傷物
『わぁ、見て!シャク!』
わーほんとだー。
『まぁ素敵!一ついただくわ!見て、可愛いでしょ?』
ちょーかわいーですー。
『シャク、あの小さなカップル…とても素敵だわ』
とてもすてきですー。
『シャク、どうしたの?』
…助けてくれ。
周りの男たちの視線に私の体力ゲージは危険領域に達している。こんな針の筵状態経験する女子なんて、逆ハーの女の子ぐらいだろうと思う。逆ハーの女の子は女子からの嫉妬なのにね!私は男だよ!どういうことだ!
『シャク、ナチア様のお渡りよ!』
『お渡りって…』
意味合いちがくない?
ミリティアちゃんに手を取られ、フラフラの状態で人がわんさかいるところへ引っ張られていく。
その群れに突っ込むというのか!やめてくれ!
『みりっ…』
私の制止を無視して、人ごみの中へ突入するミリティアちゃん。体という体に他人の体が接触していい心地はしない。むしろ不快。
『ナチア様よ!!』
『わぁああ!!』
『神子様ぁあああ!!』
『きゃあああ!!』
人々が歓声を上げ、耳が壊れるかと思った。顔を顰めながら、皆がしているように顔を上へあげた。ミリティアちゃんの姿は繋がっている手しか見えない。
「あ…」
神輿のような物に乗せられたナチさんが澄ました顔で手を振っていた。そして、時折あの紫の魔術を使って(魔術でよかったんだっけ?)手から花を出現させて人々に投げていた。その花を受け取った人は卒倒しそうなくらい喜んでいた。神のご加護とかがあるのかな?
「うわーすっげー…」
ナチさんが神子だという話が本当だということが改めて感じられた。神子だと言われても、ただ祭られているだけなのかと思っていた。だってあんな神子だったし…。
くん
「おっと…」
ミリティアちゃんの腕を引かれ、躓きそうになった。
ぐいぐい
「っ」
ちょっとちょっと、そんな強い力で引っ張らなくても!ただでさえ人が多くて身動きが取れないのに…!
強い力に引っ張られ、人ごみから抜けるように進んでいく。
も、もういいの?というか、こっちのこと顧みて!!
『姉ちゃん!!』
『ちょっと!』
私と少年の怒りの声が綺麗に被った。互いに目をぱちくりして、繋がっている手を目で追った。
『だ、誰だ!!』
『こっちこそ!』
お互いに勢いよく手を離し、万歳のような体勢をとった。
『ね、姉ちゃんと手を繋いでたはずなのに…!』
『私だって友達と…』
人ごみから離れて二人でオロオロしていると、遠くから女の子が駆けてきた。それに気付いた男の子がその少女に向かって走っていく。
『姉ちゃん!』
どうやら、少年が手を繋いでいたはずのお姉ちゃんだったらしい。
『もぉ、どこに行ってたの!!』
『だって、姉ちゃんが手を…』
彼はお姉ちゃんにこっ酷く叱られた後、大人しく手を引かれて行った。
『お前も早く友達見つけろよ』
『こら!お前、じゃないでしょ!』
『まぁまぁ…じゃあね』
少年に手を振り、自分もどうしようかと考えた。私はミリティアちゃんと迷子になったときの話をしていなかった。どこに集合だとかすらも話していない。先に帰って城で待つのはどうかと考えてみたけど、彼女が一人で私を街で探していたら、かなり危ない。浚われてしまう。ならば、私はここでじっとしていたほうがいいんじゃないだろうか。などと、人ごみを離れたところからボーっとしながら見つめながら考えていた。
『よぉ、久しぶりだな』
「え…?」
声を掛けられてハッとして顔を上げると、そこに立っていたのはアーサー王子の刺客だった。というか、私のタイプドストレート男と言ったほうがわかりやすいかもしれない。
「え?!」
『そうそう。お前、人質になってくれるか?』
そこでyesって言う人質はいないと思うんだな!!
『違う、ですよ!』
『前から思ってたけど、お前、どこ出身?』
なにか間違えたか。
男は険しい顔をする私を笑いながら抱え上げた。抱っこされた後、回された腕に座るような形で落ち着いてしまった自分に脱帽。バランスを取るために慌てて彼の首に手を回したが、どこからどう見ても人質に見えません。
『大胆だな』
『う!』
お尻の下に感じる筋肉質な腕に私の心拍数が早くなる心臓が心配!!身の危険を感じない私はどうにかしてるんじゃないだろうか!
『じゃあ、行くか』
『えっ…!あ、あの!私、なんで、人質なんですか!!』
慌てて至極当たり前なことを今更聞いてみた。
『あん?そら、第一王子の弱みを押さえておくのは当たり前だろ』
第一王子…アーサー王子か!
『なんでっ…!』
『なんでって、婚約してるんじゃないのか?』
『んな!』
なんでそれを!つか、婚約してねぇし!断ったし!いや、断ってないな。それよりも何でそれを知っているのかが知りたい。言う人間といえばアーサー王子ぐらいしかわからない。アーサー王子何言っちゃってんの。
『次期王妃だろ?』
『違います!』
よし、今度はちゃんと言えた。
『ふぅん、まあいい』
俺は雇われただけだからな。王妃を浚えと。
『今回は国の犬がいなくてやりやすい』
それにこのお祭り騒ぎだ。誰も気付きやしない。
男の悪そうな顔にときめいた私は今の自分の状況をちゃんと顧みたほうがいいと思った。むしろ一回死んだほうがいいと思うんだ。馬鹿じゃないのか自分。
『人質って…』
『まあさ、人質って言うかさ、傷物にしろって話』
傷物…。
その言葉に顔色を変えた私を見て、男は少し笑った。そして、私を座らせていないほうの腕で私の頬をなぞった。
『傷物になった女を王宮には上げれないからな。孕んでいるかもしれねぇんだからな』
『ちょっ…』
馬車のようなところへ乗せられ、逃げられないように腕と脚を一緒の縄で縛られる。
『孕んだらすまねぇな』
俺のことを恨んでくれたってかまわねぇよ。
私が当事者じゃなかったらときめくだろう言葉にも、今このときは血の気が引いただけだった。動き出した馬車の揺れに吐き気さえ覚えた。