絆?
第2章の『異世界編』突入です。
ちなみに、今までの第1章はプロローグみたいな章なので、名前はないです。
「・・・それで、光喜君がみんなで探しに行こうっていって」
エルルが隣で話しているが、内容はほとんど頭に入らなかった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでおり、ベットには光喜が眠っているかのように横たわっている。
これが夢だったらよかったのにと、何度思っただろう、早く覚めろと何度自分に言い聞かせただろう。
現実を受け入れるのが怖かった、だが、俺の前には無情にも現実が突きつけらる。
「すまない・・・少し出てくるよ・・・」
俺は目の前の現実に耐えられなくなり、エルルを部屋に残してフラフラと出て行った。家から出るまでに
シャリーナとタケシと会ったが、言葉を交わすこともなく素通りしてきた。
バイクも使わず、ふらつく足で近くの公園まで歩く。朝日を浴びながら気持ちよさそうに走る中年男性、
通学の途中と思われる二人組みの女子高生、犬と一緒に散歩している青年、無邪気にはしゃぐ子供、
キラキラと光るように水しぶきを上げる噴水、輝く太陽、舞い散る桜の花びら、小鳥のさえずり、
その全てが鬱陶しかった。
いっそ昨夜のように狂いながら、めちゃくちゃにしてやりたかった。俺が奥歯を噛み締めた瞬間光喜の顔が
頭をよぎる。
「くそ・・・」
俺は目の前の何気ない日常から逃げるかのように、公園脇にある林へと入っていった。
今の季節は桜が咲き誇り、上を見上げれば空の青と、桜の薄紅色が鮮やかに彩っていた。だが、俺は
上を見上げることなどなくうつむいたまま歩いていく。
まだ早朝ということもあり、花見などに来ている物好きはいないようで、それ以外の理由でこんな林に入ってくる
奴なんていない。
ひらひらと目の前を桜の花びらがよぎる。眠っていないせいか目がかすみ、その花びらがぼやけて
別のものに見えてくる。それは、あのとき体中に付いていた血のようだった。
そう、まるで血の雨が降っているように・・・。
肩に滴り落ちた血を払うと、ひときわ大きな桜の木の前に立つ。
煙草を吸おうと、コートをポケットを探る。
『悠夜も控えてないと、体壊しちゃうよ』
頭に光喜の一言がよぎる。くそ・・・気晴らしの一服も吸えないじゃねぇかよ・・・。
『悠夜が、素直じゃないことかな?』
悪かったな・・・。生まれつきの性格だよ・・・。
『俺ね、悠夜がうらやましかった・・・』
皮肉だよな・・・。俺はお前がうらやましかった。
お前みたいに素直になれたら
お前みたいに他人の痛みが分かるようになれたら
お前みたいに愛想よく出来たら
お前みたいに人生を楽しめたら
そんなことを毎日のように思ってたんだぜ・・・。
目頭に熱いものを感じながら、行き場のなくなった悔しさを紛らわすために桜の木の幹を殴る。
殴った場所は、ベキという音を立てながらえぐれた。
壊すことはこんなに簡単なのに・・・。
「何で俺は壊すことしかできないんだよ・・・」
世界一の魔術師だ? 大事な奴が大変なことになってるのに何一つできねぇじゃねぇか・・・。
「ちくしょう!」
俺は桜の木を殴りつける
「ちくしょう!ちくしょう!」
何度も何度も殴りつけ、手からは血がにじみ出ていた
「なんで、俺じゃなかったんだよ。なんで、光喜なんだよ。なんで、俺は奪う力しかないんだよ!」
呪術なんて別に欲しくなかった! 幻術なんていらねぇ! 俺はただ大事な物を守る力が欲しかったんだ・・・。
なんで・・・俺は奪うことしかできねぇんだよ・・・・。
―ほんとうに、そうなの?―
頭の中に澄んだ女の人の声が響いた。ふと後ろを振り向くと、あの夢にいた女性が立っていた。
いや、立っているというのはおかしいかもしれない・・・それからは気配がせず、生気も感じられない・・・
そう、まるで夢のような存在。
「俺には、奪うことしか・・・」
口ごもりながらも俺は言った。昨夜の出来事が今のことのように思い出される。
引き裂き、潰し、消し去るだけの存在・・・それが俺・・・。
彼女は悔しさのあまりに奥歯を噛み締めている俺を見て、首をゆっくりと横に振った。
―魔法は決められたものじゃない
魔法はその人の血筋で決まるものでもない
奪う力しかなかったのは、あなたが諦めてしまっていたから
大丈夫、自分を信じてごらん、きっと大丈夫だから―
言葉が直接頭に流れ込んでくる。その人は俺の手を握ると、にっこりと微笑みかける。
その瞬間、彼女の体が少しずつ薄くなっていく。
「ちょっと待て・・・あんたは――」
俺は必死になって、その人の正体を尋ねようとした。その人はそっと人差し指を俺に口に当てて
言葉を静止する。
―私はあなたの可能性、私を、あなた自身を信じて―
その人は完全に消え去り、桜の花びらだけが宙を舞っていた。
あの人が消えたと同時に、頭の中にワンフレーズのまるで歌のような呪文が浮かんでくる。
何かを考えたわけではなかった、ただ、その頭に浮かんだものを歌うように詠んだ。
言葉の意味は分からない、曲調もありふれたものなのに、すごく暖かかった・・・。
どのくらい詠っていたのだろう。10分かもしれない、1時間かもしれない・・・。
―・・・悠夜―
俺が詠い終わったとき、一瞬だけ光喜の声が聞こえた気がした。
周囲を見渡してみるが、もちろん光喜の姿は無かった・・・。
「まさかな・・・」
口では悪態をつきながらも、何故か心の中の悔しさや苦しみが晴れていた。
なんとなく、今すぐ家に帰るべきだと思った。
これで何か変わることなんてありえない
こんなクソみたいな世界で
愛とか努力とか
そんな物何の役にも立たない
でも もしも そんなことがあったなら
きっとそれはどこかの誰かが
わがままなガキの願いを気まぐれで聞いてくれただけだろう
俺みたいなガキに微笑んでくれるかどうかは分からない
それでも
俺は生まれて初めて祈ります
どうか、もう一度あの日々を・・・・