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第8話「新章突入」

 あれから1ヶ月あまりが経った。あの日帰って来たときには、衰弱はしていたものの、

光喜はニヘ〜とした笑みを浮かべて俺の帰りを待っていた。

 俺が光喜を救ったのかといわれると、正直分からん。あの時詠ったものが何なのか、

あらゆる文献を当たってみたが、該当件数はゼロ。俺はもしかしたら、無駄なことをしていた可能性まで浮上してきた。

 極度の疲労に、寝不足・・・頭がどうかしていたのかもな・・・。

 理屈では自分の行動を否定しながらも、心のどこかではアレに意義を感じている。

何の理屈もない、ただの感情なんだがな・・・。あの詠唱には何か意味があった気がする。

たぶん、いや、そうであってくれ・・・頼むから。


 その後、俺たちにいつも通りの日常が戻った。いや、少し変わったかな・・・。

ここで変化点を整理したいと思う。まぁ、とくに重大な変化はない。


変化その1。俺が禁煙・禁酒を始めたことだ。別に意味はない、あえていうなら決別みたいなものだが、

気持ちの問題でやっぱり意味はない。


変化その2。光喜の副作用がひどくなってる。あの後、完全に復帰できたわけではなかった、

多分光喜の体に流れている時間が30分の1ぐらいの早さになってる。

 具体的にどうなったかというと、普通の人が1年で成長するのを、光喜は30年かけて成長する。

他に深刻なのは、治癒能力も遅くなっていることだ。普通の人で全治1週間のケガを、自然治癒に

まかせてしまうと、約7ヶ月たたないと直らないことになる。

 軽い怪我をするたびに、俺かエルルが治癒魔法をかけてやらないといけないという、なんとも

めんどくさいことになった・・・。


変化その3。俺が一旦自我が崩壊しかけたとき、ミヤの魔術が解けてしまい一度土に戻ってしまった。

その時から、たま〜に呼び出しても出てこなくなってきた。霊魂だけの状態で、フラフラとどこかに遊びに

いっているらしいが、毎回、成仏でもしたのかと思ってしまう。


変化その4。今ここで起きている事態なんだが・・・。


「・・・お前飽きないのか?」

「・・・・?」


 メアは一口カットされていない、輪切り状態のバームクーヘンにかぶりつきながら、首を傾げる。

あれからほとんど毎日のように、バームクーヘンを食べに来ている。買い物に行くときには、

必ずといっていいほどバームクーヘンを買うようになり、こいつがかじっているのを見るのが日課になりつつある。

 最初は地図のお礼だったのだが、今は客に出すコーヒーと同じ感覚でバームクーヘンを与えている。


「お前の家族は知ってるのか? 大事な娘が男の家に入り浸ってるなんて知ったら、怒るんじゃないのか?」


 テーブルの向かい側に座っているメアを見ながら、やれやれとため息をつく。コーヒーをゆっくりと飲んでいると、

かじっていたバームクーヘンを手でちぎって俺に差し出してくる。


「いらん・・・」


 リビングで2人きりで、成立しない会話をひたすら繰り広げている。俺が何を問いかけても、的確な答えなんて

帰ってこないからな・・・。

 2人きりなのは、別にあいつらが気を利かしたからとか、俺が追い出したとかではなく、あいつらは学校があるからだ。

意外だったのは、メアはすでに卒業しているというのだ。コイツが学校のテストをトップに近い成績でクリアし、

飛び級したとは今でも信じがたい事実だよ。


「・・・・」


 無言でさっきちぎったバームクーヘンを口に詰め込むと、さっきより大きめにちぎって俺に差し出す。

でかくてもいらん、というか、でかくなったら余計にいらんわ・・・。

 俺が断ると、そのでかいものを一口で詰め込もうとする。四六時中お菓子を食べていたイメージがあるが、食べる

ペースが遅いだけで、驚異的な量を食べれるわけではないらしく、口も小さいのでボロボロと落としている。


「たく・・・ガキじゃねぇんだからよ・・・」


 俺が呆れながらも身を乗り出して、汚れた口元を払ってやる。メアは照れる様子も、嫌がる様子もなく、口の中に

入っているものを噛むのに全神経を集中させているかのようだった。

 すると、リビングの扉が開け放たれた。メアと話しているうちに、光喜が帰って来ていたようだった。

俺が光喜に「おかえり」と一言かけてやろうと思って、光喜に目線をやったとき、光喜は「あっ・・・」と声を上げる。

 ちなみにだが、俺からの視線だと、光喜の頭がメアと重なってほとんどみえなかった・・・。

つまり光喜から見ると、メアの頭と俺の顔が重なって見えないということになっている・・・。


「・・・・俺、エルルたちと遊んでくるね」

「ちょっと待て、こら」


 別にイチャイチャしていたわけでも、接吻をかわしていたわけでもないからさっさと座れ。

数回の問答を交わしたあと、光喜はチラシのようなものを1枚取り出してくる。


「ねぇねぇ、ここみんなで行かない?」


 光喜の一言に、俺とメアはチラシを見る。遊園地か、水族館でもできたか・・・。映画館やショッピングモールなら

ついていってもいいぞ。まぁ、そういう会話がいつかできるようになればいいんだが・・・こいつの頭じゃな・・・。

どんな幼稚な場所に行きたがっているのかと思いながらチラシを見る。

 ・・・やばいな、疲れているようだ。俺は一度目をこすってもう一度よく見る。

 【B−24地区 ダンジョン新装開店】

 開店って店じゃねぇだろ。というか、こんないかがわしいチラシをどこでもらってきたんだ。


「商店街で、チュパカブラのきぐるみ着て風船持った人にもらったよ」


 そんな怪しい人から物をもらうんじゃありません。そんなマイナーなUMAなんて、今時流行らんぞ。

まぁ、この世界ではチュパカブラと雪男とスカイフィッシュは実在するんだがな。あと見つかっていないのはグレイくらいか・・・。

ちなみにネッシーはダメだな、この世界にネス湖はない。


「ねぇ〜いいでしょ〜、そこそこの難易度だよ〜」


 難易度の問題じゃねぇよ。俺はそのチラシの写真を見る。パリの斜塔をまっすぐにしたような、要するにただの塔だ。

南側にはキラキラ輝く白い砂浜が広がり、北側には青々しい若葉たちが広がる草原になっている。

 その風景は、塔の付近に作られたコンクリートの壁で区切られていた。

俺はそのチラシに書かれているキャッチフレーズを読む。


「海・陸・空のモンスターたちがあなたをもてなしてくれます・・・」


 モンスターの部分が食材ならば、まっさきに飛んでやっても構わないが、モンスターなんかにもてなしてなんかいらん。


「こんなのつまんねぇに決まって・・・」


 俺の言葉は2人には届いていないようで、既に身支度を開始していた。はてさて、こいつたちには何語を話せば

理解を得ることができるのだろうか? 理解してくれるというならば、スライム語だろうが、ミイラ語だろうが3分以内にマスターできる

自信があるのだが。


「分かったよ・・・行けばいいんだろう・・・」


 俺は気晴らしに煙草を吸いたくなったが、コートの中には煙草はないことに気が付く。禁煙を決意したときに、

全部捨てたんだったな。深いため息をつくと、俺ものんびりと用意を始めた。

 回復アイテムと、簡易式儀式の魔方陣が描かれた紙を何枚か持つ。この紙はこの前使ったような強力な物ではなく、

ミヤを召喚するためのものだ。まぁ、ミヤが出てくるかどうかは奴次第なんだが・・・。


 なんだかんだで、俺たち3人は塔のダンジョンに来てしまった。

 潮風が気持ちよく、確かにいいところなのだが、さっきから通過する場所にあった宝箱は見事に空っぽだ。

そりゃそうだ、商店街でチラシを配ってたんだから先客が来ていてもおかしくはない。むしろ、自然のことだ。


「もう帰らねぇか・・・。この調子だと、ダンジョンの宝箱も空ばっかだぜ」


 俺は2人に提案してみるが、2人は見事なまでに俺を無視して突撃していった。

今度保育士にでも、子供のあやし方を聞くか・・・。

 シンプルながら、威厳の有るドアを開けてダンジョン内に入る。するとその瞬間、俺に向かって斧が飛んでくる。

体を少しそらしてそれを回避して中の様子を見た。


「ぐるぁああああああ!!」


 1人の大男がめちゃくちゃに暴れまわっている。近くには僧侶らしき男と、男剣士、女の白魔法使いが男を取り囲んでいる。


「あれがココのモンスターかな?」

「・・・・・退治」


 光喜とメアがマジな顔で言う。俺にはすごくむさくるしいだけの男に見えるのだが、錯覚か?

大男は周りの連中を蹴散らし、やがて猛牛のように俺たちに突進してきた。俺が止めようと思ったとき、俺の一歩前に居た

メアが剣を抜いた。


「ら〜・・・」


 澄み通った声がダンジョン内に木霊する。それと同時に、剣に魔力が溜められていく。こりゃ、あの男死んだな・・・。

メアは、まるで指揮棒を振るかのように剣を振った。


「奏でる(プレイ・)(ソード)


 最初の声だけならとても心地が良かった。天使の歌声と賛美しても加護ではないほどだったんだがな・・・。

だがメアが剣を振った瞬間、壁が崩れ、床がえぐれ、大男は血まみれになってその場に崩れ落ちた。

 すると、剣士の男が大男の元に駆け寄った。

 

「すまなかった、突然暴れだして」


 男は深々と頭を下げる。


「いや・・・謝るのはコイツの方だろう・・・」


 俺はメアの頭をポンポンと叩く。メアは俺の顔を不思議そうに見てから、首をかしげた。

大男を斬ることには、俺は異存ない。だがな、他は別だろ・・・他は・・・。


「・・・・・?」


 メアは自分の目の前に広がる光景をマジマジと観察している。さっきの技の跡はメアから前方に扇状に広がりながら、

かなり遠くまで及んでいた。そして、大男のオマケとして僧侶が殉職してしまっていた。きっと天国にいけることでしょう、

まぁ、蘇生すればなんとかなりますよ・・・。


「殺戮の歌姫・・・」


 剣士の男が小さく呟いた、メアの通り名をよくお知りで・・・。


「悪かったな、こいつはバカなんだ」


 俺が言うと、メアはぷくっと頬を膨らましながら俺を睨む。睨んでいるつもりなんだろうが、拗ねているようにしか見えない。

隣では光喜がヘラヘラと笑っている。3人を剣士はゆっくりと眺め、目を丸くした。


「あの、陽河悠夜さんですか・・・」

「それがどうした」


 男に名前を呼ばれている場合は、大抵喧嘩を売られているときなので、クセでガンを飛ばす。


「いや・・・陽河悠夜といったら冒険者の中じゃ有名ですし、殺戮の歌姫とパーティーを組んでくるほどのダンジョンなんだなと・・・」


 男はタジタジになりながら言い訳をする。まぁ、俺とメアが組まなくちゃいけないほどだと、かなりの難易度のダンジョンになるだろうが、

別に簡単なダンジョンに来てもそれは、俺の勝手だ。いや、正しくは俺は付き添いなので、こいつらの勝手だ・・・。

 俺はこいつらに当たる人物たちを探すが、既に両者とも俺の隣にはいなかった。

話していた剣士も、驚きの表情であちらこちらに目線をやる。

 ダンジョン入り口から20m地点にて、パーティー解散・・・。悲惨だな。

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