はいけい さくら どの
あれから、王子には悪いが思いっきり殴らせていただいた。ビンタなんて可愛いものは咄嗟に出ない私なので、背後の王子にエルボーを食らわせてしまった。クーさんも王子が悪いと思っているのか、電撃でのお仕置きはなかった。ただ、窘められた。そして、
『…今日は帰りなさい。後の報告は私に任せておきなさい』
と言われたのが昨日。そして、今日は待ちに待ってない騎士団に預けられる日である。預けられるって表現はちょっとアレだな。うーん、少しの間邪魔させてもらうにしよう。
「こんにちはー…」
恐る恐る騎士団の演習場や宿舎などがある門を開くと、門の傍に立っていた少年と目があった。
えっと…どうも?
「――――?」
「えーっと…ちょっと待ってください」
今日はワンピースじゃなくて、ズボンを穿かせていただいた。ズボンなんてものは男しか穿かないらしい。機能性はスカートよりあると思うんですけどね。そのポケットからクーさんが書いた紙を取り出す。私には護符に見えるけど。
「ピツオアサクテ」
そう言って渡すと、少年は目を真ん丸くしてなにやら叫びだした。
「―――――!!―――――!!―――――~~~!!」
少年の絶叫にわらわらと人が集まってくる。みんな遠目で私を見つめていたが、少年の言葉で目を丸くしてどよめいている様だった。
「―――――」
低い声が聞こえたかと思うと、ざっと人ごみが割れた。モーセの十戒みたい。あれ?違うか。十戒じゃあないか。
「――――、――――― ―――」
「ピツオアサクテ」
なんだかかなり偉そうな人なので、一先ず挨拶を。短髪の茶色い髪が素敵。やっぱ、男子たるもの短髪よね。というのは私の偏見です。前髪が長い男子が嫌いなのです。いや、前髪だけじゃなくて襟足が長い男子も嫌いです。嫌いと言うか好みなだけなのですけどね。
「トモス ヴィ っ…」
私は、と言ったところで、彼は誰かに呼ばれた。声のするほうへ顔を向けると、かったるそうなケドネスさんがのっしのっしとこちらへ歩いてきていた。
「――――…」
目の前の人の低く禍々しい声に周りの温度が冷たくなる。目をパチパチさせている私以外の騎士団の方々は、肩を抱いて体を震わせていた。
もしや、この方が副団長さん?
「ピスダ」
「ん?」
近付いて来た団長さんになにやら紙を渡された。
「―――――― ――― クーラドヴォゲリア」
クーさんからだと言うことだろうか?えー、なになに…?
「って、日本語!?」
え、ちょ、なんで?!全部ひらがなってところがなんだか笑いを誘うけれど、どうして日本語?!
「あ!」
そう言えば、この前あいうえお表を書かされたし、発音もさせられた。ついでにカタカナもあるんだよーって書いてあげた私馬鹿じゃないの?!いや、馬鹿じゃないけど!
「――――?」
「イエ、ナンデモナイデス」
副団長になにやら聞かれたが、なんでもないと答える。ニュアンスでわかるっしょ。
はいけい さくら どの
「っぶ!!」
なにこれ!なにごと?!むしろ、どうやって、拝啓とか殿っていう言葉を覚えた?!…あっ!そう言えば、クーさん、私のボストンバック漁ってたな!
ボストンバックの中には衣類や洗面用具のほかに、会社の資料がたっぷり入っていたのだ。その資料に、森 桜 殿 という言葉は書いてあったけれど…。
読めたの?漢字を?
…奴の研究の熱の入れ方が日本語に注がれている気がしてならないぞ。早く日本へ返すことに力を注いでもらいたい。
急に笑い出して考え込みだした私を副団長が目を細めて、見つめていた。完全に怪しんでいる。
「っ…」
ちょっと引き攣った笑みを浮かべた後、私は慌てて手紙を読み始めた。
はいけい さくら どの
あなたは、われわれの、くにの、ことばが、わからないため、にほんごの、めもを、かきます。
きょうは、きしだんに、いてもらうことになるですが、ことばがつうじないため、まだなにもできないから、したっぱの、へいしと、うまの、せわしていただきます。
あなたは、なにかを、していないと、いやだというから、うまのせわをしていただく、でも、いやだったら、しなくていいです。
くれぐれも、ふくだんちょうに、めいわくは、かけないように、しましょう。
にほんご、あとで、あっているか、きかせてください。
けいぐ くーらどぼけりあ
「…くーらどぼけりあ」
なにこれ、ネタかよ。弄っていいの?これから、なにかあったらこれネタにしていいの?あと、副団長の前だからって笑い堪えてるけど、もちそうにないよ。
というか、やっぱりこいつ、日本語に興味津々じゃねぇか。
「―――?」
「えーっと…」
たぶん、なんて?と聞いているんだろう。
なんか答えないと、と思って手紙をもう一度見返すと、“ついしん”が書いてあった。
このことばを、ふくだんちょうにいえば、いいです。
ともす らりもーた にき らどう みす むぺ そるでぃー あきる
ひらがなばっかりで読みずれぇ。
「えー…トモス らりもーた にき らどう みす むぺ そるでぃー あきる」
「…ゼア。…――――!」
「ゼア!」
副団長は肯定の意を示した。 どうやら、馬の世話をしてもいいということだ。そして、誰かを呼んだ。
「―――!!」
ビシ、と副団長の前で敬礼を(日本とは違うポーズ)した兵士はそばかす塗れの青春真っ盛りであろう少年だった。17,8くらいだろうか。
「――――、――――――」
「ゼア!!」
どうやら、今日の馬パートナーは彼らしい。




