逃亡
言い逃げすると言ってみたものの……本当に私がこの気持ちを彼に伝えたいのかがわからない。そもそも言い逃げするほど彼が好きなのかわからなくなってきて、特に言う必要もないのではないかという気さえ、ナチさんが帰ってからし始めた。
私はどの程度彼が好きなのだろう。それがわかればなんとかなりそうなのに…タイムリミットは一週間。だったらそれを調べてみるまでだ。一週間で踏ん切りをつけよう。どう転んでも仕方がない。明日から頑張ってみよう。
・
・
・
踏ん切りをつけるための術その一。クーさんとの関わりを絶ってみる。つまり、帰った後のシュミレーションである。
「………」
暇!!
それだけだった。一日中喋り相手がいないという苦痛はないな。
ミリティアちゃんがいると思っていたけれど、彼女は私付きであるが一日中一緒というわけではないことに気付いていなかった。彼女も彼女でたくさんの仕事があってずっと私に構っていられないようだ。
なんとも残念な結果である。まぁいい。ポジティブシンキングで行こう。明日も頑張ろう。
踏ん切りをつけるための術その二。盛大にクーさんといちゃついてみる。ただし一方通行で。当たり前の話なのだけれども。
「…またですか」
「はい。最終確認ですから」
「…つまりこういう類のことは最後だと?」
「ええ、恐らくは!」
執務室でなく、私室で仕事をすると言ったクーさんを朝から付け回している。そして、仕事が一段落着いたところを見計らって、抱きついてみたり口説いてみたり。口説くって言うのは、今日もかっこいいですねだとか私と一緒に庭園でお茶しないかいダーリンだとか、今日は天気いいですねレベルのものである。あれ?最早告白してるようなもんじゃね?とか思ったら負けである。肉食系女子で行こうが今月の私の標語である。
「仕事を再開するので、退いてください」
現在私はクーさんの膝の上。重いとか言うくせに退かさないクーさんにときめきを隠しきれない。いや、全然隠せるけど。
「いやん冷たいダーリン」
「…………貴女の帰還準備で忙しいのですよハニー」
「…はーい」
ハニーに呪詛がこもっていた気がするのは気のせいのしておこう。触らぬ祟りに…なんだっけ?あれ?そもそも触らぬ祟りっていう時点で間違えているのか?なんかこう違ったような……まぁいいや。
とりあえず、検証結果。鬱陶しそうであったが私がベタベタするのは嫌ではなさそう。人に触られるのが嫌いそうなのにね。もしや、私だからか?きゃっはー!
「ニヤニヤして私を見ないでください。気持ち悪い」
「…っくそー」
あいつ心読めてんじゃねーの?
じとーとした目で見つめていたがまったく意を介していなかった。ま、それがクーさんなのだからと私は気にしないのだけれども。まぁまだ検証する時間はあるし、仕事の邪魔はやめてあとは大人しくしておこう。
・
・
・
「…休憩しますか」
「へ?」
あれから二時間。大人しく本を読んでいた私に彼はそう言った。
「え、でも、今日は夕食まで仕事するってさっき…」
「…暇そうな貴女に付き合うのも仕事の一つですよ」
こっちを見ないで言う彼に思わず一言。
「え、デレ?」
「は?でれ?」
今のは貴重なデレですか隊長!これは喜ぶべきところですか隊長!喜んだら機嫌悪くしそうなのですが隊長!どうすべきでしょうか隊長!
とりあえず流すことが一番じゃないかな。
「今日は優しいですね」
「いつもの間違いじゃないですか」
「いつも素敵ですね」
「……なんなんですか最近。別れが近付いて来ているから精一杯のお礼ですか?」
訝しがるクーさんの背を押して庭園へ行くと催促する。庭園へ魔術で一瞬で移動し、待機していたミリティアちゃんではない侍女さんに紅茶を入れてもらって二人で席に着く。紅茶を入れ終わった侍女さんをクーさんが追い払っていた。どうやらクーさんは人がいるのが嫌らしい。彼らしい気がするけど。
「こうやって貴女とゆっくりした時間を過ごすのは初めてかもしれませんね」
「そうですね。いっつもクーさんは怒っていましたし」
「なんですかそれは。私が好きで怒っていたみたいな言い方はやめてください。貴女が突拍子もない行動や発言、加えて面倒なことに首を突っ込んだり巻き込まれたりしているからでしょう」
「え、私のせいですか」
「むしろ自覚していなかったことに感心しますよ」
そこで会話が途切れ、緩やかな空気が流れた。彼はカップを持ち上げて紅茶を飲んでいた。そんな彼を私は、両手で持ったカップを口につけた状態でじっと観察していた。私の場合紅茶を飲んでいるのではなく、舐めている状態といったほうが正しい。
それにしても長い指だなぁ…。あの指が凄く好き。ちょっと冷たい体温なのも更にいい。頬抓られるときとか痛いけど、触られるのは嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。あぁ、薄い唇だなー。まぁ厚い唇より好きかもしれない。あ、ちょっと紅茶で光ってる。エロい。うん、私おっさんっぽい。うん、光るといえば、あの綺麗な銀髪。髪の長い男の人は好きじゃないって言ったけど、この綺麗な銀髪を触るのは好きだった。切って欲しいけどもったいない気もする。まぁ長かろうと短ろうと似合ってると思うし、どっちでもいいや。緑の目もエメラルドみたいで凄く綺麗。本当にどこもかしこも綺麗な男だな。…やっぱり次元が違うな。ちょっと凹む。これは好きなんじゃなくて憧れなのかな?綺麗なものへの。でも、でもでもでも。クーさんと一緒にいると、傍にいると落ち着くし、こんな穏やかな空気が凄く好き。うん、やっぱり私は彼のことが好きなんだ。きっとそう。
紅茶のカップを置いた私がゆっくりと手を伸ばしていることに彼が気付いて、彼も自分のカップを置いた。
手が触りたいんだ。
でも彼は手を伸ばしてくれない。なら、私は自分から行く。向かいに座る彼の前に行き、お目当ての手を握る。うん、いい。凄くしっくりくる。
「どうしました?」
いいや。あなたの手が…あなた自身が好きなだけです。うん。
「っ」
なんかクーさんの驚いた目が見える。やっぱり綺麗だな、目。………って、なんで顔じゃなくて目が見えるの?
「――っ」
わ、私今なにしてた!!!
「サ、クラ…」
呆然とするクーさんから一瞬で私は立ち退いた。そして、今まで触れていた部分を手で押さえる。
オーマイガッ!私、なにしてんだ!発情してんじゃねーぞ!!
勝手にクーさんにキスをかましていた私は彼に告白や弁明をすることなく、帰還までの5日間をどうやって過ごすかに頭を持っていかれて、そのまま彼の前から逃亡した。
うわーん!!これじゃあ本気で痴女じゃないかーーー!!!