#14
ミスリルと呼ばれる工場は鎖雛の外れに建っている。随分と前に廃れた工場を、変わり者の男、つまりは現工場長が買い取ってからはまた機能を取り戻しているようだがその風貌もあってか立ち寄り難い場所なのは変わらないようだ。
まあ、かくいう僕も初めは立ち寄ろうとすらおもわなかったのだが、ちょっとしたきっかけで世話になったことがあり、ここの工場長とは面識がある。
因みに僕が、工場長と言い続けて一向に彼の名前を言わないのには特別な理由があるというわけでは無い。単に知らないのだ。先輩の知り合いには本名を隠したがる人間が多いようで、尋ねても
「オレがオレであるという認識をさせないための処置だ。何せ、名は自分を表す一番簡単な手段だからな」
と、よくわからない返答が返ってくるだけなので工場長と呼ぶ他無くなっているのだった。
件の工場長は、僕の来訪を知っていたらしく工場入口の扉の前に佇んでいた。
「よう、神無月君。待っていたよ」
工場長という人物は、無精髭の良く似合う中年期の男だ。服装は紺色の浴衣とおよそ一般的な工場長とはかけ離れた格好をしており、どうやらそういった意味でも型にハマらないというか意図的に避けている節がある。
「わざわざこんな所まで来る羽目になるとは相変わらず君はツいてないな。同情するよ全く・・・何せオレのような人間とまた関わらなければならないんだから」
そんな皮肉を彼は悪びれもなく淡々と口にする。要するにそういう人間、ということだ。
「その口振りから察するに事情は知ってるんですよね?」
僕の言葉に彼はただ、頷く。
「概ね把握してはいる。だが状況証拠が足りなくてね?このままでは君の大事な後輩くんを助けることが出来そうにない。神無月君協力してくれるかい?」
如何にも困ったと語りながらその実、困った表情は全くしていない。ポーカーフェイスと言えば聞こえはいいが常に本心を隠しているような顔は不気味にさえ思える。むしろ表情がわからないからこそ見透かされているようにすら感じてしまう。
それにこの言葉は僕が全面的に協力することが前提の発言だ。拒否するつもりは勿論無いが皮肉を言われてからだと、気分は良くない。この人の性格を知らなかったら激怒されても不思議ではない。
「協力・・・はしますよ。むしろ協力を仰いだのはこちらなんですから」
彼は「そういえばそうだったな」と呟くと背後の金属製の扉を開ける。ギギギギギという重低音を響かせながら開かれたその奥は薄暗かった。
「では、ビジネスの話をしよう。ここからは畏まるのはナシだ」
僕は、暗闇の奥に消えて行く彼の背中を追うように工場の中へと足を踏み入れた。
ミスリル工場内2F
僕はこれまでの経緯を出来る限り細かく話した。鎖雛で起きているエクシード事件のこと、その現場全てに藤咲 菜月が居合わせていたこと、藤咲 菜月の護衛を始めたこと、そして・・・
「その警護が終わるとほぼ同時に、その藤咲 菜月君が自ら行方を眩ませた・・・と」
工場長は僕の話を聞き終えると、何か引っ掛かる点があったらしく真剣に思案していた。
「何かわかったのか?」
僕は彼の要求通り、友人に話すような口調で問いかける。普通真面目な話をするならそれこそ丁寧な口調を心掛けるものだが、そこは流石彼と言った所・・・全く揺るがないようだ。
「とりあえず、失踪した原因については今の話から幾つか予測がついたよ。原因は君達にありそうだな」
彼はあっさりと言った。原因は僕達にある、と・・・
「ちょっと待ってくれ・・・原因は俺達だって?随分といきなり過ぎやしないか?」
「何か証拠でも?」と言いかけたが、それは何だか犯人の謳い文句のような気がしたので止めておいた。
「ああ、すまんすまん。此方には情報があったものでね、その辺をはしょってしまった」
彼は「これは失敬」と付け加えると
「所で君は、藤咲の家柄について知っているかい?」
と続けた。
「家柄って・・・わりと何処にでもある名前だと思うんだが・・・」
僕の返答を受けて、彼は語り出す。
「まあ聞け。オレが今回の話を聞いて思い当たったのは以前、折羽っていうド田舎で起きた事件についてだ。2年位前だったかな?内容が余りにも凄惨で、魔的だったもんだから調べたことがあったんだが・・・まあ好奇心ってやつさ。でだ、肝心の内容は誘拐事件で事件のオチを言ってしまうと誘拐されたその子は助かった」
凄惨な内容というから殺されてしまったのかと思っていたが違ったらしい。だがオチを聞くとますますわからなくなった。
「助かったのに凄惨ってことはそれまでの過程がってことか?」
僕の疑問を受けて彼は話を続ける。
「その辺も踏まえて話すとだ、凄惨だったのは事件後。内容的には身代金目的の何処にでもあるような誘拐事件だよ。ただ、その結末が明らかに異常だ。この事件は4人の犯人の内、3人が身元不明の遺体になって発見されて終わる。血溜まりに倒れた被害者の子の周りに、ぐしゃぐしゃに潰れた肉塊になって散らばってな」
言葉が出なかった。自警団にいる以上そういった案件と向き合うこともあるが、田舎だからといってそんな事件が全く報道されていない現実、本来なら資料が残っていなくてはおかしい位だ。
だって・・・これはどうしようもなく・・・
「・・・エクシードによる事件・・・」
そう、それが黙認されたことになる。確かに鎖雛で起こったことではない。だがそれにしたって、自警団全体が知らないとは・・・
「まあ、エクシードだろうな。問題は誰がやったかなんだが・・・村の人間は犯人共を惨殺したのは、犯人の内の1人だと思っている。つまりは裏切りだな。だが、オレはこの結論を疑問に思った。何故なら身代金は1銭足りとも支払われなかったからだ。つまり、裏切る意味が無い。誘拐したその子を置き去りにするとも考え難いしな。となると、仲間内で争ったか・・・だがこれはNOだ。それは村の人間もわかっている。現場には争った形跡がまるで無かったんだよ。これでは内部分裂とは考えにくい・・・なら残る可能性は何か・・・村のヤツらは無理矢理納得することにしたんだろう。引っ掛かりを覚えつつも、被害者の女の子こそが犯人共を惨殺した当事者だという可能性から目を背けてな」
それは・・・考え得る最悪の可能性だ。でも・・・
「極論過ぎるだろ!?それは・・・」
反論した。僕は当事者では無い。でもそんな可能性は人として考えたくない。
「落ち着け。エクシード事件と仮定された理由も考えろ。つまり、凶器になるものは周りに何も無かったんだ。結論を急いだわけでは無い。だが、誘拐された被害者が見逃されるとも思えんだろう?それにだ、第3者が助けたとして置き去りにする必要性があるか?ならこの状況で可能性が高いのは何だ?」
嫌だ。考えたくない。認めたくない。認めてはいけない。だって・・・つまりはそうなんだろ?そういうことなんだろっ!?
「君はその可能性も・・・即ちこの誘拐事件の被害者である少女、『藤咲 菜月』が惨殺事件の真犯人かもしれないという現実を知らなくては・・・彼女を見つけ出せない」