37.chapter ◆
「舞篠さん」
「唯蝶で構わないよ」
「……いえ、その……会ったばかりの方を下のお名前で呼ぶのは……」
「遠慮しないで? 俺、君のその可憐な唇で呼ばれたいな――唯蝶、って」
全然遠慮してないからね。勘違い発言やめようか。
って言いたいな! 本気で!
っていうかなんですかその女タラシみたいなどうしようもない発言。これだから自信過剰な奴って嫌。
「あの、その、舞篠さん? ち、ちか、近いです」
私は、まるで接吻でもするかのように顔を近づけてくる唯蝶の目の前に手のひらを突き出し、拒否の意思を伝えようとする。しかし自信過剰アイドルにはその意思は届かなかったらしい。
「いいよ、恥ずかしがらなくて」
全然恥ずかしがってないし! っていうかほんとに迷惑! やめてください! お願いします!
まぁ、この後の展開からすると大丈夫だよね。これもシナリオの内だもの。
「眼、閉じて?」
変態も過ぎるだろ!
初対面でキスってどんなだ! あなたはキス魔か!
でも大丈夫。な、筈。シナリオでは確か、ぎりぎりで邪魔が入るはず。
だから、別に私は焦る必要なんてないんだけど。
「泉ちゃんは恥ずかしがりやさんだね」
はい恥ずかしがりやさんなんです。だから近づかないでくだ、
「じゃあ仕方ないな」
え。
声をあげる間もなく。頬にあたたかいものが触れた。
…………え、今の何?
頭が真っ白になった私を、唯蝶は勝手に抱き締める。
……え?
と、その時。
「泉を離していただけませんか?」
凛とした声が響き渡った。




