第9話「もう1人の・・・」
野球は九回裏からスタートだ。昔、聞いたことのあるワンフレーズだ。
この言葉によると、序盤にどんなに失敗していても最後の最後にどうにかなる、
チャンスはまだあるという言葉だそうだ。
では、先攻のチームはどうだろうか? 先攻チームには最後のチャンス
というものは相手より先に訪れるということで、そこで奇跡が起きても、
相手にはその奇跡を挽回するチャンスがあるということだ。
俺がなぜこんな話をしているか、別に野球観戦をしているわけではない、
俺は人生のチャンスは、全ての人間に平等に訪れてはくれないということが
言いたいのだ。
「チェックメイト・・・」
俺は黒い騎士の駒を取ると、白い王の元に進める。
「げっ!!」
シャリーナが顔をしかめながら自分の白い兵隊たちを見る。過半数が
死に絶え、残った数少ない兵隊たちも、黒い兵隊たちに囲まれている。
チェスは、元々戦争のシュミレーションに使った駒だという説がある。
この場合だと、シャリーナの国はほぼ壊滅状態にあるということだ。
「もう一回よ!! 次はダウトで勝負よ!!」
シャリーナがその辺りに散らばっていたトランプをかき集める。さっき
大富豪をしたまま、ほったらかしになったものだ。ちなみに、いろいろな
ゲームを次々として、ただいま19勝0敗。
3時間ほど前にシャリーナが家に来て、賭けを持ちかけたのだ。
俺が負けたら、シャリーナとダンジョンに行き、あるアイテムを取ってくる。
シャリーナが負けたら・・・どうなるんだっけ? 覚えてねぇや。
さぁ、ここで最初の野球の話に戻そう。俺は1度でも負けたら即アウト、
シャリーナは納得のいくまで勝負を繰り返す。これは平等なのだろうか・・・。
そんなことを10戦目までは考えていたが、ここまでワガママを突き通されると、
人類の不平等さを悟るまでに至ったわけだ。
「ご勝手に・・・」
というか、2人でダウトをしても、相手がウソをついてるかどうかは
手札を見れば一目瞭然ということはコイツは気付いているのだろうか?
俺はテーブルに置かれていた禁煙ガムを1つ取り、口の中に入れる。
相変わらず不味い。これで、本当に煙草の変わりになるのかというぐらい
不味い・・・まぁ、気分の問題だな。
今日は、光喜は友人に誘われてダンジョンへ探索、昔から俺と一緒に
ダンジョンへ行っていた光喜は成績に似合わず、レベルは周囲の連中より
格段に高い。なので、少し難易度の高いダンジョンに行くとき光喜は
引っ張りだこになる。
エルルは魔法学校の実習があるとか言ってたな、エルルだけ1学年
下だからな、シャリーナと光喜とは行事日程が微妙に違っている。
「なんか、納得いかないな」
トランプをかき集めながらも、先ほどのチェスのゲーム盤を見る。
「何がだ? 確実にお前の負けだろ」
これ以上、王は動きようがない、完全に詰みだよ。
「なんかね、あんたの戦法って卑怯なのよ!!」
「お前がバカなんだ・・・」
シャリーナは、全てを生かそうとする戦法を取る。ポーンなんて捨て駒
なんだから、犠牲にしてしまえばいいのに下手に守ろうとする。だから、
逆に全滅の危機が訪れるんだ。
「何よ!! 犠牲を出さずに勝つのがベストに決まってるでしょ!!」
「ガキみたいな理屈こねてるから負けるんだよ、使えねぇ駒は盾でも囮にでも
しちまえばいいんだよ」
シャリーナは小さな声で、「冷酷な奴」とだけ呟いてトランプを混ぜ始めた。
それがチェスだろうが・・・。というか、マジでダウトするのか? ジョーカーの
可能性を除いたら、ほぼ100%嘘を見破れるぞ。
俺の心配などお構いなしに、シャリーナは2人分のトランプを配り始めた。
俺は山となったカードを手に取ると、手札の中のカードの場所を把握する。
「それで、そのアイテムって、どんなアイテムなんだ?」
興味なさそうに・・・というが、興味などないが一応聞く。
「なんでもいいでしょ・・・強化アイテムよ、強化アイテム!!」
シャリーナがぶっきらぼうに言いながらカードを出す。
「嘘だな・・・」
「う、嘘じゃないわよ!!」
俺はさっきシャリーナが出したカードを裏返す、シャリーナがだしたカードは
嘘だった。
何かがつまったような顔をするシャリーナを見ながら、小さなカードの山を
シャリーナに手渡す。
「それで? なんで、欲しいわけ?」
「別にあんたには関係ないでしょ・・・」
「嘘」
再びカードの山をシャリーナへと渡す。シャリーナは口を尖らせながら俺を見る。
自分の手札を見れば、相手のカードはすぐに予測できる・・・2人でダウトをすれば
こうなるさ・・・。
「アンタだって、ホントは興味あるんじゃないの?」
「別にねぇよ・・・」
俺は適当にカードを出した。
「嘘!!」
シャリーナが高らかに宣言する。俺は一番上のカードをめくってみせる。
そのカードは鎌を持った死神、つまりジョーカーだった。三度目のカードの
譲渡を行うと、シャリーナの手番からゲームが再開する。
「それってさ・・・ただの、暇潰しなわけ?」
「暇潰しなわけないでしょ!!」
俺は宣言もせずに、シャリーナの出したカードをめくってみた。そのカードは
俺がさっき使用したジョーカーで、嘘ではなかった。
「これじゃ、いつまでたっても終わらねぇ・・・ギブアップだ」
俺がそういうと、シャリーナはニパッと顔を明るくして、カードを投げ出した。
トランプの箱を素早く探し、チェスやその他のゲームを手早く直していく。
俺は味のなくなったガムをゴミ箱に吐き捨てると、暑くなってきたにもかかわらず
壁にかかっていたコートを羽織った。まぁ、ローブを持たない俺の正装みたいな
ものだからな・・・。
「さっさと行くわよ!!」
シャリーナは俺の背中を勢いよく叩き、さっさと玄関へと向かっていった。
娘を遊園地に連れて行くような気分を味わいながらも、光喜やメアのせいで
その気分に違和感がなくなりつつある自分にため息をついた。