#8
「おお、意外と早かったな」
お風呂を済ませ、着替えを終えて出てくると、リビングに男性が座っていた。
知らない間にリビングに男性が座っていたのはこれで2回目だが、今回は知らない顔ではない。
「えっと・・・確か」
「兄貴だ。すまないが、邪魔してるよ」
そう、兄貴さん。私の兄というわけではないが、本名は知らないし、そうと以外呼びようがない。
彼は先輩と同じく自警団の人間で、先輩の上司に当たる人だ。
「すまない藤咲。俺は困ると言ったんだが、勝手に押し入ってきてしまって・・・」
神無月先輩が申し訳なさそうに頭を下げる。
「おいおい・・・真っ当な大人としては年頃の男女だけで1つ屋根の下じゃなかった、ワンルームだなんて許せるわけないだろ?だから俺が保護者としてだな」
兄貴さんが弁明する。と、長い髪を乾かし終えたミミちゃんが脱衣場から出てきた。
「あ、タバコ臭いおじちゃん」
見つけるなり即座に出てきた言葉に兄貴さんはガクリと肩を落とす。
「ミミちゃ~ん?出来れば兄貴って呼んでくれるとおじさん嬉しいなー?」
兄貴さんの割と切実な訴えも空しく、ミミちゃんはサッと私の後ろに隠れてしまう。
「ミミは鼻が良いんですよ先輩。自業自得です」
「うるせぇっ!タバコは男のポリシーなんだよ」
先輩の呆れ混じりの発言に兄貴さんが噛みつく。ミミちゃんはと言えば部屋の中に充満するタバコの臭いを誤魔化すように、私のソープの香りにしがみついていた。
私はとりあえず、空気清浄機の電源を入れると、二人に向き直る。
「まあ、知らない人ではないですし、状況が状況なことも考慮して今回は大目に見ます。けど・・・本当の用件はなんですか?」
兄貴さんは一瞬目を細めると、何もなかったように
「いや、だから言ったでしょ?年頃の男女が」
「本当の用件はなんですか?」
私は彼の若干の表情の変化を見逃さず、再度問いかける。
「ちょっ・・・もしかして疑われてる?いや、確かに胡散臭いだろうけど」
兄貴さんはやはり笑顔を取り繕う。ここまで頑なだと聞きだすのは骨が折れるか。
と、その時
「おじちゃん、何で何回も嘘吐くの?」
ミミちゃんの素直な言葉が、彼に致命傷を与えた。
彼は「はあ」とため息を吐くとその場に座りこむ。
「ミミちゃんには敵わないな。それにキミにも」
兄貴さんはそれまでとはうって変わって、真剣な顔になると先輩に目配せした。
「ミミ、ちょっと向こうに行こうか。おじさんはこれから藤咲に大事な話があるみたいだから」
それを受けて先輩がミミちゃんを連れて奥の部屋のへと移動する。
「さて、一応釘を刺して置こうか。今から言うことは他言無用だぞ?」
兄貴さんはそう言いながら、もう5本目になろうかという煙草に火を付けた。