第7話「決着」
「それじゃあ、また明日・・・」
玄関で靴を履き終えたエルルがペコリと頭を下げる。隣では、すでに
靴を履き終えたシャリーナがエルルを待っていた。
この2人と光喜とタケシとミヤをあわせた6人で、いつものごとくダンジョンに
行って二次会として俺の家に来ていたのだ。二次会といっても、汗を流す
ためにシャワーを貸して、後はメシをみんなで食って終わりというシンプルなものだ。
「気をつけて帰れよ」
といっても、隣の家に住んでるんだがな・・・。
「うん・・・じゃあ」
エルルはそういうと、静かにドアを閉めて家路へとついた。
さて、あとはアイツか・・・。俺は頭をかきながらリビングへと戻る。
メシの後片付けはエルルが手伝ってくれたので、さほど苦労はしなかった。
ただし、コイツの片づけをどするかだな・・・。
俺の目の前には、光喜に毒物とも言える料理を食わされたタケシが倒れて
いる。白目むいて口からよだれをたらしながら気絶しているのは、何度見ても
ゾンビのようだ。
俺は足でタケシの肩をつついてみる。
反応がない、ただの屍のようだ。まぁ、一日ぐらい泊めてやってもいいか・・・。
コイツの家に電話しといたほうがいいか・・・。まてよ、コイツの電話番号って
知らねぇな、そもそも、コイツの家族構成も自宅の住所も知らねぇや。
「聞いても、答えねぇだろうな・・・」
死人にくちなし。光喜も騒ぎ疲れてソファで寝ちまってるし。ミヤも部屋に
戻っちまった。
まぁ、タケシと光喜は放置しておいて、シャワーでも浴びてくるか・・・。
俺はリビングをあとにし、脱衣所に向かった。早々に服を脱いで浴室に入る。
シャワーを出して冷水から温水に変わるのを待つ。ふと、自分の肩に目をやると
あの黒いツタのような呪印が見える。
この呪印は強い魔法を使えばどんどんと伸びてきて、最後には体中を覆い
理性を崩壊させる力を持つものらしい。
そっと呪印に指を這わせてみる。あのケンタウロスのようなモンスターと戦ったとき、
それに、最初に『魔女狩り』と遭遇したときにあった大男。どちらの戦いでも、幻術や
防御用と転送用の魔方陣、魔力の弾丸のダーク、ダークバスターぐらいしか使って
いないが、その技に込めた魔力が大きすぎたため呪印の侵食が進んだようだ。
「はやく決着をつけないとな・・・」
相手がどんな奴らなのかもいまいち分かっていないが、それでも、このまま長く戦うと
俺の理性が崩壊するだろう。
「かといって、こっちから仕掛けることはできないしな・・・」
やるせない気持ちが胸の中に溜まっていく。くそっ、俺らしくもねぇ。
シャワーを頭から浴びていたので、長い髪が体に纏わりつく。肩の呪印が髪で隠れると
なんとなく不安が取り除かれる気がした。
浴室から出て着替えを済ませると、リビングのほうに向かった。リビングではタケシ
は気絶したままだが、光喜が復活してスナック菓子をポリポリと食べながらテレビを
見ている。
見たいドラマがあったが、上機嫌でアニメを見ている光喜を見ていると、チャンネル
争いを繰り広げようという気分にはなれなかった。
「スナック菓子ばっか食ってると太るぞ」
そういいながら、別に見る気もないアニメが流れるテレビを光喜と一緒に眺める。
ダンジョンの帰りに買っておいたビールの缶を開けて、ぐびぐびと飲む。テーブル上は
吸殻の山となった灰皿と、飲み終わったビールの缶がへこまされて乱雑に置かれている。
「悠夜も控えてないと、体壊しちゃうよ」
やわらかい笑顔を浮かべながら光喜が言う。テーブルに置いたビールの缶に、
炭酸飲料が入ったコップを乾杯するようにぶつけ、ぐびっと飲もうとしたが、炭酸が
きつかったのか顔をしかめてコップを置いた。
「悠夜さ・・・何か悩みとかある?」
アニメを見ていた光喜が目線をテレビにやったまま尋ねてくる。悩みなんて山ほど
あるぞ。俺の意見を尊重せずに勝手にダンジョンに連れて行くパーティーに、成績
のあがらない弟、仲が悪いミヤとシャリーナ、うっとうしく騒ぎ立てるタケシ・・・。
「別に・・・」
頭の中では候補を幾つもあげておきながら、その一言で済ませてしまった。
今の光喜にはいつものおちゃらけた感じが全くない、多分、そんな慢性的な
悩みについて聞いているわけではないのだろう。
「お前はあるのか?」
そっけなく返しながらビールを飲む、テレビ画面を見てはいるが内容は頭に入って
こない。ただ、ぼーっと見ているだけだ。
「あるよ・・・」
いつものハイテンションな物言いじゃなく、物静かで落ち着いた口調で言う。
たまにこういう大人びた口調になるときがある、真剣になると自然とこうなることが
多いようだ。
「悠夜が、素直じゃないことかな?」
俺を責めるわけでもなく、追求する様子もなく、ただ、やわらかい笑みを俺に向けた。
その後は、再びお菓子を食べながらアニメに夢中になっている。
なるほど、伊達に15年間も双子をやってるわけじゃないな・・・。
俺の1番の理解者で、1番身近な存在・・・。だからこそ、このことだけは話せない。
コイツを巻き込んでもいいことなさそうだしな・・・。
「光喜―――」
俺が光喜に話しかけようとしたとき、ポケットからメロディーが流れる。メロディーの
源である携帯を開くと、メールありのメッセージが映し出されている。差出人は・・・
メアか。
なんか嫌な予感を漂わせながらも、俺はメッセージを早速読むことにした。
『ココに来て』
たった一文の文字と地図のようなものが添付されている。地図から見て近場の
廃病院のようだ。
俺は『今すぐにか?』と一文だけの素っ気無いメールを返す。すると、1分もしない
うちに返信が入った。
『すぐ』
二文字で返信してきやがったよ・・・。最近の女子というものは絵文字たっぷりの
メールが主体じゃないのか。
「少し出かけてくる」
俺は光喜にそう告げると壁にかけてあるコートを羽織る。光喜はアニメ鑑賞中のため
同行する気はないようだ。
「悠夜」
俺がリビングから出ようとした瞬間に呼び止められる。丁度、煙草を吸おうと思って
箱から一本取り出した状態で静止している。
「無茶しちゃダメだよ」
光喜はまるで子供に言い聞かせるかのような言い方で言う。別に無茶はしねぇよ、
メアと合うだけなんだからな。いや、それ自体が無茶な行動と考えることもできなくは
ないか・・・。
「あぁ」
生返事を返すと、煙草を咥えて家から出る。外に出ると雲ひとつない星空が
広がっていた、煙草に火をつけている間だけ、冷たかった周囲の空気に一瞬の
暖かさが生まれる。
火とともに儚く消えた一瞬の暖かさの余韻に浸りながら歩き出すと、そのわずかな
余韻すらも奪うように冷たい風が吹いた。普段はこのうえなく好きだった夜の空気が、
なぜか今日だけは俺から全てを奪っていくようで不快なものだった。
バイクで飛ばすこと10分程度。俺はメアに指定された廃病院にやってきた。
夜の病院に、若い女と2人きりなんて夢のようなシチュエーションだが、相手がメアなら
意味合いが違って来るんだよな。
俺が中に入ると、モコモコとした赤い上着にミニスカートというカッコのメアがいた。
上半身は温かいが、足は死ぬほど寒いだろうに・・・。
「よう、なんかようか・・・」
愛の告白とかじゃないよな。もしも、そうならば、廃病院なんて不気味な場所を
選ぶそのセンスを疑うね。コイツのセンスが人とは違うのは知ってるがな。
「・・・・・コレ」
そういってメアが差し出したのは猫の首輪のようだった。いつぞやの、魔石がついて
いた首輪だな。それで、これがどうかしたのか?
俺が尋ねると、メアは首輪の裏に指を沿わせて切れ目を見つける。その中から小さな
紙切れを1枚取り出すと、俺に差し出した。
「・・・・・タマの」
それは何かの地図のようで、考えようによってはタマの家の地図なのかもしれないな。
いや待てよ・・・。
「あの猫、ミケじゃなかったのか?」
俺がお前の猫かと尋ねたとき、質問を無視してミケって答えたような気がするんですが?
俺の怪訝な目線を受けているメアは、人差し指を右頬に添えながら少しだけ考える。
「・・・・タマ・ミケ・ライアード」
ミケはミドルネームですか・・・。というか、その名前今考えただろう。そういえば、その後
こいつ野良猫だっていったよな・・・。
「飼い主がいるのか?」
俺が尋ねると、自分の持っていた首輪を俺に差し出す。
「いや、まぁ、首輪があるなら・・・飼い主がいるんだろうけど・・・」
なら、なぜこの前野良猫と答えたのか教えてくれ。まぁいいさ、とりあえず、この地図が
どうかしたのか?
「・・・・あげる」
徳川埋蔵金も記されていない地図なんていらん。と、普段なら断るところだろうが、
この首輪についていた魔石に『魔女狩り』のことが記されてたんだよな。ここにいけば、
もっと多くの情報を得ることができるかもしれない。
「じゃあ、ありがたくもらうぜ」
俺はメアからその地図を受け取ると、メアの顔を見る。俺の目線に気が付いて
俺を上目遣いで見つめ返してくる。無邪気そうな顔してなに考えているのかわかんねぇ。
「なぁ、『魔女狩り』って知ってるか?」
考えれば、魔石を持った猫が目指したのはメアのところだった。『魔女狩り』の使い魔
だと思われるケンタウロスがいたダンジョンを教えてくれたのもメア。そして、『魔女狩り』
と接点がありそうな地図を俺に託しているのもメア・・・。こいつは何か知っているんじゃない
のだろうか?
俺の質問に首を傾げるメア、その後、ポケットをごそごそをあさり中にあったものを俺に
差し出した。
「・・・・あげる」
一口カットぐらいで包装されたバームクーヘンがそこにはあった。
「いらん、話をそらすな」
しかも、ぜんぜんそらせてないぞ。その後、再び首をかしげ、またポケットをごそごそ
あさっている。
またバームクーヘンか? それとも、アメか? チョコレートか?
旅行などをしていて、気が付いたら1週間ほど放置状態だった・・・。そろそろ、頑張って書き上げていかないとな・・・。