミは空中に放り出された。
爆発炎をバックに、アクミは落下する。
そして海に落ちる。
視界はもう真っ青に染まっていた。海を透ける太陽光すら青い。
そういえば、なんでこんなんになったんだっけ……
薄れていく意識の中でアクミは考えた。
沈んでいく体。
沈んでいく意識。
アクミは、もう、何も考えられなくなった。
◇◆◇◇◆◇
ミーンミーンミンミン……
蝉が鳴いている。
七月のとある真夏日。湿気を孕んだ熱気が降りてきて僕らを溺れさせようとしていた。
リュックを背負った少年は額の汗をぬぐった。サブカルチャーの街、秋葉原。昔は何も無かったこの土地も、今ではビルディングの森と化している。むせかえるような暑さと、人々の熱さが混じり合ってさらに暑くなる。空にはブンブンと唸る複数のドローンが忙しそうに動いている。
日本語の広告に混じって英語の表記の看板もちらほらと見える。
空はいつだって灰色だ。少年の目には灰色以外の色はもう、入らない。
少年は再び汗をぬぐい、目的地に向かって歩を進めた。
◇◆◇◇◆◇
西暦、2056年。
人類は相変わらず生態系の頂点を謳歌していた。ミレニアムを過ぎて五十年余り、特に脅威は現れず、出来事といっても2038年問題だとか、中東の緊張とか、正直、どこぞのSF小説のような事態には遭遇していない。
日本は、国債の信用が無くなり、国自体が運営できなくなってしまっていた。そして今は、アメリカ領日本という実質アメリカの領地となっていた。
テクノロジーの進歩も、それはそれは目覚ましい発展を遂げ、今では配達もドローンが行うような時代だ。ピザを頼めば、空を飛ぶ昆虫のようなロボットが玄関先にピザを置いてくれる。
それに、頭部に埋め込まれた埋込装置と、国民一人一人に割り当てられたマイナンバーのあかげでリアルタイムで人々の安全を守っている。しかし、それは恐ろしい監視社会の幕開けでもあるのだが。
「毎度ー」
少年は店員から紙袋を受け取った。中には「HEAD GEAR」と書かれた白い箱。この中には夢が詰まっている。
これもテクノロジーの発展がもたらした娯楽の最先端である。なんでも、頭に装着するだけで、シミュレートされた三次元空間に行く事が出来るのだとか。原理的には夢を見るのと同じで、特殊な電磁波を脳に与えることにより人をレム睡眠の状態にし、人為的に明晰夢を見ているような状態にする。こうすることで、夢の仮想三次元空間に行けると言うわけだ。
まぁ、いかにもSF小説らしいが、実際に可能だというのだから面白い。値段は少々張るが、その分の価値はあると思っている。
「いやー、明実君もヘッドギアを使う時が来たんだなー」
ゲーム屋で働いている若い店員の男は何度か通ううちに自然と仲が良くなった。まぁ、それも表面的なものだけで、仲が良いと値引きもしてくれるので、明実は彼を利用していると言っても過言ではない。
「そうっすね。ネットでも話題なんで」
店員は頬づえをつく。
「んまぁでも、七年前に発売された時には値段がバカ高くて誰も買ってくんなかったけどな。今では、安くなったもんだよ。それ」
へぇ~、と紙袋の中を覗く。中には今か今かと使われる時を待っているヘッドギアがある。
「あ、そういえば一人買ってくれたお客さんがいたかも。確か、俺がまだ働き始めて直ぐの頃に、珍しく女性のお客さんが来てさ。買ってったんだよ」
明実は手で顔を仰ぎながら聞いていた。正直、どうでもいい。
「美人さんだったな~、その人。今何やってんだろ?」
「さ、さぁ? じゃあ俺はこの辺で」
小さく礼してから明実は出口に向かって歩いて行った。振り向くと、店員さんが手を振って来たので、愛想笑いを浮かべながら手を振り返した。
外に出た。
上を向く。
ドローンが通り過ぎた。
明実はうんざりする熱気と人付き合いに顔をしかめた。
◇◆◇◇◆◇
駅のホームで電車が来るのを一人座って待っていた。時間のこともあるが、ホームには人一人いないがらんとした空間になっていた。
電車がガタゴトと、規則的に音を発しながら近づいてきた。
明実は立ち上がる。
目の前を電車が通る。
風が明実の髪の先を遊ばせる。
そして時が止まり、世界が静止した。
「!」
明実は突然の事に驚き、周囲を見回す。何も動いていない。音も聞こえない。
「これは……」
「やぁ、久しぶりだね」
聞きなれた声だ。前を向く。そこには白いドレスを纏った少女が後ろ向きに立っていた。灰色の世界のなかで唯一白く輝くドレスは明実にとっては眩しすぎる。
「まさか!」
少女はくるりと半回転し、こちらにいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「そう、ゆかり。河口ゆかりだよ」
「やめろよ。俺の妄想。よりによってなんであいつの姿なんだ。もっと騙すならいろいろあるだろうに」
そうだ。これは夢だ。幻覚だ。夏の暑さが見せる白昼夢だ。
酷いな~、とゆかりと名乗る少女は頬を膨らます。
「私はここに存在しているんだよ。ちゃんと。君は幻覚とか思っているようだけど、これは紛れもない現実だよ?」
「じゃあ、なんで死んだはずの人間がここにいる」
死んだ、という言葉を聞いた瞬間、ゆかりの顔が少し暗くなったような気がした。
「確かに死んじゃったけど、ここにいるんだよ。私は電子の流れに乗ってありとあらゆる場所に存在するユビキタス的存在になったんだよ」
「………」
「この世界……いや、君たちが認識できる面積の重なりであるこの世界の時は、必ずしも一定じゃない。君達が一秒と認識する時間のなかで私たちは何分、何時間、何日と過ごすんだよ。今は私が君をこの時間に引きずり込ませただけ」
難しい話だが、一つだけ明実の頭に引っかかった単語がある。
「『私達』? どういうことだ」
その時、人の形をした影のような物が周囲に溢れ、消えて行った。
「こういうことだよ。私たちは一人じゃない。悲しい犠牲者たち」
髪を弄びながら何も無い方向に向かって呟いた。
「そういえば、なんか太った?」
最期見た時よりもお腹が膨れたような気がする。
「酷い! でも太ったワケじゃないんだよ」
そう言ってお腹をさする。
「ハッ、見苦しい言い分だな」
「むぅ、びっくりしてぎっくり腰になっても知らないかんね!」
「ああ、そうかい」
そして再び時は動きだす。
はっ、として前を向く。電車が通り過ぎた。どうやら座ったまま寝てしまったらしい。なぜだか頭が痛む。内側から湧いてくるような痛みだ。
「らしくない……ほんと、らしくない」
痛む頭を押さえながら水を買う為に立ちあがった。
◇◆◇◇◆◇
明実は大きく「HEAD GEAR」と書かれた白い箱を嬉々として開けた。
乱雑に物が散らかった部屋、勉強机の隣にある棚には様々なキャラクターのフィギュアや、模型などが飾ってある。部屋を照らしているのは天井のちょうど真ん中についているLEDランプとデスクトップ型のパソコンの画面のみ。外からはコオロギの鳴き声が聞こえる。
そして発泡スチロールの包装から暗視ゴーグルのように黒く、ゴツゴツとした『ヘッドギア』を取り出す。
明実は座りながらずるずるとパソコンの前に移動する。ディスプレイには反射して映る自分の姿が見える。大きな目、華奢な体躯。名前も相まって女子に思われそうだが、立派な高校男児である。
ヘッドギアからケーブルの伸ばしてパソコンの側面に接続した。そしてコンソールを操作してとある画面を表示させる。
近未来的な背景に大きく表示された文字。
『LINK・NEW・WORLD』
十年前から存在するMMORPGの一つだ。似たような物なら複数存在するが、これは何と言うべきか、他社のものとは一味違うのだ。
〈セカンド・アース・プロジェクト〉……通称SEP、国連が支援している国際的プロジェクトの一つが、このゲームなのである。このゲームは地球と同じ面積、同じ環境をシミュレートし、もう一つの地球を作り出そうという一大プロジェクトなのである。
そして、『ヘッドギア』。形こそ不格好でかっこ悪い。しかし、頭蓋骨にあるインプラントチップと接続されて、あたかも自分がゲームの世界にいるように思わせてくれる。
普段はPCでプレイする物なのだが、これを使用することによってゲームの世界を体感する事が出来る。
ヘッドギアを被るようにして装着する。
「ん……少し小さいな」
サイズが少し小さいのか、頭が痛い。右のこめかみの辺りのスイッチを入れる。
ブォンという駆動音とともに目の前に黒い背景に青い幾何学的なエフェクトが展開される。そして無数のウィンドウが開いたり閉じたりした後、目の前が閃光に包まれた。
◇◆◇Now Loding……◇◆◇
Welcome to [NEW・WORLD]!
「うぅ……」
目を開くと、そこは部屋ではなかった。いや、この『世界』でもなかった。夜の闇を照らすオレンジ色の光で包まれた木造の日本家屋が立ち並ぶ宿場町、プレイヤーのホームタウンの一つである〈エド・ポリス〉だ。街の中心には銀色に光る〈タワー〉が立っている。
現実ではない世界は、偽りでも、少なくとも明実に『彩』を見せてくれる。
NEW・WORLDの地域区分としては、現実世界の国家を表す〈ユニポリス〉、各地方の主要拠点〈ポリス〉、NPC達が暮らす〈ヴィレッジ〉、そして至る所に存在し、モンスター等が出現する〈エリア〉。プレイヤーが最初にスポーンするのが自分の出身地の地域にある『ポリス』となる。
例えば、明実の出身地は関東圏にあるので『エド』になる。他にも北海道圏の〈サッポロ〉、関西圏の〈オウサカ〉などがある。
この世界の言語は『オルダー語』と呼ばれる架空の言語で統一されているので、海外とのプレイヤーとも協力が可能だ。
「しっかし……再現度がたけぇな……こりゃ」
明実はあたりを見回す。木の木目、手触り、光までもがリアルに再現されているが、現実には程遠い。
試しに地面を思いっきり踏んでみた。返ってきたのはフローリングのような硬い感触だった。
街の中心にそびえる白くライトアップされた〈634(むさし)タワー〉が見える。
そして一歩踏み出した所で、足首が折れた。
「ぐぇっ」
派手にこけた。痛みは無いが、精神的ダメージが大きい。
どうやら現実世界とこの世界では体の動かし方がちょっと違うらしい。
しかも直接顔が動いている訳ではないのだが、他のプレイヤーの視線を感じる。明実は何事もなかったかのように起き上がり、土を払った。明実は自分の黒い防具を見下ろす。現在明実が使用している防具は銃器使い専用シリーズの『マシン・アーマー・シリーズ』だ。これは近未来のSFとかに出てきそうな兵士の強化外骨格のようなもので、耐久性とアシスト性に優れている。腹部や、二の腕部等は筋繊維のメッシュのみで作られている。体格や、顔は国が保管しているDNAサンプルに基づいて製作されているため、殆ど現実と変わらない。そして元々体格が華奢な明実が使用すると少しサイズがあってない。
この体を動かすのにはちょっとコツがいりそうだな……
そう考えた明実はぎこちない歩き方で街を歩き始めた。オレンジに光る行燈が肩をすり抜ける。このあたりがいかにもゲームらしい。
「ほぇ……」明実は感嘆の声を漏らす。
空に映し出されている星空はプラネタリウムのように繊細で、綺麗だ。月光が明実の顔を照らす。
ここでは誰もがヒーローだ。そう思うだけで気持ちが高揚する。
その時、腰に装着しているスマートフォン型多機能端末『マルチ・ファンクション・ユニット』通称MFUの着信音が鳴った。明実はMFUを取り出すとメールが来ている事を示すオレンジ色のランプが点滅していた。ディスプレイを操作してそのメールを開く。
差出人を見た途端、明実は心臓が飛び出るかと思うほど高鳴った。
『差出人:河口ゆかり
件名:なし
本文:やっほー。元気してる? ね? これで分かったでしょ? 私は死んでいない。ずっと君の側にいるから。
じゃあね!』
明実はすぐさま電源を切った。
心臓の激しい拍動は収まりそうにない。
息が荒くなり、発汗がひどくなる。
焦点が安定しない。
地面がぶれる。
脳裏にフラッシュバックされる封じたはずの過去。
それが脳内をチラつき、恐怖と絶望が脳内を蹂躙する。
そして明実は意識を失った。
◇◆◇Shutodown……◇◆◇
Rebooting:30
明実は、はっと目が覚めた。急いでヘッドギアを外して辺りを見回す。自分はパソコンの前に座っている。風景も、自分の部屋だ。依然としてコオロギの鳴き声が聞こえる。
世界も灰色だ。
「いっつ……」
頭を押さえながら明実はふらふらと立ち上がってベッドに横になる。
全く、なんだってこう……
明実は心の中で悪態をついた。
そしてそのまま明実の意識は深い闇に落下した。
◇◆◇◇◆◇
明実が目を覚ますと目の前には満天の星空があった。夜の冷たい風が頬を撫でる。どうやらNEW・WORLDに入っているようだ。
でも、何か違う。
さっき通りなら、『彩』が見えるはずなのに、世界は灰色のままだ。
明実はあたりを見回す。どうやら草原らしい。エリアナンバーは確認していないが、『エド』の近くにこんな平原があったような気がする。
しかし、ここはホームタウンではない。とすると、バグだろうか。
このゲームは巨大な世界を常にシュミレーションしているため、たびたびバグが発生する。これもその一つ。
通称「リス地バグ」だ。これはログイン後のスポーン時や、リスポーン時に起きたりするもので、座標のズレによりスポーン地点の付近のどこかにスポーンしてしまうというバグである。
明実はそこで違和感に気づく。何かがおかしい。この風もそうだが、さっきまでは風など存在しなかったし、見ている物がさっきとは全然違う。ピクセルとポリゴンで形作られた世界ではなく、正に『現実』そのものだった。
そこで何者かの気配。モンスターだろうか。背中にマウントされている『ノーマルバレット改』を取り出し、レバーを引いて弾を装填する。
『ノーマルバレット改』は銃器使いの初期装備である『ノーマルバレット』の改良版だ。連射力はそこそこ高いが、威力が低い。
周囲を警戒していると、背後の草むらから『何か』が来た。明実は前受け身を取りつつ後ろに反転し、銃を連射した。
弾を受けながらそこに現れたのは頭大の大きさの卵の割れ目から黄色い眼を覗かせる〈パンドラ・エッグ〉だった。MFUのカメラ機能で〈パンドラ・エッグ〉を映すとLv.10であることが分かる。しかもそれがぞろぞろと出てくる。相手は五体。こちらは一人、それ相応の痛みを覚悟せねばならないだろう。
「くっ……」
明実は歯軋りした。NEW・WORLDでLv.10とは低い方なのだが、明実もLv.10なのだ。実はおととい始めたばかりで、戦闘にも慣れていない。
しかも同レベルで、こちらが初心者。
道具も持ち合わせていない。
正に絶体絶命。
だが、逃げる事は出来ないだろう。〈パンドラ・エッグ〉達は見た目に反してかなり足(?)が速い。
少し思案した明実は腰のポーチから手榴弾を取り出し、ピンを引き抜く。手榴弾が点滅し始めたのを確認してそれを敵に投げつけ、明実は後ろに飛ぶ。点滅が早まり、手榴弾が爆発する。それと同時に煙に向かって『ノーマルバレット改』を連射する。
「うあぁぁぁぁぁぁ!」
弾が切れて、反応しなくなる。弾倉を銃から外してポーチから銃倉を取り出し、銃に装着して、レバーを引いて弾を装填。明実は銃を構えながら起き上がる。
「やったか……?」
その時、煙の中から四体の〈パンドラ・エッグ〉達が突進してきた。それが体に当り、明実の華奢な体は軽々と飛ばされる。その一撃だけでもHPの半分が削り取られる。倒れ込んだ明実は乱射しながら後ずさる。一体は倒したようだが、後四体。
生きて帰れるだろうか。
そう弱気な考えが浮かんだその時、「〈ドラゴン・ブレス〉!」という少女の声と共に目の前で火球が炸裂した。強大な熱が放出され、〈パンドラ・エッグ〉を焼き、アイテムと灰になった。
「君、大丈夫?」
〈ドラゴン・ブレス〉を放ったと思われる白いドレスのような物を着た魔術師の少女がこちらに駆け寄って来た。
長い黒髪に丸い人懐っこい目をした少女は杖を地面に突き刺して明実を抱き起こす。
「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう――」
明実はよろよろと立ち上がる。
「――君の名前は?」
「ん、ああ。私の名前はアカリ。君は?」
「俺は、アクミだ」
MFUに表示されたパーソナルデータを見ると、ユーザー名は『クライス』となっている。アカリがこちらを見て口を開く。
「ああ、それは気にしないで、たまにバグるの」
「そ、そうなんだ……」
MFUを腰にしまっていると、彼女が口を開く。
「ねぇ、あなた、今暇?」
「え? ああ、うん……」
アカリはこちらを見た。瞳に自分の姿が映っている。
そして、こう言った。
「命を助けてあげたんだから、私も救ってよ」
星空の背景に光る彼女の目はなんだか悲しそうだった。
「え……?」
しかし、明実はいかにもラノベらしい展開に、口を開けてポカンとするしかなかった。
そして、直感した。
『何か』が起きる予感。
そして、アクミの世界は、再び『彩』を取り戻した。
◇◆◇◇◆◇
「……で、この女の子を我らのギルドに入れたいと?」
「え、ええ。まぁ」
今までの説明をしたアクミは曖昧な返事を返した。
今、円形のテーブルにはギルド〈アカシックキーズ〉の五人のメンバーが集まっている。
あのあと、アクミはギルドのメンバーに呼び掛けて、『エド』にある焼肉屋「牛亭」で集合していた。肉が焼ける音と、煙が充満した木目を基調とした店内は少し蒸し暑い。
ギルドマスターである護士、機械の体を持った機人族のガレオンは腕を組んで唸る。白いボディが照明の光を受けて光っている。
「確かに、礼を言わねばならないが……一応死んでもリスポーン出来るのではないのか?」
アクミは言葉に詰まる。確かにその通りだ。一度死んでも復活後HPが10%になってしまうというペナルティがあるが、一応復活できるし、HPも時間が経てば回復できる。
「それは分からないよ――」
ガレオンの隣に座る、MFUを弄っている髪を後ろで束ねた朱い鎧を着た女武者、人族のリンネが言った。
「――この世界に入ってから、死んだ仲間から連絡が来ない」
一同は沈黙する。
リンネは立ち上がって続ける。
「みんなも、何かヘンだと思わないのか? 眠って、目が覚めたら急にこの世界に入れられたんだぞ!?」
その時、他の客の目がリンネに注がれる。リンネは二、三度見回した後、座席に着く。
「そんな面倒なこと、やんなくてもいいじゃん」
一人肉をつまみ続ける盗人の男、短髪の小妖精族のカルマが言った。緑色の身軽そうな防具の両腕には三対の銀色のナイフが収まっている。
「今のリンネの話じゃリスポーンが出来ないんだろ? 死んだらどうするし。つうかぁ、アンタの何を助けんの? お嬢さん?」
アカリは立ち上がる。そして訴えるように言った。
「実は私、異端者なんです。ですから、このバグを直して欲しいんです」
その時、アカリのグラフィックにノイズが混ざり、揺らいだ。
異端者とは、バグが発生したユーザーを指す差別用語である。異端者が付近にいると、周りのプレイヤーも影響を受ける。一種のウイルスのようなものらしいが、原因は不明だ。
ガレオンの液晶の瞳が動き、アカリを見据えた。
「それなら、拒否する理由が増えたわけだ。我々は――」
ガレオンが決断を下す瞬間、アクミが割って入る。
「――ちょっと待って下さい!」
メンバーの顔が一斉にアクミを向く。
「俺は、彼女に命を助けられたんですよ!? もしかしたら、本当に死んでたかもしれないんですよ!?」
「それだけでは理由にはならないな。この話に乗るというのはギルドの全員の命を巻き込む可能性があるということだ。それだけの理由では了承できない」
ガレオンは静かに言い放つ。
「でも!――」
「――アタシは行ってあげてもいいけど?」
茶色の長い髪をくるくるともてあそびながらリンネが言った。
「だってさ。みんな知ってるでしょ? コイツ、他人の事になると絶対に意見を曲げないから」
「リンネさん……」
アクミはリンネを見る。リンネはこちらにウィンクしてみせた。
「……じゃあオレも行ってやんよ。そうしたら、もしかしたらこの世界から逃げる方法があるかもだし。シロちゃんはどうすんの?」
そう言ってカルマは肉をつまむ。
アクミの隣に座る灰色のローブのような物を着た式神使い(ハンドラー)のクレオパトラカットの白い髪の人族、シロは白米を食べながら口を開く。白の足元には狼型式神の白月が寝ている。
「みんな行くなら行く」
ガレオンは再び「うーむ」と唸る。
「……リンネ、カルマ、それなりの覚悟があってそれを言っているのか?」
「もちろん」とリンネ、「そりゃあ、ねぇ」とカルマが言った。
ガレオンは嘆息をつく。
「なら、私も同行しよう。ギルドメンバーの側についてやるのもギルマスの仕事だ」
「ガレオンさん、みんな……ありがとうございます!」
アクミは頭を下げた。それにつられるようにアカリも「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「じゃあ、私も行く」
シロは白米を食べながら首肯した。
「そういえば、君の名前は?」
ガレオンはアカリの方を見上げる。
「私は、アカリです! よろしくお願いします!」再び頭を下げる。
「そうか、アカリか。だが、何処にいけばいいのだろうか?」
アカリはスッ、と息を吸って口を開く。
「それは、〈センター〉です」
カルマはテーブルに乗り出す。
「それって、都市伝説なんじゃないの?」
「いえ、〈センター〉は実在します! すべてのシステムを統括する〈センター〉なら、バグの直し方も分かるはずです!」
アカリは胸を張る。
「おいおい、マジかよ……」
カルマは目を丸くしておとなしく座る。
「そうか。今回はアカリの話を信じよう。だが、言葉には常に責任が伴う。これでいいんだな?」
「はい」アカリは真摯な眼差しをガレオンに向ける。
ガレオンは頷いた。
「うむ。なら今日は私の奢りだ。明日からの冒険に備えよ!」
『はい!』
全員は各々肉を食べ始めた。シロだけは白米だが。
「ねぇ、シロさん。肉はいいの?」アクミは訊ねる。
「……私は脂っこいものが苦手だ」
「そ、そうですか……」
アクミはアカリを見た。先ほどとはうってかわって今はなんだか嬉しそうだ。
不安や、心配ごとは沢山あるが、今考える必要はない。それにお腹もすいた。アクミは肉を食べ始めた。
「そういえばさ――」
リンネは口を動かしながら言った。
「――なんか変わったよね。ココ」
ガレオンは同意するように首肯する。
「確かに、風景もそうだが、食べ物にはちゃんとした味があるし、店員のNPCの態度も前とは変っているな」
「でも、うまいならいいよ。ヘッドギアの時はなんか物足りなかったし」
カルマは相変わらず肉を食べ続けている。
そこでアクミの頭に一つの疑問が湧いた。
「あの……ガレオンさんて、どうやって食べ物食べているんですか?」
全員の目がガレオンに向けられる。どうやら気になっていたことは同じようだ。
ガレオンはしばらく全員を見回すと、息をつく。
「……では、見せてやろう」
すると口だと思われる部分が開き、そこに箸でつまんだ肉を入れる。そして数回か咀嚼するような動きをして飲み込んだ。
「どうだ? これで分かっただろう。私は食べ物を食べられるし、味も感じるのだ。機人だとなめてもらっては困る」
『ああ~』
全員は納得するように頷いた。
◇◆◇◇◆◇
「牛亭」を出たメンバーたちは、各々宿泊地の長屋へと帰って行った。
夜の街は行燈の暖かい光と、家の明りが照らしている。電灯で照らされた〈タワー〉が光り輝く蝋燭のように見える。
空には満天の星空が輝いていた。地平線の向こうにも地球の姉妹星である〈エウィア〉が少し見える。
「あ、そういえば、アカリの長屋って、どこ?」
アカリは眉はハの字にして必死に思い出そうとしている。が、しばらくして諦めたのか、肩をがっくり落す。
「ごめん。思い出せない」
「思い出せないって……」
アクミはMFUを取り出して『エド』の長屋に検索を掛ける。が、何故かインターネットにも繋がらない。
「おかしいな……なんで繋がらないんだろ」
「ごめん。私、あまり自分の事を良く覚えてないんだ」
申し訳なさそうに俯く。
「……そうか。じゃあ、今晩は大家さんに頼んで部屋を確保してもらおうか」
アクミはMFUをポーチにしまいながら言った。
「ダメダメ。部屋はもうパンパンなんだ。もう居住者の受け入れは出来ないよ」
アクミが住む長屋、「川田屋」の大家の恰幅のある女性は結局アカリの居住を許可してくれなかった。
「さすがに、一晩中起きてる訳にもいかなしな……」
再びMFUを取り出してリンネに電話で連絡する。
「あ、リンネさん。今晩だけアカリを泊めてやってくれませんか……え? 狭いから無理? そんなぁ……」
アクミは肩を落した。他の連絡先もあたってはみるものの、元々始めたばかりなので友達は少なかった。
「な、なぁ、俺の部屋はいやだよな……?」
「え? 別にいいけど?」
「そうだよな。やっぱりダメ――え?」
アクミは思わず聞き返す。
「別に、構わないけど」
「ま、マジ?」
アカリは頷く。
川田屋の二階の奥にある部屋がアクミの部屋だ。始めたばかりなので特にインテリアは置いていない。電球から垂れている紐を引っ張って明りを点ける。
「ここが俺の部屋。アカリはそこに布団があるだろ。そこで寝てくれ。俺は押し入れで寝る」
アクミは鎧を脱ごうとするが、なかなか脱げない。
「え? いいの?」
「あ、ああ」
いろいろ試行錯誤している内に腹部の筋繊維部分と鎧のコードが繋がっていることが分かった。それを外して、鎧を脱ぐ。
「それと、ここで防具は脱がないでくれ。頼むから」
外した鎧は窓際にある机の上に置いた。
「う、うん」
アカリは頷くと部屋を見渡し、口を開く。
「可愛い部屋ね」
「そうかな?」アクミは押し入れの中に布団をひきはじめる。
「だって小さくて、何も無くて、夢があるじゃない?」
そう言ってアカリは微笑みかける。どこかで見覚えがあるが、誰だったっけ。
「夢、か……」
アクミは呟く。
「アカリには、夢があるのか?」
「ないけど、これから探す」
机の上のキノコをかたどった小さなマスコットを弄りながら言った。
「そう、か」
布団を敷き終わったアクミは押し入れの上に上がる。
「アクミには無いの?」
「俺は、あったけど……なんだっけ?」
アカリは目を丸くした。
「覚えてないの?」
「えっと……」とアクミは頭に手を当てて考えてみるが、どうも赤い靄にかかってしまったようで思い出せない。
「……ごめん。忘れた」
「そうなの……思い出せるといいね」
そう言ってこちらに微笑みかける。
その笑みに、アクミは少し頬が熱くなるのを感じた。
「ん。それじゃあおやすみ」
何も悟らせまいと押し入れの戸を閉めた。
アクミは暗い押し入れの中で目を瞑って考えた。見えるのは、
赤、
朱、
紅、
緋。
そして、灰色の地面に落ちる赤い傘だけだった。
月光照らす部屋の中でアカリは窓から月を見上げた。
アカリのグラフィックにノイズが混じり始め、とうとうノイズにまみれて見えなくなってしまった。
時計は深夜の十二時を指していた。
◇◆◇To be continued……◇◆◇
◇◆◇Word Explnation◇◆◇
・インプラントチップ 全人類の八割の頭蓋骨のなかに埋められているチップの事で、この中には本人のユーザープロファイルが保存されている。主な使用用途はこれを使った追跡や、本人認証である。また、脳と直接接続することで自分の精神の量子化をする事が出来る。ゲームではこれを利用し、ヘッドギアを使うことでゲーム世界に入り込める仕様となっている。
・ヘッドギア 米国のベンチャー企業〈ヴィジョン〉が開発したゲーム世界に入る為に必要なツール。HUDが搭載されているが、これはあまり使われない。パソコンと接続することでゲーム世界に入る事が出来き、やり過ぎ防止の為にオートオフタイマーが設定されている。ちなみにデフォルトの時間は二時間。これを過ぎると強制的にシャットダウンされる。また、右のこめかみ辺りにあるスイッチが電源。
・マルチ・ファンクション・ユニット 通称MFU。ゲームで様々な機能を発揮するツール。形状はスマートフォンのような形をしている。外観は自由にカスタマイズ可能。PC版ではただのメニュー画面として表示されるが、ヘッドギア版の時には敵をカメラに映すと、基本情報が表示されたり、インターネットを使えたりと、幅広く使える。他にも、付近のプレイヤー情報、装備しているアイテムや、パーソナルバンクに保存されているマテリアルの確認も出来る。
・〈センター〉 『LINK・NEW・WORLD』のシステムの中枢を担う部分。主にパーソナルバンクの管理、報酬金の分配を行っている。NEW・WORLDのどこかにあるとされているが、様々な憶測や、都市伝説が飛び交っている為、場所の特定は出来ていない。
・〈ユニポリス・ヤマト〉 NEW・WORLDでの日本を指す。所属する総プレイヤーは600万人。方角ごとに地域の特色が違い、南西にかけて近代化している事が特徴である。他にも、モンスターの種類が多い事で有名である。
・〈ポリス・エド〉 NEW・WORLDでの東京を指す。所属するプレイヤーは10万人。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような街が特徴で、他の〈ユニポリス〉から観光にくるプレイヤーも多い。
・機人族 NEW・WORLDに存在する機械生命体。最初のキャラクター作成で選択できるクランの一つ。防御力と攻撃力が高く、大抵の武器を扱える事が特徴。機人族のヴィレッジは〈ヴィレッジ・サカイ〉のみに存在する。
・人族 NEW・WORLDに最も多く存在し、オーソドックスなクランである。基本パラメーターはバランス型で、ある程度の職業であれば問題無く扱う事が出来ることが特徴。
・小妖精族 人族の次にNEW・WORLDで最も多く存在するクラン。小柄で、素早いのが特徴で、力もあるが、仕様上、高い防御の装備が装備出来ない。耳が尖っているのが特徴。
・異端者 バグが発生しているプレイヤーを指す差別用語。数はそれほど多くはないものの、稼動初期から存在する為、殆どのプレイヤーがその名を聞いた事があるはずである。バグの種類は多種多様で、主な物にグラフィックにノイズが混じる、敵の攻撃が当らない、こちらの攻撃が当らない等が存在する。しかも異端者の近くにいるとウイルスのようにこちらも『感染』してしまう為、異端者であることを隠すプレイヤーも存在する。
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