第二章 Your love has set us free③
第三話 「オニ」
「えっと……分かりません。無いです」
オニってなんだ?
魔獣のことか?
俺、魔獣なのか?
「そうか。では説明しよう」
注射のおっさん――「レオン・トリガー総研究室長」は、まっすぐ俺を見る。
「オニとは、魔力を恒常的に体内循環させられる耐性を持つ体質者の総称だ」
……恒常的?循環?
「通常、人間は魔力を“使う”ものだ。体内に留め続けることは出来ない。治療のため体外から流入させることもあるが、あくまで静養時管理下でのこと。循環が過剰になれば、身体にも精神にも異常を来す」
「……はあ」
だめだ。
分からねえ。
「君は先日の騒動で魔獣を殴り倒したそうだな。拳は無事だったのか?」
「無事……というか、殴ったら痛いですよ。血も出るし。でもすぐ戻るじゃないですか」
あれ…?
部屋の空気が一瞬止まった。
「戻らない」
レオンの声が低くなる。
「普通は、治らないんだよ。魔力行使は身体機能を一時的に引き上げるだけだ。戦闘中に自己修復が起こることなどあり得ない」
もう完全に何言ってるか分からなくなってきた。
頭の中がうまくまとまらない。
「ラグ・グニル。十八歳。XXXX年五月五日生まれ。身長百七十五センチ、体重九十八キロ」
「……はい。そうなんですか」
「“普通”ならな。君の体格なら、七十キロ前後だ。血液検査の結果も出ている。君は間違いなくオニだ」
九十八キロ、は…。
重いのか?
分からない。
「……もう分かりました。そうなんですね。それで俺はどうなるんですか?」
レオンはわずかに目を細めた。
「素直だな。数日観察していたが、今のところ反抗性は低い」
観察?反抗?
「戦闘はどうだ。好きか?」
「好きっていうか……得意だとは思ってます。それで稼いでましたし」
「例の賭博闘技か。手数が少ないほど報酬が上がる。手加減を許さぬ残酷な規則だ。個人的に興味はあるがな」
レオンは一瞬、隣の高官へ視線を送る。
値踏みされているのは分かる。
「端的に言おう。君は人一倍、戦場に赴くことになる。魔獣だけではない。隣国の兵とも戦う」
「はい。聞いてました」
「覚悟はあるか」
少しだけ考える。
じいちゃんの言葉が浮かぶ。
――何を守るかを決めろ。
「それで飯が食えるなら、働きます」
沈黙。
まただ。変なこと言ったか?
しばらくして右側に座っていた二人の高官が立ち上がる。
「よろしい。訓練に励み給え。また会おう」
部屋の全員が敬礼する。
俺だけ、間に合わず背中を見送った。
「これから君は通常の訓練生とは別カリキュラムだ。専属教官はカイル・ソウ少尉」
ヒゲニー、実は強いのか。
「ラグ・グニル」
低い声。
ヒゲニーだ。
「登録が済めば自由時間も出来る。外出は当面不可だが……ミドガルから同行した者にも会わせよう」
初めて、ヒゲニーが微笑んだ。
少しだけ、胸が軽くなる。
そうして俺は――
訓練生になった。
オニとして。
何を守るかも、まだ決めきれないまま。




