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うれしいけど!

 目の前の景色が一瞬にして変わり、私は見たことのない室内へと転移していた。

「…クーさん」

 私の目の前にいる、魔方陣を床に書いた姿勢で立ち上がらないクーさんの名を呼ぶが、彼は反応を示さなかった。

「助けて…くれて、ありがとう…ございます」

 一応助けてもらったためお礼を言うと、彼は立ち上がったが、私と顔を合わせようとしなかった。ふと顔をあげたと思ったら、彼は窓の外を見て、遠くにある先ほど私がいた庭園へと視線を向けていた。私はそんなクーさんに声をかけることができず、そのままじっとクーさんの横顔を眺めていた。

「…馬鹿みたいですね」

「…え?」

 自嘲したクーさんはチラリと私に視線をよこした。

「自分で…自分から、ナチアに会わせると言っておきながら、彼が勝手に貴女の前に立っていたのを見たら……貴女の泣きそうな顔を見たら、思わず転移させてしまいました」

 じゃあ、ナチさんは…まだクーさんによしと言われていなかったのにもかかわらず私の前に現れたということか。

「すいません。勝手なことをしました」

 と言い、クーさんは窓に向けていた顔をこちらに向け、私に頭を下げた。

「い、いえっ…むしろ、嫌だったので…よかったといいますか…」

 クーさんに会わせると言われて心構えをしろとも言われていたのにもかかわらず、まったく出来ずにパニックを起こした自分が、一番悪いと思えた。クーさんに謝られる必要はなくて、むしろ私が感謝としてクーさんに頭を下げるべきだったはずだ…。と考えると、凹んできた。

 私…なにやってんだ…。

「何を馬鹿なことを考えているのですか」

「へ?」

 うそ、口に出でた?

 と口を押さえると、クーさんは深い溜め息を吐いた。

「違いますよ。貴女の顔を見れば、何を考えているかなんて大体想像がつきますよ」

「う、うそです!」

「なんとでも」

 クーさんはいつもの憮然とした顔をして、私の頭を鷲掴みにした。

「な、なにを!」

「………」

 左右に頭を激しく振られ、なにこれ新手の嫌がらせ?!と盛大に反抗してみたが、離す気配がないクーさんにある一つの可能性が浮かび上がってきた。これは…所謂、クーさんの慰めの行為であって…おそらく頭を撫でているのである!

 どこが!!

 と思わず、心の中で突っ込んでしまったがそれもご愛嬌。髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない!とかプンスカ怒れるレベルじゃない。頭を鷲掴みにされて左右に振られると言う行為は最早イジメである。慰め?なにそれおいしいの?レベルである。正直理解しがたい。

「あ、あのっ…」

「………」

 一心不乱に頭を振るのはやめていただきたい!本当に!

 ああああああああああ、もう!!

「ていや!」

「ぐっ!」

 クーさんの腕を懇親の力を振り絞って撥ね退け、そのままクーさんの無防備なお腹にダイブしてやった。

 嫌がらせ+私的においしい状況という一石二鳥な行動である。やばい素敵だわ私。そして、ええ匂いやぁ~…。

「また……なんですか。嫌がらせですか?」

「それも込み込みです」

「こみこみ…?」

 あぁ、通じなかったようだ。だがそんなこと今の私にはどうでもいい。クーさんの細いウエストに腕を回して、これまた薄い胸板に顔を埋める機会なんて金輪際ないのだ。今は余計なことに気を回してい場合じゃないのだ。今を楽しむべし!!

「前もそうでしたが、人の体に顔を埋めて、すーはーすーはーするのはやめてもらえませんか」

「いい匂いがするんですよ~……すはー」

「…殴りますよ」

「暴力はんた」

 い……ん?んんんん?

「?…どうかしましたか」

 不自然に言葉を切った私に対して不審に思うのは当たり前である。だが、そんなことを気にしている場合じゃない。少し下世話な話だが……下腹部に違和感が…なんか…その、直接的に言うのはあれなんだけど、えーっと…なんか濡れてる?

「!!」

 もももも、もしやこれは…!!

「な、なんですか…!」

 バッと勢いよくクーさんから飛びのいた私を不審な目で見つめてくるが、今すぐダッシュでご不浄に行かねばならぬのだ私は!!

「ちょ、ちょっと…至急トイレに行きたいのですが」

「は、はぁ?…行けばいいでしょう」

 何言ってんだこいつ、という目でクーさんに見られるが、そんなこと今の現状においてはどうだっていい。今の緊急事態に比べれば、屁でもない。

 私は今ミリティアちゃんのせいでスカートを履いているのだが、これはやばい。それにこの国のパンツって綿じゃなくて麻でごわごわしてて…つまりどろっとした液体に対する吸水性が乏しいんだよ!!

 走りたい。でも、走れない。

 そんなジレンマを抱えて、私は蟹のように横移動を開始した。

「…至急じゃなかったのですか」

「至急です。びっくりするくらい至急です。でも、これじゃないと動けないんです」

 あああああ、もう触れないでくれ。やめてくれ、これはさすがに恥ずかしいんだよ。

「…はぁ」

 カツカツと近付いてくるクーさんが見えて、必死で止まれと訴える。

「駄目駄目駄目駄目!!!すと…ストップ!本当にストップ!いやー!来ないでー!!」

「………お腹が痛いのではないのですか」

「痛いです!そりゃあもう痛いです!だから来ないでー!!」

 目の前に突き出した手より前には近付いてこなかったが、至近距離まで近寄られた。

 あああああ、こうしちゃいられない…!こんなやり取りをしている時間が勿体無い…!

「だ、大丈夫です!この動きでなんとか乗り切れますからっ!」

「信用なりません」

「いいい!とまってください!近付かないでくださっ…すすすすすすとっぷ、すとっ…!」

 私の手首を掴んで暴れるのを塞いだかと思うと、あろうことか彼は私を横抱きした。

「ああああああああ!!」

「うるさいですよ」

 うれしいけど!うれしいけど!うれしいけどさぁ!!!

「なんですかそ、の…声…は…」


 つー…


 体勢が変わって横もれした液体は、私の足を伝って足首にまで流れ出た。膝下の、この国にしては比較的短いスカートを穿いていたことが仇になった。脹脛を伝う赤が鮮やかに私の日焼けしていない白い肌に映えた。

「………」

「……はぁ」

 盛大な溜め息を吐いたクーさんは、衝天しかけている私をもう一度抱きなおした。

「…これで、心置きなく帰れますね」

 心残りありすぎだわこれは。

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