桜散る?
その少女は、自分の周りに桜の花びらを舞わせ、こちらの様子を伺いだした。
光喜の予想以上のスピードと、幻術の通用しない俺、それに、さっきから控えたままのメア、
あいつの予想以上の戦力だったんだろうな。
まぁ、さっきから突っ立ったままバームクーヘンにかぶりついているメアが、
戦闘意欲があるのかは俺にも分からないことだがな。
「お前は俺には勝てねぇよ・・・」
俺は少女に言うと、魔方陣がかかれた紙を一枚取り出した。幻術の正体は、
五感を通して相手の脳内に魔力を送り込み、脳内の電気信号を狂わせる
技術のことだ・・・。ならば、この辺りの石の壁を材料にしてミヤを召喚すれば、
脳まで石でできたミヤを幻術にかけることは不可能、この少女に勝ち目は
一万分の一もなくなるってわけだ。
俺は紙を地面に叩きつけて、魔力を注いだ。周囲を俺のドス黒い魔力が覆う。
「出て来い、ミヤ!!」
俺が叫ぶと、床の一部がまるで泥か粘土のように形をぐにゃぐにゃと変え、それは
やがて1つの形を作った。
それを見た全員に、数秒の沈黙が流れる。それは、黒いボールにでっかい眼が
ついただけの低級悪魔だった。その背中にあたる部分には、小さな紙が
貼り付けられている。
『最近出来たお友達です、私は忙しいので変わりに使ってください By魅夜』
丁寧なことに、手紙のラストにはハートマークまでついてやがった・・・。
「あの・・・クソアマ・・・」
俺は一つ目の悪魔を見る。手紙を握りつぶしながら、足を振り上げると、思いっきり
その悪魔を蹴り飛ばす。
「こんなもん、使えるかぁぁああああ!!」
悪魔は勢いよく吹っ飛び、壁にぶつかると砕けて、ただの石の塊へと戻った。
そうこうしている間にも、少女は魔力を桜の花びらに変えて、周囲に撒き散らしていた。
「雛菊桜 (ヒナギクザクラ)!」
少女が叫ぶと、その両隣に桜の花びらが集まり、人の形を作っていく。それはやがて
少女と同じ姿になっていく。
「そんなの見え見えだよ!!」
「待て、光喜!!」
俺の制止も耳に入っていない様子で、光喜がまっすぐに中央の少女へと向かっていった。
光喜がその少女の足に蹴りかかるが、その足は砕けて花びらに変わる。その後、残った胴体
部分は爆発を起こした。爆発といっても、炎が上がったわけではない、炎の変わりに大量の
花びらが舞い散り、煙の変わりにむせ返るほどの桜の匂いが立ち込める。
光喜はぐったりと床に倒れ、動かなくなっていた。
その様子を、2人になった少女が見下ろしていた。やがて、動かなくなった光喜の体からは黒ずみ、
大量の虫に変わると虫は周囲へと不気味に散っていく。
「しまった!!」
少女が声を上げたとき、光喜は声を上げた少女の真後ろにいた。
最初に突っ込んで行った光喜は、俺の作り出した幻影。本体は幻術に身を隠し、
後ろに回りこんでいたのだ。
光喜の攻撃を、もう片方の少女が止めようとするが、俺はその少女に既に接近しており、
ダークで吹き飛ばす。その間にも、光喜は少女の腹部に掌底を沈めていた。
そのとき、ふと何か違和感のようなものが漂った。それを感じ取った瞬間、俺は光喜の襟を
掴んでそのまま飛び離れた。
そのすぐ後に、2人いた少女が両方花びらの爆発を起こした。
「チッ!! 全部幻術か!!」
ギリギリまで俺に幻術と悟らせないとは、なかなかレベルの高い女の子だ・・・。
俺が気配を探りながら周囲を見渡すが、少女の姿はない・・・。
『もう準備OKだから・・・』
部屋内部に声が響く、どこか遠くから幻術を通して話しかけているようだ。
『この塔には、あらゆる仕掛けを施した・・・』
みたいだな、あんな石版や香水を使った手の凝ったトラップは珍しいよ。
『あと、あなたに魔方陣を悟られないための仕掛けもね』
少女の声が聞こえたとき、塔全体にすごい量の魔力を感じる。どうやら、この塔全体に
魔方陣を施したようだ・・・。だが、魔力の大きさよりも、この魔力の質が気になる・・・。
懐かしい・・・というより、なんだか感じなれているような魔力だ・・・。
『さぁ、発動して魔方陣!!』
そんなことを考えていると、ある1つ重要なことを思い出した。
「ちょっと待て!!」
俺の声など届かず、塔を包んでいた魔力がドンドン膨らんでいく。俺はとっさに窓側の壁に
ダークバスターを撃って大穴を開けた。その後、光喜にトリプルビートを使わせメアの手を
引っ張りながら外へと飛び出した。
すると、塔は異様なほどに光りだす。
『あれ? へ? な、なんで』
ほんの数秒後、塔は眩い光に包まれて爆発した。
爆破の衝撃で塔からどんどん吹き飛ばされていく。
俺は空中に防御用魔方陣を展開させると、その上に着地する。俺と俺にくっついていた
メアはうまく着地できたが、光喜は魔方陣に思いっきり衝突した。
「ったい・・・・」
ギリギリ聞こえる声でそう言う。本当に痛い時はなかなか声が出ないって本当だな。
俺は飛んでくる塔の破片を適当にダークで払いのけると、塔であったものを見る。
いや〜、気持ちいいくらいに塔の半分より上がぶっ飛んでる。
「爆破するための魔方陣だったのかな?」
光喜が衝突のときにぶつけたのであろう鼻を押さえながら言う。そんなことしたら、
術者も無事じゃすまないだろう・・・。多分、俺とお前がダンジョンの途中で壊した、
壁に書かれた文字・・・アレが魔方陣の文字列の一部だったんだろう・・・。つまり、塔の
崩壊と爆発は俺らがきっかけでおこったんだ・・・と、そんなことを考えつつも口には
出さなかった。
「ドジな術師が失敗したんだろ・・・」
そうしておいたほうが、はるかに楽だと思う。メアが後ろで何か言いたそうにしていたが、
手に大事そうに持っていたバームクーヘンを取り上げて、口にねじ込んだ。いいから、
黙って食ってろ。
術者の少女がどうなったは知らないが、まぁ、死んではいないだろう・・・死んでも、
この世界なら一般的に蘇生が可能だから、どこかで復活できる・・・はずだ・・・。
それにしても、あの娘はなんだったんだ? 陽河家に私念のある人間か、それか、
魔女狩りの残党か・・・いや、魔女狩りの残党にしてはやり口が甘い。黒魔術式の武器は
もっていなかったし、そっちの線は薄そうだな・・・。
しばらく考えていると、塔の反対側から大鷲や天馬などにのった人間がワラワラと飛んできた。
「・・・・・自警団」
メアがボソっという、つまりポリだな・・・。さてと、とんずらするか・・・。
「なんで、別に悪いことしてないのに?」
「ポリは敵だ・・・俺はそう自分に言い聞かせて生きてきたからな・・・」
絶対にまねするなよ、変な人間になっちまうからな。俺の場合は四六時中煙草を吸っていたから、
ポリに見つかったら補導されちまうって理由で、敵とみなしていたんだ。
俺は空中に展開していた魔方陣を解除して、地上に着地する。メアは無事着地、光喜は二度目の
着地失敗。いい加減学習しような・・・。
そして、俺たちはその場から去っていった。正直、このときの俺は、あの少女のことをなんの脅威にも
感じてはいなかった・・・。心の中にとっかかりを感じてはいたが、魔女狩りを倒したことで妙な自信が
ついたんだろう・・・あの少女が何度俺たちに向かってきても、平気という自信があったのだ・・・。
そう、この頃は・・・。