絶滅危惧種
「“ゼアラル神復活祭”に行きますか?」
「はい?」
クーさんとの言語レッスンのため、クーさんより早くに来てレッスンの準備を始めていたら(早くに来ないと不機嫌になる。なんて面倒な)、時間ぴったりに現れたクーさんが部屋に入ってくるとそうのたまってきた。
「だから、“ゼアラル神復活祭”に行きますかと言ったんです。貴女の耳の構造はどうなっているんですか」
「えーっと…いいんですか?」
アーサー王子帰還後、王子とクーさんと私の顔について問い詰めたのはいい思い出だ。主にクーさんに首を締められた点を除けばだが。あれから特に何の進展もなく日々が過ぎたが、約束どおりクーさんは私の帰還のために必死で努力してくれているようだった(会う度に嫌味や愚痴や嫌がらせをするからねあの人)。一応私も労って、夕食前の僅かな時間にマッサージをしてあげていた。マジ私優しい。
「なにがですか」
「えー…だって、レッスンの時間ですし…」
「亀並みとは言っても一応は喋れるように進歩しましたから、実地訓練も兼ねてです」
「…あぁ、そうですか」
私はここに来てから、ツッコミというスキルを失った!
「神子もいるでしょうし」
「ナチさん、ですか。そう言えば、一ヶ月篭りきりなんでしたっけ?」
「ええ、一応あれでも神子ですから」
酷い言われようだが、私にも身に覚えがあるためフォローなんぞしてやらん。
「ナチさんにも一応挨拶するために、行きます」
「そうですか。では、今日のレッスンは中止です」
「はい」
「いってらっしゃい」
「ん?」
身支度を整えていた手が止まった。
「え、クーさんが連れて行ってくださるんじゃないんですか?」
「何で私が」
嫌そうに顔を顰めてくるが、もう慣れたよあんたのその顔。最近じゃあ、僅かな顔の変化であなたの心境がわかるようになったじゃないか。うれしくねぇよ。
「いえ、話の流れ的に…え、えと、じゃあ、ミリティアちゃんを連れて行っても構いませんか?」
「ええ、どうぞ。ちなみに騎士団は警備を任されているので」
つまりケドネスさんもナッツォ君にも会えないということか。
「じゃあいってきます。お土産楽しみに待っててください」
「要らぬ世話です」
とか言って出て行ったクーさんを見送った後、不機嫌なミリティアがドアからのっそりと現れた。いつもの話だ。このレッスンがある日はいつでも不機嫌なのだ。特にクーさん的な意味で。
『ミリティア、お祭り、行こう?』
『…クーラドヴォゲリア様に呼ばれたからなんだと思えば』
片言だけどしゃべれるようになったんだぜ!どやー!でも、ちゃんって言う敬称?がないから、ミリティアちゃんをちゃん付けできない。
『お祭り、嫌?』
『あんたが嫌なのよ!』
あぁ、クーラドヴォゲリア様っ…!どうして、この男女の世話を私にお任せになられたのですかっ…!いや、貴方の為なら誰だって世話をしてみせますっ…!貴方がそれをお望みでしたら…!
とまぁ、いつものように自分の世界に入ったミリティアちゃんの手を引っ張って外に出るように促す。
『あなた、その格好で城下に出るの?』
『えー?なにか問題あった?』
『それ、ズボンじゃない!』
いつも少年ルックに怒るミリティアちゃんに腕を引っ張られるが、それを無視して前へ進む。
『ミリティアは、その、使用人の格好で、大丈夫?』
『え!いやだ、私は着替えてくるわ!待ってて!』
私の手を離すと、パタパタと駆けていくミリティアちゃんの後姿はやはり美少女。マジ可愛い。クーさんに盲目じゃなかったら。
ミリティアちゃんを待つにしろこんな廊下で立っている訳にも行かないので、先に裏門へと向かう。そこには一応私のお友達であるナッツォ君が立っていた。
『あっ!シャク!』
『おはよー!今日も元気だね!』
『言葉、だいぶうまくなったね!』
『へへ、でしょでしょ。今日は、門番なんだ。大変だね』
『俺、まだペーペーだし、町のほうの警備は…うん』
『まぁ、まだ19だしね』
だからと言って城を守るのが新米だけじゃ危なすぎるため、ちゃんとベテラン騎士や近衛兵は待機している。そういうことは、新米でも城下に行っている人物はいるのか。別にナッツォ君が弱いとかそういう理由でこっちに回されたわけじゃないだろう。だって城なんだし。
『…俺も城下がよかった』
『来年があるだろ、少年』
『シャクにはわからないんだよ!』
『うん、わからん』
ぶっちゃけお前祭り見たかっただけだろ、とは言ってあげないでおこうと思う。というか、私は思うのだ。これは副団長からの君への試練ではないか?と。普段から落ち着きがなく、子供っぽさが抜けないナッツォ君がお祭りの警備なんか絶対無理だ。自分も楽しんじゃうタイプだし。だから、副団長は彼をここに配置したんじゃないかって。
「ま、本当かどうかはわかんないけどさー」
『え?なんて?』
『いやー、なんでもないよ』
日本語で喋ってたし。言ったところでわかるわけがない。
『シャクー!!』
『あ』
ナッツォ君から目を離し後ろを振り返ると、可憐な美少女が上気した顔を晒しながら走っている姿が見えた。けしからん。実にけしからん。あんな美少女、男共にゃあ目に毒だ。確実にイチコロだ。
『か、かあいい…』
『…おうふ』
隣の少年がイチコロだったよサム。どうすりゃいいサム。
『ごめん、待たせた?』
『ううん、平気。それよりも可愛くなったね』
なんだこれ、彼氏彼女の待ち合わせか。
『ふふ、そんなこと言ってもなにも出ないわよ?』
出てる出てる、少年の鼻から鼻血が出てる。可憐な美少女は少年が鼻血を出しているのに気付き、怪訝な顔をした。いや、そうだよね。鼻の下が伸びた状態で鼻血出すとか、本当に気持ち悪い。
『これ、よかったらどうぞ』
『え、あっ…す、すいまひぇん!!』
美少女が白いレースのハンカチなんて差し出したときにゃあ、もう駄目だろ少年。確実にイった。
『じゃあ、シャク。行きましょう?』
「いえーす、おふこーす…」
『え?』
人様の色恋にげんなりしたのは久しぶりだ。お祭りに行く前に体力を消耗した気がする。というかした。
『あ、あのっ…!は、ハンカチ、洗って…返しますね!』
『いいえ、捨てておいて構いませんよ』
ふわりと笑ったミリティアちゃんに、こいつ計算か?と疑ってしまったのは仕方ないと思う。天然でこれとかもう絶滅危惧種でしょ?
『シャク、行きましょう』
するりと私の腕に、自分の腕を絡めたミリティアに溜息を吐きたくなった。私は一見少年だ。髪が短いだけで、この国の住人が10人いたら10人が私を少年と言うだろう。それに加え、女性ならば絶対に穿かないズボンだ。ダブルパンチ。もう私とミリティアの組み合わせってデートのなにものでも…いや、もうやめよう。
『シャク、どうしたの?』
『いんや…絶滅危惧種って、やっぱり、絶滅したほうが、いいんじゃないかなって』
『あら、そんなことはないわよ。絶滅していいものなんてないのよ』
そーすか、そーすか。
ならば、この私の後頭部に突き刺さる殺気をどうにかしてくれ。