嘘だ!
「えーーーーーーーーーとぉ…なんで?」
いや、もうなんでとしか言い様がないよね。
困ったようにクーさんを見上げると、クーさんは嫌そうに顔を顰めた。
「さぁ?私に聞かないでください」
「ですよねー…」
日本語で喋るものだから、王子×2が仲間はずれに嫌そうな顔をした。
「通訳お願いしていいですか」
「…貴女の拙い言葉じゃ話も長くなりますしね」
喧嘩売ってるなこいつ、本当に。
クーさんは私を馬鹿にした後、隣国の王子に顔を向けた。
『アーサー殿下、彼女は何故と聞いています』
まぁ、喋るのは拙いかもしれないけど、耳は慣れたから喋ってる言葉はわかるんだぜ。
『何故…か。彼女が、シャク殿が私を命がけで守ってくださったからだ』
命がけ…私、全裸で王子を押さえつけていただけのような…?むしろ痴女で罰せられそうな勢いなんじゃなかろうか。
どうやら私と同じ事をクーさんは考えていたらしくなんとも言えない顔をした。
「彼は、女性の免疫がないのでしょうか」
「…あまり触れてあげないであげましょう」
小声で囁き合っているが、自分の世界に入った王子にはどうやら聞こえていなかったようだ。興奮してきた王子の顔は徐々に色付いていく。
あぁ、もう手のつけようがなくなってきた感じがする。あちらこちらからそんな雰囲気を感じる。やめてくれ。
『この国の女性は髪も長く、肌を晒すことを恥とする文化であるにもかかわらず…!!裸で…私を身を挺して守ってくださった…!』
あ、駄目だこれ。この人もう駄目だ。
「…肌を見せない文化なんですか?」
「まぁそうですね」
「夏、大変ですね」
「そこまで暑くない気候ですから」
王子を直視できなくなった私は、クーさんの綺麗な横顔を眺めて現実逃避をしていた。クーさんもどうやら、王子を見ているが目は焦点が合っていない。
ぐわし!!
「っひ!」
いつの間にか目の前に迫っていた王子に手を取られた。
近い近い。顔が近い。
仰け反りながら、必死でクーさんに身を寄せる。なんでもいいから助けてくれ。
『私の妻となっていただけませんか』
いただけません。絶対無理です。
身を寄せたはずのクーさんは私から一歩距離を取っていた。
通訳!!ここで通訳しなかったらいつするんだ!つまり、へるぷみー!
『アーサー殿下』
とそこへ、ずっと黙ったままでいたドリア王子が参戦。誰でもいいから助けて!
『…なんでしょうか』
私の手を掴んだまま、アーサー王子はドリア王子に顔を向けた。
『彼女は我が国の保護下にあります。今は彼女の権利は我が国が管理しています。しかし、いずれは彼女を自国へ還さなければなりません。…意味をご理解していただけますか?』
『…結婚は出来ぬと?』
『言外にそうなります』
どうやらドリア王子が断ってくれているようだ。グッジョブ。
『彼女の意思はどうなのでしょうか』
『…と言いますと?』
『一般的に、女性は嫁ぎます。それは外国であろうと』
あーーっと…。嫁ぐんだったら、別に国に帰らなくてもいいんじゃねーかってこと?
『…彼女に聞いてください。ですが、力に物を言わせるのは無駄と言うものです。同意しなければ、処罰するということも勿論無駄です。彼女の権利は我が国が管理していることをお忘れなく。そのようなことをなさいますと、ルクドリアが手を貸す事になりますので』
ドリア王子が前に進み出て、アーサー王子を力強い瞳で見つめた。
『私は、そのようなことはいたしません!』
それに対して、アーサー王子もドリア王子を睨みつけるように強い瞳で見つめ返した。
…なにやら二人の間で盛り上がっているようだが、答えは決まっているぞ。私は、帰る。うちに帰るんだ。要するに、テメェとは結婚しねぇよって事です。
『シャク殿…貴女の返事をお聞きしたいのです』
『すいません、私は』
『いえ、今すぐに答えを出せなんて申しません。時間を置いて、また貴女に会いに来ます。そのとき、貴女のお気持ちを聞かせていただけたら…』
それまでどうか、私のことを考えてください。
一瞬、目の前が暗くなった。
柔らかい感触。言っとくけど、クーさんと間接キスだからな!!!それにしても、この男…!マジで自分の世界に入りすぎだから!私、今断ろうとしたよね?ね?!なのに、時間を置けだとう?!余計面倒な事になりそうだろ!そうだろ!
満足したらしい男は、顔を引き攣らせる私を放置してクーさんに向き直った。
『貴様がしたことは今のところは目を瞑っておこう。だがしかし!貴様の所業は必ず報いてみせる…』
怒りに瞳を燃やすアーサー王子に対し、クーさんは表情を一切変えないまま、腰を折った。むしろ反応を返すほうが難しいよね。クーさんはすぐに背を戻し、ドリア王子を見つめた。
『殿下、シドヴェルガとの話はつきましたか?』
『まぁな。恩は売ったわけだ。何かあったときには使えるだろう』
本人を横にして、凄いこと言うよね。アーサー王子も、誘拐された負い目があるのか(ただの黒歴史でしかない)、気まずそうな顔をするだけで何も言わなかった。
『ではアーサー殿下。私が僭越ながら、本国へ送還させていただきます』
『…感謝する』
アーサー王子は持っていた私の手に唇を寄せ(背中に何かむず痒いものが走った)、また会いに来ますと言って離れていった。もう来なくていいからね。本当に。
『それでは、送還いたします』
『頼む』
『では、アーサー殿下、また会う日まで』
三人で見送る中、クーさんが作った魔方陣の中に立った王子は光に包まれ、一瞬にして消え去った。静かになった空間に、三人の溜息が響いた。
『あの王子はロリコンか?』
溜息をついた後、ドリア王子が鼻で笑いながら言う。
『まぁそういう毛はあったのでしょう』
『どういうことですか?』
私が尋ねると、王子はニヤリと嫌らしく笑った。その隣でクーさんは珍しく顔を緩ませていた。何その顔、マジで怖い。
『シャクは見た目、発育のいい子供なんだよ』
発育って何。身長?
イマイチ理解していない私を王子は笑うと私の腕を掴み、自分のほうへ引いた。
『こういうこと』
王子の唇が首に寄る。
『いい体してる』
横腹を指でなぞられ、反射的に王子へエルボーを食らわせてしまった。
『っうぐ…』
クーさんに怒られるかと思ったが、王子が圧倒的に悪いのでクーさんは何も言わなかった。そうだよね、クーさんにも常識があってよかった。
『げほ…酷いなぁ、シャク。でもまぁ、つまりそういうことだよ』
『つまり…えっと』
私が答えを出す前にクーさんが口を挟んだ。
『顔が子供だって言うことですよ』
嘘だ!