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フラッシュバック

 恋を自覚した。自覚しても、私の日々は何も変わらない。今ここで彼に積極的なアピールをすることに意味を感じない。私は元の世界に帰るのだし、私は今宙ぶらりんなことになっている。私の体に生命がいるのかいないのか。まぁ元々お互いに相容れない存在だった上に、私は今男性にしてはかなりヘビーな相手である。好き好んで、私を女として見ないだろう。私も今は、女として見られることに恐怖を感じるし。

『シャク、1時間だけとクーラドヴォゲリア様から言付けられているわ』

『うん』

 久しぶりの外だ。少し風に当たりたくて、我侭を言ってみた。クーさんは断固として反対したけれど、必殺・泣き落としをしてみた。ごめんね。

『見て…例の人よ』

『王族の客人なのでしょう…?王族なんかに近付くからあんな目に…』

 部屋から出て、廊下を歩いているとたくさんの声が聞こえてきた。

 聞こえない。聞こえない。私には聞こえない。

『噂じゃ、身篭ってるって話だぞ』

 聞こえない。聞こえない。私には聞こえない。

『なんでも、自分から誘ったんだとか』

『あんな少年の振りをしてるのも、殿下の気を引くためらしいぞ』

 聞こえない。聞こえ、ない。私には…聞こえない。

『油断も隙もありゃしない。どこから送られてきた女なのか。殿下の子を孕もうと企んでいたに違いない』

『西の国の者じゃないか?あそこの民は、みな黒髪だったろう』

 …聞こえない。いや、聞きたくない。やめて、お願い。聞こえているんだよ。気付いてないと思ってるの?小声でも、みんなが言えば聞こえるんだよ。こちらの言葉も…だいぶ理解できるようになったんだよ。わかるんだよ…なに言ってもわからない訳じゃないんだよ…。

「っ…」

 追いかけてくる言葉から逃げるように、王族しか立ち入れない庭園にミリティアちゃんを引き連れてきた。庭園に入って周りの人の言葉が途切れた瞬間、私は蹲った。耳をしっかりと塞いで、何も聞こえないように。

『シャク…!』

 ミリティアちゃんの暖かい手が私の背を摩る。

『…落ち着いて。さぁ、椅子に座りましょう』

 耳を塞いだままの私を起き上がらせ、ミリティアちゃんはフラフラする私をしっかりと支えてテラスまで連れて行った。私が座ると、彼女は急いで茶の用意を始めた。その間、私は椅子の上で耳を塞いだまま黙っていた。

『これを飲んで。落ち着くはずよ』

 ミリティアちゃんに促され、耳を固く塞いでいた手を解いて、カップに伸ばした。

『…おいしい』

『そう言ってもらえて嬉しいわ』

 ミリティアちゃんの笑顔に、少し落ち着いてこれた。ミリティアちゃんも一緒に座るように促し、彼女が持ってきた茶菓子を一緒に食べることにした。他愛無い会話。いつもの私たち。でも、あのお祭りの話は一切出さない。あのお祭りは、私だけでなく彼女も傷付けていた。彼女は、自分に責任を感じていた。自分が、無理をしたからだと。そこに関して私は否定も肯定もしない。被害者は私だ。それは変わらない事実。悪気はないと言え、彼女の台詞は私を更に傷付けた。私は彼女に、貴女のせいじゃないよと言うことしかできないのだから。私は彼女に自分を責めて欲しいわけではないのだ。そんなことされても嬉しくもないし、だからと言ってあんたのせいだ!と彼女を責めることもできない。私が彼女を慰めるなんて、そんなきつい事はない。だから…放っておいてある。それを彼女自身が気付いているかどうかは知らない。

『きゃあ!』

『!』

 考え事をしていた私は、ミリティアちゃんの怯えからではない可愛らしい悲鳴に吃驚し、カップの中身を少し零した。

『ナ、ナチア様…!!』

 その名前に私の背筋が凍った。ミリティアちゃんが見ている方向から、ナチさんは私の背後にいると言うことがわかり、私はカップを放り出して逃げだした。彼から距離をとりたかった。たった一言の言葉を言われることを恐れた。

「嫌だっ…!!」

 彼には命の波動が感じられる。それを彼に指摘されたら私はどうすればいい。そんなこと…完全に立ち直れていない私は、耐え切れない…!!

「シャク」

「っひ!!」

 逃げた私の目の前に瞬間移動した彼は、私を恐怖させた。勢いを殺せず、彼の胸の中に飛び込んだ私は、逃げることも抵抗することもせず、ただガタガタとこれから告げられることへの恐怖で震えていた。

「怯えなくていい」

 無理だ。そんなことは無理に決まっている。気休めはいい。だから…

「はな…し、て」

 ボロボロと泣く私の目元に、彼は痛ましげな表情をした後、唇を寄せた。


 フラッシュバックする。


「いやああ!!」

「っ」

 あの男も…あの男も、そうやって、私の瞳の、涙を、掬った。優しく、労わるように、瞼が腫れぬよう、唇で、あの…男は…。

「いやいやいやいやいやいや!!」

 ナチさんの胸板を激しく叩き、引っかいた。この腕の中から、どうしても逃げたかった。私の背に回る腕が、恐ろしかった。また…あの時のように、拘束されるのではないかと。

「シャク」

「いや!!お願い!離して…!!」

「前に言ったでしょ?」

 顎を拘束されて顔を覗き込まれ、彼の金色の瞳と強制的に目を合わされた。

「!」

 体が動かない。まただ…これは、あの時の…。

「シャク、俺は子供を作れないって言っただろ」

 だから、怖がらなくていい。それに俺は、無理矢理にしない。

 ガチガチの体を抱きしめ、彼はゆるゆるとした手つきで背を撫でてきた。徐々に体が弛緩していくと、彼は私の体を離した。

「前…思いっきり無理矢理だったじゃないですか」

「最後までする気なかったし」

 前戯、長かったでしょ?いい感じにあいつらが来るところまで伸ばしてたんだよ。まぁそんなこと今言ったって言い訳だけどね。

「あと、俺の相手はシャクにはできないから。…神子の力に耐えられる体をしていないし」

 最後の言葉を彼はぼそりと呟いた。彼は彼で…いろいろと苦労をしているのだろう。

「シャク」

 また瞳を覗き込まれた。今度は、私の体を動けないようにするためじゃない。真剣な瞳で見られ、彼が何を言わんとしているかがわかった。

「いや…いや…お願い…やめて」

 止まったはずの涙がとめどなく溢れてきた。体の拘束は解かれておらず、私は涙を流すことしかできなかった。

「シャク…」

「いや!!」

 彼の口が開いたとき、私と彼の間に魔方陣が広がった。

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