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♯6

「いらっしゃいませー!!」


先輩が選んだ場所は街中とは外れた隠れ家的なカフェだった。木の質感を生かした落ち着きのある内装はそれだけで心地良い空間を演出してくれている。私達は店の奥の席に向かい合って座った。店員の方が二人分の水を置く。


「ご注文がお決まりになりましたら此方のベルを鳴らしてお呼び下さい」


そう言うと店員の方は私達のテーブルから離れていった。


「さて…先ずはドリンクでも頼もうか。何にする?」


神無月先輩はメニューを手に取ると私に開いて見せ、オーダーを訊いて来る。


「それじゃあアイスコーヒーで」


「わかった」


先輩はベルを鳴らすと店員を呼び


「すいません。アイスコーヒー一つ、それとカプチーノ一つ。それとショコラパフェ一つ」


意外だ。先輩も甘いものとか食べるんだな…いや、それは偏見か。


「先日からの事故、俺は少し疑問に思う所がある…」


「3件の事故に全て私が関わっているから…ですね?」


先輩はフッと笑うと水を少し飲んだ。余程緊張していたのか喉がカラカラだったらしい。


「察しが良いな。込み入った話になってしまうんだが…自分が狙われることに身に覚えはあるか?」


やはりそうきたか。さてどう答えるべきか…身に覚えがない…と言えば嘘になる。かと言って本当のことは言えない。


「…どう…何でしょう…私、鈍感ですからストーカーとかされてても気付かないかもしれないので…あ、でも先輩が苦手な方面に関してはその限りではないですが…」


「…な…何のことだ?」


先輩はどばぁっと全身から大量の汗をかきながらとぼけたフリをする。わかりやすいなあ。


「…ま、まあそれはさて置き、要件の続きを」


「ああ、そうだな。自警団としては、勝手ですまないが君を護衛しようと考えている。いや、これは俺の意志でもあるんだが…いや、はっきりしないのは駄目だな。俺は君を守りたい」


ああ…駄目だ…私、この人を裏切れそうもない…


「…私はどうすれば良いんですか?」


「既に向こうは君の自宅を突き止めている可能性もある。よって自宅は安全とは言い切れないんだ」


「護衛は構いません。けど、自宅には居れないってことですよね…その間はどうすれば?」


「お待たせしましたー。アイスコーヒーとカプチーノ、ショコラパフェになります」


なんともまあ…タイミングが悪い。まあむこうには関係ないけど…


「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」


「はい」


「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


店員はそのまま去っていくかと思ったのだが、私の側まで来ると「頑張ってね」と耳打ちし、去っていった。


なんだか誤解されているようだ。と、いつの間にか私の目の前にパフェが置かれている。これも勘違いされたのかと思っていたのだが


「サービスだ。無理言って付き合わせてしまったからな。これ位はさせてくれ」


「…ありがとうございます。先輩」


思えば人から何かを奢ってもらうなんてこれが初めてだ。


「…そういえば…さっきの話の続きなんですけど…私はどうすれば?」


「ああ…それなんだが…」



~時は遡って6時間前~


「俺が藤咲の家に!?」


先輩からかかって来た電話の内容は突拍子もないものだった。何でも藤咲菜月に護衛を付けることになったらしいが、


『そうなんだよ~上に掛け合ったら面識のある修代志くんが護衛した方が彼女も気が楽だろうって』


「だからといって自宅は不味くないですか!?」


『何?彼女ひょっとして君に脈ありなのか?まさか修代志くんの方が!?』


真っ先にそういう方向に思考が行くのはどうかと思うんだが…大体藤咲としても流石に突然男の俺が泊まると言われても嫌だろう…それに…



「いえ…そう言った意味ではなくですね…ミミが…」


そう…家にはミミが居る…


『…成る程ね…うーんまあ…君が心配していることに関しては多分大丈夫じゃないかな。彼女に限っては』


「断言…ではないんですね」


『あくまでも俺の想像だからなあ…ま、俺にも思い当たる節があるわけよ』


先輩は苦笑気味に言う。


「先輩に…?」


『だから兄貴って呼べって言ってんだろ!!』


先輩が何か言っているがそこは問題ではない。先輩のエクシードは『答えを導く者』…その先輩が断言出来ないことの方が問題だ。確かに先輩のエクシードは万能ではない。答えの出せないものに関しては答えは浮かばないが、藤咲菜月に関しては断言出来ていない…つまり答えが浮かんでいないということになる。


「とにかく彼女に確認を取ってみますよ」


『おお、そうか!!頼むぞ修代志くん』



修代志には同居人が居る。それもちょっと…いやかなり変わった同居人が…


「もうそろそろだ」


もう直ぐ修ちゃんが帰ってくるとミミは居間の扉を見つめる。ミミという少女は長い黒髪に猫のような耳に尻尾を生やしている。右耳が白いのが特徴だ。


ミミはぴょこんと立ったネコミミで耳をすませる。階段を上がってくる足音は聞き慣れた彼の足音。けれどそれとは別に…


「違う…足音?」


彼ではない違う足音が次いで聞こえてくる。この部屋は二階の一番奥だ。足音が途切れれば別の部屋の住人だとわかるけれど、その足音は彼と同じタイミングで止まった。


多分、修ちゃんが言ってたお客さんが来たんだ。


お昼頃、修ちゃんから電話が来た。ミミはお家の電話には出ないけど、修ちゃんの携帯からの時は別。大事なお話がある時には電話にも出る。修ちゃんはとても不安そうだったけどミミは大丈夫って答えた。修ちゃんが呼んで来る人なら悪い人じゃないから…『修ちゃんの心が読めてしまったから…』


ミミの大嫌いなこの『エクシード』で。


扉が開く音が聞こえる。


足音が2つ。近づいてくる。


やがて居間の引き戸が開き


「ただいま」


と彼が言った。


「おかえり」


とミミは返す。


と遅れて「おじゃまします」という声が聞こえてきた。声からして女の人。


「…お姉ちゃんが修ちゃんの言ってたお客さん?」


「あ…藤咲菜月です。えっと…あなたが先輩の言ってた…」


「妹のミミだ。仲良くしてやって欲しい」


「初めまして。ミミです」


ミミはぺこりと頭を下げる。


「ああ…うん。よろしくね。ミミちゃん」


あれ…?この人…


「お姉ちゃんは…修ちゃんと同じ学校なの?」


「違うよ?私、高校生だし」


やっぱりだ。この人の心が…読めない。


こんな人初めて。私が心を読まなくて良い人なんて…




「さあ、ご飯にしよう。弁当が冷めてしまう」


そう言って先輩が三人分のお弁当をテーブルに置く。


「…お姉ちゃん座らないの?」


ミミちゃんがきょとんと丸いくりくりっとした目で此方を見ている。


「先輩ってバイトもしてますよね?まさかとは思うんですが…何時もコンビニ弁当ではないですよ…ね?」


「お弁当美味しいよ?」


「…何時もとは言わないが頻度は多い…な」


「それでは栄養が偏ります!!」


思わず声を荒げてしまった。ミミちゃんがびっくりしている。ネコミミとしっぽもピンと立っているが…良く出来てるなアレ…いやそんなことより!!


「先輩、台所借りても良いですか?」


先輩は面喰らっていたが「別に構わないが」と許可をくれた。


「先輩は良いとしてミミちゃんは育ち盛りなんですから栄養のあるものを食べないといけません。私何か作るので食材買ってきます」


「いや、そんなに気を遣わなくても良」


「先輩もコンビニでバイトしてるから便利なのはわかりますがコンビニ弁当ばかりじゃダメです!!」


「…はい」


先輩は正座をするとしおらしくなってしまった。少し言い過ぎたかもしれない。


「あ…すみません!!私…でしゃばったことを…」


「いや、お前は正しい。確かに栄養は充分に取れていなかったかも知れないしな」


「修ちゃん、コンビニのお弁当ってダメなの?」


「あ…ダメじゃないけど…栄養とか考えると偏食になっちゃうし…頻繁は良くないってだけだよ。それにミミちゃんは育ち盛りなんだからしっかり食べないとね?」


私がそう言うとミミちゃんはしょんぼりとしてしまった。


「…どうしよう…ごはん…」


「ミミ、ご飯なら大丈夫だ。藤咲、食材なら買ってこなくとも冷蔵庫に残っているのを使ってくれ」


先輩は立ち上がると冷蔵庫を開けて適当に中の物を並べ始めた。キッチンに次々と人参やキャベツ、玉ねぎ等の野菜が置かれていく。と、彼の手がある野菜を取りだそうとした所で止まった。


「先輩?」


彼の視線の先にはピーマンがある。子供が嫌いな野菜の代名詞たるその緑色のボディーはツヤが良く、肉厚なのが一目でわかった。


「ミミは苦いものが苦手でな。すまないがこれは使わずに作ってくれるか?」


「うーん…野菜炒めと考えていたんですがピーマンが使えないとなるとボリュームに欠けますね…」


さてどうしたものか…


とりあえず料理を作り終えた私は二人分の視線を浴びていた。


但し、それは決して良いものとは言えない。と言うか


「藤咲…これは?」


「緑色の苦いの…おっきい苦いの…」


明らかに抗議の目をした二人に私は苦笑いをしながら頬を掻く。


「その…やっぱり好き嫌いは良くないと思いまして…」


「だからといって焼きピーマンは無いだろう!」


二人の皿の上にはフライパンで焼いたピーマンがゴロンと、堂々と鎮座している。


「修ちゃん、せっかく作ってくれたものに文句はダメだよ」


そう言って私を庇おうとしてくれるミミちゃん。だがその瞳には涙を浮かべており…ちょっとした罪悪感を感じてしまう。


「まあ、食べてみて下さい。がっかりはさせませんから」


初めに動いたのはミミちゃんだった。彼女は恐る恐る緑色のそれに、フォークを突き刺す。と、瞬間、ピーマンからジュワアと汁が溢れ出した。


「これはっ!?」


ホワッと香る湯気の中から出てきたのは肉汁を滴らせるひき肉。それを包むピーマンも柔らかく煮込まれていて食欲をそそる香りが部屋中に広がる。


「焼き目を表面に付けることで、香ばしく香り付けをして、ピーマンが苦手なミミちゃんでも食べられるように、ひき肉を詰めて柔らかく煮込んだんです。後、味にも一工夫を」


ピーマンの肉詰めというと焼くということを連想するが、なるほど。煮込むという発想もあったか。


「でもまだ完成じゃないですよ?」


きょとんとする俺たちを尻目に、彼女は鍋に収まっているそれを、上からかける。仕上げはフォンデュ用のチーズだった。


「はい。これで完成です♪」


これは…うまくないはずが無い…チラッとミミの方を見てみると、ピーマン嫌いのはずのミミが、美味しそうに夢中で頬張っていた。


俺も口に運んでみる。途端に、口の中一面に味が広がった。ピーマンの苦みや触感は残しつつ、それがアクセントとなっていて、肉の味わいを引き立てている。加えて仕上げのトロトロのチーズが噛めば噛む程溢れてくる肉汁とマッチし、絶妙のバランスを生み出していた。そして何よりも賞賛したいのはこの味付けだ。これは正にやみつきになるとしか言いようがない。


俺とミミは少しも箸を休めることなく料理を平らげた。


「ご馳走さま。うまかった。こんな食事は久し振りだ」


「ごちそうさまでした。ピーマン美味しかったよ♪」


「お粗末様。喜んで貰えて良かったです♪」


ミミはしっぽを嬉しそうに振っていた。



リアルって多忙ですよね

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