決着?
俺は本能のままに男に飛び掛る。男の腕の一振りで俺は簡単に振り張られたが、すぐに体制を整えて
振りかざしたままの腕に掴みかかる。本気で掴みかかっているのだが、他の連中のように引きちぎることは
できそうになかった。
「俺を相手にしたことを、後悔させてやる!!」
力だけでは無理だと悟った俺は、魔力を腕に集中させゼロ距離で掴みかかったままダークを打つ。
男の腕は鈍い音を立てながら砕けた。廊下に落ちた破片がコツコツと音を立てる。それは血肉ではなく、
石だった。
俺が男の顔面に蹴りを入れると、ジェイソンの仮面はバラバラと砕け落ちる。その下にある顔もまた
石でできていた。
「なるほど、ゴーレムか・・・」
通りで硬いと思った。こいつ自身も魔法を使っているのを見ると、かなりハイレベルなゴーレムだな。
俺が観察していると、ゴーレムはもう一本の腕で俺を殴りかかってくる。その拳は俺の額に命中したが、
俺は一歩も下がることがなかった。
ヌメリとした感触が、額から頬にかけてゆっくりと流れてくる。下を出して舐め取ると、口の中一杯に
鉄の味が広がる。自分の血に舌鼓を打ちながら、俺はその固い体に殴りかかった。
ゴーレムは倒れ、俺はその上にまたがり殴り続ける。
「ふふ・・ふはははははははは!!」
なぐるたびにゴーレムの体は少しずつ砕ける。腕から血が流れようとも、爪が割れて剥がれ落ちようとも、
指の骨が折れてひしゃげようとも、俺はただただ壊し続けていた。
いつまでそうしていたかは分からない。肩で息をしながら自分の手元を見ると、自らの血と細かくなった
破片だけが残っていた。
両手はボロボロなはずなのに、痛みが分からない。
疲れているはずなのに、休息が必要な気がしない
全ての敵を殺したはずなのに、戦いが終わった実感がない。
足りない・・・足りない・・・何が? 敵? 実感? 魔力?
どれも違う気がする。
そう、足りないのはきっと・・・俺の心。
「これじゃ・・・・戻れないな・・・・」
俺はひしゃげた指に血を塗りたくると、立ち上がって開けた場所を探す。教室の中に入ると、そこは
まさしく戦場となった場所だった。
窓ガラスが割れカーテンが夜風になびき、机や椅子などは当たりに転がり、壁には血しぶきが飛び散っている。
机や椅子を適当に蹴りのけると、指に付いた血で床に魔方陣を書き始める。
くそが、腕が震えてうまく書けない。俺が手間取っている間に、誰かが俺の結界を抜けてきた。いや、通過したと
言ったほうがいいかもしれない。俺の張った結界なんて、呪印の侵食と共に弱まってたからな。
結界を越えられたことはさほど問題ではなかった、問題なのはそれを通過した人物の魔力の波長・・・。
「光喜か・・・」
つけられたはずはない、発信機もなかった、メアに聞いたのか? 多分違うな・・・。
「なんで、分かるんだろうな・・・」
お前に会いたいって気持ちが・・・。
魔方陣を書き終えて、その真ん中に立つ。月明かりが教室を照らす静かな夜だった。
やがて、廊下に木霊する足音が聞こえてくる足音の数からして、1人のようだ。急に扉が開け放たれると、
そこには、光喜が息を切らしながら立っていた。
「よう、光喜・・・」
俺はいつもと変わらぬ口調でそう言った。コートから煙草の箱を取り出し、ライターで火をつけようとする。
だが、手に力が入らずライターはその場に落としてしまった。
「最後の一本、吸いそびれたな・・・」
窓の外に煙草を捨て、光喜を見る。光喜の目は、何かおぞましいものでも見るような目だった。呪印に侵食された俺が
どれほど浮き世離れした存在なのか、鏡を見なくたって分かる。その上、この学校には死体の山。
返り血だらけで立っている俺は、悪魔か何かに見えるだろう。
「悠・・・夜・・」
言葉を詰まらせる光喜をよそに、魔方陣に溜めていた魔力がどうやら完全にたまったようだ。魔方陣は鮮血のような
赤い光を放ち、その光は俺に纏わりついてくる。それと同時に、俺の呪印の侵食は進んでいった。
これが、俺の使う最後の魔法。魔方陣の上にいる者の魂を消滅させる、呪術。
「最後にお前の顔が見られてよかった・・・」
俺はそっと目を閉じ、自らの最後の時を待った。
急に体に衝撃が走る。目を開けると、光喜を魔方陣の外に突き飛ばし、体にぎゅっとしがみついていた。
「何やってやがる、離れろバカ!!」
呪印はドンドンと侵食を進め、俺の体に疼きが走る。目の前にいる大切なものを引き裂きたくなってくる。
「ふへへ・・・悠夜、一人でカッコつけすぎ」
光喜は目頭に涙を溜めながら、俺に笑いかけてくる。俺の侵食は止まることがなく、ついに呪印が全身を覆った。
「だから、今度は俺がカッコつけるんだから♪」
笑いながら言うコイツが何を言っているのか分からなかった。理解する余裕も、突き放す余裕も俺には残されてなかった。
ただ、コイツを壊したいという欲望を抑えるだけ。
「俺ね、悠夜がうらやましかった・・・」
コイツ何を言ってるんだ・・・。だんだんと意識が保てなくなってきた・・・。
「頭もいいし、強いし、何でもできちゃう。口は悪いけど優しいし、大人っぽくて・・・」
何言ってやがる、早く離れろ・・・。
「俺の自慢のお兄さんだったよ」
その一言を聞いた瞬間。体に駆け抜けていた衝動が和らいでいくのを感じた。頭の中がパニックになっていた俺の頭も
衝動が和らぐに連れて冷静に働くようになる。
そして、俺がその事実に気付いた頃には、かなり呪印の侵食が無かったことにされていた。
「光喜お前、やめろ!!」
光喜の時間操作は未熟なため、過度に使用すると自分の時間を遅くしてしまう。つまり、成長速度が遅くなっていくのだ。
コイツの背が伸びないのも、そもそも、この能力の副作用なのだ。
光喜は今、俺の時間を元に戻そうとしている。呪印が進行する前の時間まで。
それは、光喜にとって明らかな無理だった。
「悠夜・・・バ〜カ・・・・」
その一言を最後に、俺の呪印は完全に沈黙した。そして、光喜は俺の体に力なくもたれてくる。
「おい・・・冗談だろ・・・」
頬を何度か叩いてみたり、体を揺さぶりながら何度も何度も名前を呼んでみる。だが、光喜を目を開けることは無かった・・・。
ついに、第一章完結ってところです。
自分で書いててやっとかよ、見たいな感じです。
次回からは、また別の物語が始まります。