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ホラー短編

夢見る花子さん

作者: まあぷる

 うちの学校には花子さんがいるという噂があった。それもベタにトイレの三番目の扉の中にいるわけじゃない。


 うちの花子さんは教室にいるらしい。五年二組。それは今の私が使ってる教室だ。真夏の夜中の十二時になると花子さんは出現するらしい。昔、夜中に忘れ物を取りに来た女の子が花子さんを見たという。花子さんはその時、黒板に呪いの言葉を書いていたそうだ。気が付いて振り向いた花子さんの顔を見たその子は気を失って教室に倒れていたそうだ。わざわざ一人で夜中の学校に来る奴なんていないだろうけど。


 というわけで繰り返すが、うちの学校には花子さんがいるという噂があった。

 で、友達の佳奈が突然に肝試しをやろうって言い始めた。

 何を好き好んでこの暑さの中、肝試しなんかしなきゃいけないのよ。エアコンがんがんかけて、スイカ齧って、怖いのが好きならホラー映画を借りてくりゃいいじゃない。だが私の訴えは完璧に無視された。




「だって夜の学校って魅力的じゃない」

 学校のプールの帰り道、佳奈は目を少女マンガみたいにキラキラ輝かせながらこう言った。

「私ね、心霊写真って一回も撮ったことないの」

 それは普通だろうが。

「だからさあ。スマホ持って学校に行くの。きっと凄い写真撮れるよ。ね?」

「ね、じゃないよ。そんなもの撮ってどうするのよ」

「お兄ちゃんに頼んでネットにアップしてもらうのよ。何だかわくわくしちゃう」

 佳奈は怖い話が大好きなのだ。

「変な霊を連れて帰って来たって知らないよ」

「大丈夫。絵留を連れていくから」

「誰よそれ」

「ほら、先月一組に転校してきた子。麗上絵留」


「れいがみえる?」


「そ。この間、ホラー映画見に行ったら偶然隣の席でさ。ちょっと変わった子だけど彼女、霊が見えるんだって。それで一緒に肝試ししようって話になってさ」


 そんなダジャレみたいな名前の子が実在することの方がびっくりだけど。


「でも幽霊と妖怪って別物じゃない? 花子さんって妖怪でしょ?」

「似たようなもんでしょ。どっちも化けて出てくるんだし」

 絶対そうじゃないと思うけど。まあ、いいか。

「決まりだね! じゃあ明日の夜。十一時五十分に学校の前に来てね、みゆき」

「ええっ。私、まだ行くとは言ってないよ」

 彼女はいい子なんだけど、何でも一人で決めちゃうところが困る。

「だいたい夜中って。その時間に学校の前に行くことの方が校内へ忍び込むより何倍も怖いよ。それに一人で道を歩いてたら別の意味で危険じゃない」

「それもそうだね。じゃあ、明日、みゆきんちに迎えに行くよ。絵留も誘ってうちにお泊まりすれば三人で行けるじゃない」


 それはいい考えだ。お泊まりって言うのは悪くない。

「じゃあ、そう言うことで。明日、また連絡するね!」

 そう言い残すと、佳奈は私の返事も待たずに自分の家の方へ走って行ってしまった。


 翌日の夕方、佳奈は絵留を連れて家にやってきた。絵留は色白で真黒い髪をツインテールにして眼鏡をかけ、シンプルな濃紺のワンピースを着た大人しそうな美少女だった。夏休み限定で髪を茶色に染め、ギャル系のファッションで決めた佳奈とは正反対のタイプ。


「それじゃあ、おばさん。行ってきま~す」

 ちょい派手な外見の割には大人受けの良い佳奈が満面に笑みをたたえながらママに挨拶した。

「行ってらっしゃい。お母さんによろしくね」

 ママが土産にと持たせてくれたケーキの箱を持って、佳奈のうちにやってくると、私達は肝試しの打ち合わせをした。


 まずは門扉を乗り越え、鍵の壊れている裏口から校内に入る。五年二組に入り、教室内で夜中の十二時が過ぎるまで待機する。


「教室、鍵掛かってるじゃない」

「今日、学校に行って忘れ物したからって、先生に鍵を借りて開けてきたの。だから大丈夫」

 普通、そこまでやるかな。

「……で、夜中の十二時過ぎたらどうするの?」

「考えてない」

「それはまずいかも知れませんね」


 今までずーっと黙っていた絵留がいきなりそう言ったので私達はびっくりして彼女の顔を見た。

「念のために教室には入らず外から見ていた方がいいでしょう」

 きらりと彼女の眼鏡が光る。その瞬間、彼女が名探偵みたいに賢そうに見えた。

「ま、まあ、それは確かにそうよね。私はとりあえず写真が撮れればいいんだから」

「そうですね。写真さえ撮れればいいんですよね」


 その時、絵留がふっと唇の端を歪めて笑ったのに私は気が付いたんだ。佳奈はテレビを見ていたから気が付かなかっただろうけど。




 私達は家族が寝静まった十一時半に家を出た。足音を忍ばせて廊下を歩くのって、何だか泥棒でもしてるみたいでどきどきする。そっとドアを閉め、鍵を掛けると歩いて十分ほどの学校に向かった。


 夜の学校は不気味だ。私達三人は門扉を乗り越え、校内に入って懐中電灯を頼りに三階の五年二組の教室までやってきた。廊下に座りこんで時間を待っている間も真っ暗な廊下の先の曲がり角から何か得体の知れないものがやってくるような気がして仕方がなかった。


「もうすぐ十二時よ」


 佳奈の腕時計の針が十二時を指した時、私達は十センチほど開けておいたドアから教室の中を覗き込んだ。


「……なあんだ。何にも起きないじゃない」


 佳奈の声に微かに被さるように、タンタンタン、という軽く素早い音が聞こえてきた。それは黒板に字を書くチョークの音のようだ。


「静かに!」


 絵留の言葉に私と佳奈は今にも叫びたくなるような恐怖を押し殺した。


 やがて、チョークの音が止むと、絵留がドアを開けて教室の中に入って行った。教室がいきなり明るくなり、私と佳奈は急いで中を覗いた。中には絵留以外は誰もいない。教壇の上には白っぽい板。いや、違う。あれは黒板だ。その黒板が白く見えるほど細かい文字がぎっしりと書かれていた。これが例の呪いの言葉なんだろうか?


「ね、入ろうよ、みゆき」


 私は嫌だったが、一人残されるのはもっと嫌なのでしぶしぶ中に入った。


 私達は字を読むために恐る恐る黒板に近づいた。一文字の大きさが三センチ四方くらいだろうか。左上から右下まで隙間もないほどぎっしりと書かれている文字は全部カタカナで最初、何を書かれているか判らなかった。だが、それが読み取れた途端、冷水を浴びせられたように背中に寒気が走った。


――サビシイサビシイソトヘデタイソトヘデタイソトヘ


「ねえ、これって『シャイニング』みたい! これは撮らなくちゃ!」

 佳奈はスマホを構えて黒板にフラッシュを浴びせた。

「ねえ、止めようよ。帰ろうよ」

「なんでよ。私は写真を撮りに来たのよ」

 佳奈はよせばいいのに後ろを向いて教室の中の写真も撮り始めた。


 突然、蛍光灯が消えて私達は悲鳴を上げた。だって真っ暗な中に青く光る人影が見えたんだもの。それは女の子の姿をしてた。白い開襟シャツと紺色のスカートを穿いたオカッパ頭の女の子が、とても悲しそうな顔でじっと黒板を見詰めている。その顔はちっとも恐ろしくなかった。彼女は長いことずっと一人でここに居続けたんだろうか。大勢の子供達をただ黙って眺めていたんだろうか。それっていくらなんでも辛すぎるよ。そう思った途端、それまで感じていた恐怖が嘘みたいに消えてしまった。何かが床に倒れたような鈍い音がした。


「外へ出たいの?」


 暗闇に響き渡ったのは絵留の声。女の子はこくりと頷いた。


「出してあげるよ」


 次の瞬間、カメラのフラッシュが光った。と、同時に女の子の姿はすうっと消えてしまった。


 私はしばらく呆然としていた。ようやく気が付いて蛍光灯のスイッチを入れると佳奈が床に倒れていた。急いで駆け寄って揺り起したが、彼女は起きない。絵留は何処へ行ったんだろう? 窓を開けて外を見た。校庭の中心に緑色に光る丸い記号みたいなものが書かれていて、その中心に絵留らしき人物が立っているのが見える。

 私は急いで裏口から出ると校庭のほうに回った。


「絵留! いったい何してるの!」


 絵留はこちらに近寄ってくると黙って私の手に使い捨てカメラを乗せた。

「いったん、フィルムに閉じ込めて解放の儀式をしようと思ったんだけど、彼女、このまま写真になってあんたと一緒にいたいんだって」

 何を言ってるのかさっぱり判らない。

「ねえ、いったい何をやってたの? 解放って?」

 絵留は私の顔を見て、やれやれという顔で溜息をついた。

「仕方がないな。教えてあげる。あたしは各学校を回って学校という空間に捕えられた花子さんを解放してるの。この学校の花子さんはまだいいんだけれど、臭いトイレに閉じ込められてる子は本当に可哀想でね。人に害を与えてないのに子供を殺したとか言われているし」

 そう言われてみれば、確かにそうだ。

「これを現像して写真にしたら、あんたが持っていてね。この子が満足して写真から抜け出る日まで。あ、それから今日は家に帰るって佳奈さんに言っておいて。あと佳奈さんの撮った写真のほうは全部消させてもらったから。この話はあんたと私だけの秘密。絶対口外しないで。仕事に支障が出るから。あともう一つだけ。悪いんだけど現像代は出してね」


 え? 私が出すの?


 絵留はにっこり笑うとそのまま去って行こうとした。

「待って、絵留。何で私が持ってなきゃいけないの?」

 彼女は振り向きもせず、ひょいと片手を上げてこう答えた。

「友達が欲しい。一緒にいたい。それがずっとずっと長い間見続けていたその子の夢だからよ」


 その後、佳奈はようやく目を覚ました。なぜか花子さんのことは全く覚えていないようだった。お泊まりの翌日、カメラを現像に出した。花子さんは優しげに微笑んだ普通の女の子だった。


 絵留の電話は繋がらなくなり、連絡が取れなくなった。二学期が始まった日、急に親の転勤が決まって夏休みのうちに引っ越したことを先生に知らされた。


 

 そういうわけで花子さんは今、私の机の上にいる。見た感じはごく普通の古風な服装の女の子なので心霊写真には見えない。

 

 出かける時は必ず一緒に連れて行って外の景色を見せる。


 青い空、白い雲、綺麗な花々、お洒落な街並み、優しい風に揺れる木々、そして空を舞う鳥たちの声。


 花子さんの表情がどんどん和らいで最近では柔らかく微笑んでいる。話しかけるととても嬉しそうな顔をするんだ。


 いつかこの写真から彼女が消えたら、きっと寂しいだろうなあと今では思う。人間なんて本当に勝手なもんだ。

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