ぷろねーず
とりあえず頬を捻り上げられた私は、存分に捻りあげて満足したクーさんに腕を引かれ、先ほどいた部屋にとんぼ返りした。
一言いいですか。私の頬の犠牲は何故に。
『二人とも、少し落ち着いてください』
剣を交えている二人の間に一瞬にして防壁が出来上がり、剣とともに二人は両側に弾き飛ばされた。同じ速さで体を起こしたが、その体をクーさんは拘束する。拘束したと同時に自分の元まで呼び寄せた。
…王子の扱いこれでいいのかなぁ?
『…クー』
『…っくそ』
クーさんの前で拘束された状態で睨みあう二人を無表情な上、若干苛立ちを含んだ瞳で見下ろしていた。私からすると、そんなことは日常茶飯事なので(自分で言ってて悲しいけれども)そんな顔で見下ろされてもやっべーぐらいにしか思わないんだが、ドリア王子はきまずそうな顔をし、隣国の王子は青褪めていた。
『原因を聞いてもよろしいでしょうか』
下手に出るってのがまた怖いよねー。
なんて思っていると私自身いきなり拘束されて、ぐんと重力丸無視で前方に引っ張られた。そのままクーさんに吊り上げられ、二人の前に出された。浮いてる浮いてる。
『教えてくださるなら…』
クーさんは私を二人の前でぶーらぶらと横に振る。遠心力が掛かって徐々に速さが増していき、結構怖い。
『彼女を渡してもいいのですが』
『『こいつがっ…!』』
クーさんの声を遮るように二人は同時に声を出す。
いやー、仲がいい事で。
「クーさん」
『なんですか』
王子がいるからか、クーさんは日本語で答えてはくれなかった。
『なんで、私、ですか?私、特に、価値ない』
『いいえ。交渉の餌として価値は十分にあります』
交渉の餌…?
訝しんでクーさんのほうへ振り返ると、いつもと変わらない無表情だった。最早これが普通すぎて、感情を露にするクーさんのほうが私にとっては恐ろしい。
クーさんから目を逸らし、王子二人を見下ろすと、二人はお互いを貶し合って喧嘩していた。子供か。
『…っはぁ』
クーさんの溜息に気付かない二人は、益々ヒートアップしていく。怒気に合わせて力が増していくのか、クーさんが拘束した魔術の輪がギリギリと嫌な音を立て、少しずつ綻びていく。
『二人とも』
少し大きな声を出したクーさんに二人の注目はクーさんに戻る。戻ると同時に私の拘束が外れ、自分の足でクーさんの前に立っていた。
突き落とされなかったことにビックリだ。
『少し頭を冷やしたらどうですか』
「っ…」
どうですか、の“か”と同時に首を180度回転させられ(首だけ回転と言うことは物理的に無理なので、バランスを崩してクーさんのほうへ倒れこんだと言ったほうが正しい)。そして、覆いかぶさるように口付けられた。
「むぅ」
『クーラドヴォゲリア!!』
『貴様っ…!!』
二人の怒鳴り声はさておき、驚きでキスされているというのに目を閉じられない私は、クーさんのサファイアのような緑色の瞳をじっと見つめていた。唇が合わさっているだけで、キスと呼べる代物ではないと驚きから醒めた私が考えていると、クーさんの声が頭に響いた。
『目、くらい閉じたらどうですか』
『…すいません。一つ聞いてもいいですか』
クーさんの言葉を素直に聞き入れ目を閉じると、長い腕が私の腰に回され、さらに引き寄せられる。つまり、私もそれなりの演技をするべきなのだろうかと思い、我ながら頭を使ってクーさんの背に手を回してみた。
『なんですか』
『キスする理由はあるのでしょうか』
『彼らが貴女のことを気に入っています。少しの灸を据えたまでです』
『そうですか…』
ドリア王子が私をなんとなくペット的な意味で気に入っていることは薄々気付いていたが、隣国の王子は何ぞ?今日会ったばっかりですけど。
「んむっ…?!」
なんて考えていたら、クーさんの舌が口の中に侵入してきた。驚いて目を開けると、クーさんは無表情且つ無言で私の目を見返すだけだった。
「っふ、ぁあ…」
ちょ、ちょっと待て。唇合わせるくらいなら、クーと言う名の肉食獣に舐められたと処理できたが、さすがにこれは私も耐えかねる!!
ぐ、と肩を押すとクーさんはあっさりと唇を放したが、腰に回した手だけは外さなかった。光る唇のまま、クーさんは私の肩に顎を乗せた。私からでは、クーさんの顔は見えない。
『…どういうことだ、クーラドヴォゲリア』
ドリア王子の低い声に、思わず驚いて体が跳ねたが、すべてクーさんの体に消えていった。
『忠告はしたつもりです』
クーさんのいい声が耳を掠り、くすぐったくて身を捻った。
『理由、お話してくださりますか?』
あ、あと私に出来れば攻撃などはなされないでくださいませ。オートで防壁が出るようになっていまして、お二人の生死を保障できません。
お、恐ろしい…!今度からクーさんに不用意に攻撃しないでおこう!
『ッチ。わかった』
『…わかった』
王子たちの了解の声をと同時に二人の拘束が外され、私も反転させられた。王子たちの注目が私に集まり、クーさんと王子の顔を何度も見てしまった。
やっべ、唇湿ってる。
『シャク』
『は、はい』
唇を服の裾で拭っていると王子に呼ばれ、慌てて近付いていく。が、その横で隣国の王子が膝を着いた。
『シャク殿』
『は、はい』
結局、王子に辿り着けずに中途半端なところで立ち止まった。どうすればいいのかと、おろおろしていたが、二人は無言だった。
えーえっとー…。
困る私に対して、先に口を開いたのは隣国の王子だった。
『このような状況で貴女に仰るのは恥ずべきことですが、私はこれ以上貴女をこの国に、この城に留めたくはありません』
『え、えと…はぁ』
脳内で日本語変換に必死で、うまく王子に返事を返すことが出来ない。
『急であると言う事は重々承知しております。私、シドヴァルガ国の第一王子、アーサー=キルジェ=シドヴァルガは、貴女にわが国に来ていただきたいのでございます』
『……ん?…えー、えっと?』
えーえーえー、要するに急だけど俺の国来ない?ってことだよね…。
『それは、クーさんが、承知して、くださったら…いいと思います』
そう言うと、王子は顔を上げて顔をくしゃくしゃに歪めた。なんで。
『それは……その男の許可が必要だと仰るのですか?』
『い、いえ…えっと、その、私は、…この国の人間では、ない、ので…許可は、えと、王子でも…』
「サクラ」
クーさんに名を呼ばれ、ハッとして振り返る。
「アーサー殿下は、貴女に求婚をしているのです」
「きゅーこん?」
はて?と首を重ねると、クーさんはやっぱりという顔をした。失礼な。
「“ぷろねーず”というものですよ」
「は?なにそれ?」
プロのマヨネーズのことか?そもそもプロのマヨネーズって何だ。どこら辺が専門的なんだ。
「…ちょっと待ってください」
クーさんが悩んでいる姿は新鮮だ。じーっと見つめていると、クーさんがふいにひらめいた。
「そうです、思い出しました。混ざってました、すいません。あれです、“ぷろぽーず”です」
「は?」
結婚?




