7.chapter
「――はい、俺ですよ。………いえー、何ていうか………いいえ? 迷ったりなんてしませんよ。自分の出身校ですよ?」
青年は笑いながら携帯の相手とやり取りを交わす。
「ん、あぁそうだ。今、どこのクラスも授業中ですよね? ………大したことじゃないんですが、少々………、ええ。先ほど保健室に行くと言っている少女に会いまして。………いえいえ、面白い子でしたよ」
少し笑いを含んだような声音で、青年は言う。
「あぁ、それでですね。後でお話させていただけませんか? え? いえ、そうではなく……はい。大したことではないんですが、彼女、先ほどハンカチを落としていまして。――いえ。学校を見て回りたいですし、直接届けますよ。ですから、クラスと名前だけ教えて欲しいんです。――書いてはあるんですが、ぼやけてて読めないんですよ」
青年の手に、ハンカチはない。そして廊下のどこにも、ハンカチは落ちていなかった。
しかし青年は笑いながら続ける。さも手元にハンカチがあるように。
「いえ、全く分からないわけじゃないんですけどね。げっか、だけは読めます。そんな名前の少女はいませんか?」
電話の向こうで、ペラペラと紙をめくるような音が僅かに響いた。恐らく名簿でもめくっているのだろう。それからしばらくすると、
「……はい? 月華院 泉? わかりました。いえいえ、落し物を持ち主に届けるのは人として当たり前でしょう?」
私はただ、当たり前の事をしようと思っただけですから。
ハンカチなどどこにもないのに、青年は笑いながら――電話を切ったのだった。