新たな地?
俺が次に気付いたとき、そこは俺の家ではなく、どこかの廃棄された
寺院のような場所だった。いや今はどこに転送したかなんてどうでもいい。
まずは、光喜たちの手当てが先だ。
タケシは腹部にあざがあるが、たいした怪我じゃない。光喜はひどいな・・・。
リョウはおそらく小さなナイフを使って戦ったようだ。そんな刺し傷や切り傷が多い。
多分、コイツが一番抵抗を見せたんだろうな・・・さすが、俺の弟だと言いたいところだが、
実力の差が明らかだ。
「そっちはどうだ!?」
俺はエルルを見ていたシャリーナに振り返らず尋ねる。こんな緊急時だが、流石に俺が
エルルの服を脱がして傷を確認するわけにはいかないからな・・・。
「傷らしい傷はないみたい・・・」
シャリーナはそこまで言って言葉を濁す。外傷がなくても、骨とか内臓をやってるかも
しれないからだろう、シャリーナにそういった知識はないからな・・・。
呼吸も脈も正常なようなので、多分問題はないだろう・・・。ならば、全ての力を光喜のみに
注いでやればいい。元々、治療は得意分野じゃないんだ、3人同時に完治させられるとは
思っていないさ・・・。
俺はもう一度、光喜を見た。
「やられすぎだ・・・」
刺し傷が右腕に二つ、左手の平に一つ、横腹に一つ、右腿に一つ、左ふくらはぎに一つ・・・
切り傷は頬に一つと、体にいくつもある・・・。全て致命傷にはならないが、動きは完全に
塞がれてしまうだろう。スピードのある光喜の体を、ここまで正確に傷つけるとは・・・。
俺は全魔力を光喜に注ぐつもりで治療を始める。傷はみるみるうちに治っていき、数分後には
傷一つ残っていなかった。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
俺は呼吸を荒くしながら、その場に倒れるように座り込んだ。魔力が全然残ってねぇ。
くそぉ、闇や呪の属性はこれだからややこしい・・・。闇や呪を極めると、どうしても光や癒の魔法が
苦手になってしまう。なんとか、癒の属性だけは努力で獲得できたが、一度使ったらこのざまだ。
「エルルの外傷を見るぞ・・・」
俺はシャリーナに任せていたエルルの元に這うように近づく。体がやたらとダルイ・・・。
脈をはかり、呼吸を確認し、エルルの魔力を感じ取る。戦闘の痕跡はほとんどない。
というか、ダメージを受けた痕跡がない・・・。
「健康そのものだよ・・・大丈夫・・・」
そういった瞬間、周囲の空気に異変を感じ取る。どうやら、大丈夫ではないようだ。
俺はふらつく足で立ち上がり、寺院の入り口の方へと歩いていく。後ろからついて来たシャリーナは
俺に肩を貸そうとする。だが、俺はそのシャリーナの手を振り払った。
男の意地として、女の肩は借りん。というか、借りるわけにはいかん。
「やせ我慢するんじゃないわよ!! 半日走り続けて、あんなに魔力使って!!」
半日マラソンはお前も一緒だろうが。確かに、魔力も体力もほとんど残ってねぇが、やることやらないとな。
「なんの話よ・・・」
「敵だ」
俺はそういいながら、ボロボロになったドアを蹴り破り外に出る。外には敵が1人突っ立っていた。
幸いなことに、リョウではない。だが、ひょろひょろなもやし君でもない。目を合わせてみれば、
突っ立っていたという表現も少し違うような気がしてきたな。
「何よ、コレ・・・」
そこにいたのは、銀色の毛並みの獅子だった。大きさは大型トラックぐらい、どうやら使い魔のようだ。
十中八九、リョウの使い魔だろうな。畜生、俺の使い魔なんて呼んでもこない女の子なのに、
こんな強そうな奴が呼べるのかよ・・・。
「俺がひき付けるから、お前は上から一撃かませ・・・」
それしか言えん。幻術も呪術も魔術もろくに使えんが、隙ぐらい作ってやる。お前の一撃ならば、
あいつを一撃で仕留めることも可能だろう・・・もし無理なら・・・呪印の侵食を覚悟して大技を撃つ。
俺はフラフラとした足並みながらも、その獅子に向かって駆け込んだ。この間に、シャリーナは
自分の重さを軽くして、敵の上に・・・・・いかないで、俺の真横にいた。
銀の獅子はその爪で俺に切りかかったが、その爪をシャリーナの剣が防ぐ。
「てめぇ!! 人の話聞いてたか!!」
強がってそう言ったものの、あれは今の俺じゃ防御できなかった。回避したとしても、次の攻撃は
どうなったか分からない。デカイと思ってトロイ奴と思っていたが、想像以上のスピードだ。
「昨日のチェスの話だけど・・・」
シャリーナは銀の獅子の爪を弾き飛ばし、俺の前に立って剣を構える。
「やっぱり、たった1つの歩兵でも、私は守りたい・・・」
シャリーナは久々に見せるマジメな目で俺をじっと見つめた。こんなときにチェスの話か、
そのチェスというゲームの否定論は後にしてくれ。
「アンタみたいに、私は利口じゃない、だから私は感情で動くのよ!!」
シャリーナの口調には有無を言わさないものがあった。まったく・・・俺を歩兵扱いか?
「言っとくが、俺は歩兵で収まるタマじゃねぇぞ・・・」
「知ってるわよ・・・」
シャリーナは剣に魔力を蓄えていく。次の一撃、かなり大きなものになるだろうな。
シャリーナはツインテールをなびかせながら、俺を流し目でみる。
「アンタと私は騎士よ・・・」
王は光喜か? それともエルルか? タケシは・・・歩兵で十分だ。
銀色の獅子は俺たちに飛び掛ってきた。まずいな、シャリーナの重力操作の一撃は、
相手より上から振り下ろすから威力があるのであり、頭上の敵にはほぼ無力だ。
「重力、剛を制すってね!!」
はい、柔よく剛を制すね。
シャリーナは剣を思いっきり頭上に投げ捨てた。その後、その剣はシャリーナの能力により
物理法則を完全に無視した重さに発展し、加速をつけながら落ちてくる。
ちょっと待て・・・あの規模は、不味いんじゃないのか?
「てめぇ!!」
俺はシャリーナを脇に抱えると、残った体力と魔力を全部使ってその場から逃げ出す。
その刹那、剣は銀の獅子を貫き、地上に落ちた。衝撃は大気を揺らし、地鳴りは鼓膜を
圧迫する。ちょっとした隕石レベルだな。
「はぁ〜・・・もぅ、だめ・・・」
俺と共に地面に倒れているシャリーナが言う。
「てめぇ、バカだろ・・・今の一撃に全魔力注ぎやがったな・・・」
俺は倒れたままシャリーナに話しかける。荒くなった呼吸のせいでスムーズに話せない。
「言ったでしょ、私は皆が助かる戦いをするのよ」
本気のギャンブルだな、全員助かるか、全員死ぬかって感じだぞ。
シャリーナは倒れたまま、楽しそうに笑った。笑っているシャリーナのをよそに、俺は疲労がたまった
体を無理やりに立たせる。シャリーナの笑い声は途絶え、俺の顔には引きつった笑顔が浮かんでいる。
「ギャンブルは、負けたようだがな・・・」
土煙の中から、骨の髄まで震わせるような雄たけびが木霊する。銀色の獅子は右前足を失いながらも、
器用に体勢を整えて立ち上がっていた。失った右前足の付け根は、まるでガラス細工のようにかけていた。
どうやら水晶のようだ、俺は土や石で使い魔を作るが、リョウの奴は水晶を使うらしい。こんな巨大な
水晶など存在しないだろうから、多分、自分で水晶を具現化できるんだろうな。
「シャリーナ・・・」
俺は後ろで倒れているシャリーナに話しかけた。額からは冷や汗が流れ、足は疲労からか震えている。
この震えが恐怖でないことを祈りたいよ・・・恐怖は決意を歪めちまうからな・・・。
「もしも、俺が・・・俺が狂ったら、なんとかして逃げろよ」
俺は使い切った魔力を体の奥底から引き出す。呪印に封印された、俺本来の魔力を・・・。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
シャリーナがそう言ったとき、右前足を失いバランスの悪い銀色の獅子に向かって、
無数の弾丸が打ち込まれていく。周囲には水晶の破片が飛び散り、獅子は地に倒れた。
弾丸の飛んできた方向を見ると、赤い短髪を乱し、両手に巨大なガトリング砲を持った
タケシが仁王立ちしていた。
「悪いっす、アニキ!! ちょっと、寝すぎました」
そういったタケシは、立ち上がろうとする獅子の後ろ足をガトリングで砕いていく。
だが、水晶は少しずつしか砕けず、獅子は這いずりながら移動しようとする。
タケシはガトリングを投げ出し、今度は剣のようなものを具現化した。その刃はギザギザに
なっており、やがてチェーンソーのように動き出した。
「はぁああああああ!!」
叫びながら獅子に突っ込み、その硬い体を切り裂く。獅子の悲鳴にも似た鳴き声を聞きながら、
火花と水晶の破片を散らすタケシを眺める。機械を具現化する能力。今ほど頼りがいがあると
思ったことはないだろうな。
「これで、終わらせてやる!!」
今度は右腕を覆うように機械を具現化し、それはミニチュア版の大砲のようになる。
白と青のパーツが混じりあい、肩辺りからは水蒸気が漏れ出す。タケシの周囲は、
陽炎を生み出すほどに温度が上昇し、先端からは光があふれ出す。
「ブレイブ・バスター!!」
言葉と共にタケシの腕から光の帯が放たれる。それは、銀色の獅子の体を貫き、
衝撃で残った体も砕いていった。数秒でバスターは消え、その後、俺に向かって
ぐっと親指を立てると、そのまま後ろに倒れていった。どうやら、タケシも魔力切れのようだ、
さっきから足がピクピクと痙攣しているように見えるのは、一度に魔力を極度に疲労したせいだろう。
「お前らさ・・・魔力のセーブって知ってるか?」
といいながらも、俺も立っているのがやっとだったので、その場にへたれこむ。
後ろにいたシャリーナは安心した顔で空を見上げ、タケシにいたっては魔力の
全力放出により気を失っている。
まぁ、今回ばかりは助けられたわけだしな・・・この盤上では、シャリーナの方が優れた策士だったわけだ。