ハンカチ王子かっつーの。
そんなわけで現在、裏門から城下に出ようとしているところです。
クーさんが護衛をするという点に関して、丁重にお断りをさせていただいたのだが逆切れされた。怖すぎて頷いてしまったけれど、あれは仕方ないと思うんだ。
「なにしてるんですか、早く行きますよ」
「はーい…」
クーさんは目立ちすぎる容姿のため、変装中である。変装というだけあって、長い銀の髪を黒に、瞳の色を茶に変えるという大掛かりなことになってしまっている。クーさんも私と同じように一般ピーポーと同じ服装をしているのだが、なぜこんなにも目立ち、違和感を感じるものに仕上がるのだろうか。
「じろじろとなんですか。目を潰しますよ」
まぁ中身はクーさんのままなんですが。
「いえ、クーさんはナイスプロポーションですから、何着ても似合うんだなぁという珍しく褒めているんです」
「あなたに褒められてどこが嬉しいんですか。そもそも珍しいって事は、貴女普段私のことをどう思ってるんですか」
減らず口め。人が折角褒めてやっているのに。
とりあえず、営業スマイルを浮かべておいたが思い切り頬を抓られた。くそう。
「ほら、手を出してください」
「は?」
驚く私を他所に、しっかりと手を繋いで裏門を潜っていく。門番たちが珍しそうに見てくるが、それが手を繋いでいることではなく私が珍しいだけである。つまり、クーさんの変装は完璧だという事になる。いやいや、そういう問題じゃない。
「私、さすがに迷子になるようなことしたくないので、クーさんから離れたりしませんよ」
だから離してくださいと手を上下に振ってみるものの、頑丈で外れそうにもない。
「その点に関しても心配ですが、一応兄弟設定ですので」
What?
ポカンと口を開けて呆然とクーさんも見つめていると、口の中に虫が入りますよ、と繋いでいないほうの手で唇を上と下から閉じられる。
「ど、どこをどうみたら兄弟になるんですか…?!」
顔のつくりが違う…!!日本人と北欧の人を兄弟って言ってるようなものだよ…!
「じゃあ、他にどんな設定で城下に出ろって言うんですか」
そもそも設定は必要ですか?
ぐいぐいと手を繋がれて引かれていく私は、反論を諦めた。この人を論破することなんて出来ないんだとこの一ヶ月の間で私は学んだのだ。
「そう言えば、あなたはどうして城下に行きたいのですか」
「なんでって、ずっとお城にいて何が楽しいんですか」
こうなったら旅行気分で、満喫するのが一番でしょうよ。お金だって、チップとして貰ったものがありますし。
「それもそうですね。…城下に下りるなんて何年振りでしょうか」
「クーさんは人気者ですもんね」
町の中心に向かうにつれ、人々の声が大きくなってくる。
やばい、テンションあがってきた。腕を引く強面美人のクーさんがマジで兄ちゃんに見えてきた。まぁ、この年齢で兄ちゃんと手を繋ぐとか羞恥で死ねるけど。
「クーさん、私ってここの人からするといくつくらいに見えるのですか?」
アジア系は若く見られることが多いのは確かだけど、さすがに10代のはず。ならば、ここの国でも思春期の少年が兄ちゃんと手を繋いで歩くとか罰ゲームの何物でもないだろう。
「そうですね、15くらいでしょうか」
8歳も若く見られているのは喜ぶところでしょうか。
「15歳の男の子はお兄ちゃんと手を繋ぎませんよ」
「兄弟設定に加え、あなたは意思の疎通がうまく図れない設定です」
「はい?」
「少しは喋れるようになり、聞き取れるようになったからと言って、貴女が言葉を完全理解することは不可能でしょう?」
そうですね。あなたは論外ですね。
じとーっとした目でクーさんの顔を見つめるが、クーさんは私の目の訴えは伝わらなかったようだ。
「じゃあ、まぁ、会話は、ぜっんぶ、おにい、ちゃん、に任せる、として…っ」
人が多すぎてまともに喋れない。時間帯ミスったかなぁ。
ぐっとクーさんの握る手が強くなる。こうしてみると、クーさんも男の人の手をしている。あんな美人で細いのにね。
「(…もう日本語は喋らないほうがいい)」
小声でそう呟き、周りの警戒しながら、クーさんは私を賑わいから外れたところに連れて行く。路地裏に入る入り口のところまで来ると、ホームレス?のような人たちが蹲っているのが見えた。
「(いえっさー。…ところで、意思の疎通がうまく図れないってことは、単語単語は発していいんですよね?)」
「(ええ…)」
広場を見つめたまま、鋭い視線を飛ばすクーさんの横顔を斜め下から眺める。瞳の色と髪の色が違うだけで、イケメン度が3割り増しなんだが。たぶん、それは私が銀髪をちゃんと受け入れていなかったからだ。いや、だって現実味ないからね。
「えーっと……ファシア~」
腕を引き、行きたい方向を指差す。すると、クーさんは困惑した瞳を私に向けた。
「…私はどうするべきですか」
ファシアは“兄”という意味です。クーさんのどうするべきかって言うのは、恐らく私の名前のことだ。
「シャクじゃ駄目なのですか?」
蹲っていた人を含めて路地裏にいた人は、主にクーさんの姿を見るといそいそと去っていった。そーゆーわけで、日本語でガンガン喋らせていただく。
「シャク、という珍しい名前は噂の中心である貴女を指してしまいます」
クーさんは困った顔を見せた。
珍しい。基本的に表情を表に表さないクーさんからしたら、明日は大雪だと言うレベルで珍しい。
「なにか、代わりの別の名前でも…」
「桜、と呼べますか?」
「…貴女の本当の名前ですか?」
「そうですよ」
「…サクラ、もそれはそれで珍しいのですよ」
さくら、サクラ、桜…それは私の名前。
クーさんは口に出した後も、眉間に眉を寄せていた。納得がいかないようだ。
「やっぱり珍しいですし、ありきたりな少年の名前にしま…」
クーさんは言葉を途中で切って目を丸くした。
いや、そりゃ驚くよね。
「っふ、く…っひく」
いきなり私が泣き出したのだから。
「ど、どうしたのですか…」
困惑の色をさらに強めたクーさんは、握っていた手を離して、布をポケットから取り出す。
ハンカチ王子かっつーの。
「っ、いや…その、嬉しいというか…懐かしいと言いますか」
ここに来てから…名前を呼ばれることがなかったので…。
素直な私の言葉に、クーさんは布を私に押し付けると、背を向けてしまった。
「…泣き顔は見られたくないものだと。一人にして欲しいものだと…聞きます」
伝聞かよ。自分はどうなのよ。
「私は、騒ぎたいです」
「…といいますと」
「泣きながらでも、遊びたいです」
ずびぃ、と鼻を啜ると、クーさんは困ったような顔で振り向いた。
「…なにか食べますか」
「たべます…ずび」
「手、出しなさい、サクラ」
一瞬にして演技モードに入ったクーさんだったが、サクラという台詞にまた涙が出そうになった。
「男の子でしょう、泣くのをやめなさい」
男の子設定で叱られるところには納得がいかないが、サクラと呼んでくれるクーさんの優しさにしばらく涙は止まりそうにもない。