【外伝】サイラス・フェイ⑤
第五話 乱れ足
クレイラ川本流の河川敷は岩で形成されていた。
一目で疑う余地も無く、岩に引っかかった動物の足や骨がひらひらと漂っていた。
「あちゃー。どこかに洞窟でもあるのかな。どうする、班長」
「夜までまだ時間もある。見つけ次第叩くさ」
ディルはリュックから取り出したライフルを手際よく組み立て、スコープを覗く。
積み重なる岩のせいで死角が多い。
「俺とラグで、少し見て来る」
サイラスは腰に剣を携え、ラグに視線を送る。
サイラスは上流、ラグは下流へ、蛙のように二人は岩と岩を跳ねて渡る。
「洞窟だったら、わたし塞ごうか?」
「仮に、アルファが今離れていたら取り逃すことになる。目的はあくまで殲滅だ」
ディルの足元で小石が跳ねた。サイラスが合図を送っている。
ーーー高さ三メートル、幅二メートルほどの洞窟。
入口付近にはすでに悪臭が届いていた。
ミレイとラグは鼻を摘み、顔を歪ませる。
「よし。突っ込むぞ。アルファと思わしき個体がいなかった場合、夜まで奥で待ち伏せる」
ディルの発案にミレイとラグは絶望の表情で応える。
ミレイがリュックから取り出した照明を浮かせる。
照らされた岩肌が露わになる。
血や動物の毛が、所々にこびり着いていた。
先頭はサイラス、次にラグ、ミレイ、ディルの順で進む。
ーーー
洞窟はまだ一本道。
湿った空気に悪臭は濃くなるばかり。
入口からの光は失いかけていた。
「深いな」
既に抜かれている刀身が、浮遊する照明を時折反射する。
川の音も、もうずいぶんと遠くから聞こえる。
百メートル以上は進んだ頃、照明の光は奥に空洞があることを示す。
(広い…?)
サイラスが空洞を認識した時、背後から迫り来る、鈍い足音。
「進め!」
ディルの号令で四人は空洞に駆け込む。
背後から迫る魔獣。
重なる銃声。
ディルの銃口は正確に魔獣の頭部を撃ち抜いた。
空洞は高さが五、六メートルにも達し、幅は円形状に広がっているらしかった。
静寂も束の間、
「タス…ケ」
暗闇から、声のような音が微かにこだまする。
サイラスの刀身が鈍い光を宿す。
ミレイは照明二つ追加し、浮遊させる。
その一つを奥へと飛ばし、声の元へ向かわせる。
口であろう部分をニヤつくように横に開き、四本腕の魔獣が照らされる。
同時にディルたちは、すでに魔獣に囲まれていることに気付く。
短く切る唸り声は、まるで魔獣たちが会話をしているようだった。
ミレイは両の太ももに備えたハンドガンを構える。
「八…かな。思ったより多いな」
ラグがぐっと腰を落とす。
どれを最初に仕留めるか、勘が見定めていた。
「この状況で襲ってこないとなると、あの四本腕がアルファだろうな。これだけ見事に囲まれたんだ。みんな、仲間に当てるなよ」
ディルは乱戦にしかならないと諦めた。
ーーー「あいよ!」
ミレイの発砲を合図に、サイラスとラグが飛びかかる。
背を合わせ引き金を引き続けるディル、ミレイ。
魔獣の断末魔と銃声が、洞窟を叩くように響き続ける。
銃口から発つ火花の数だけ硝煙と火薬の匂いが積み重なる。
僅か数分の後、サイラスの刃は、アルファの腕と脚を全て斬り落としていた。
刃先から滴る血液が、魔獣の腹部にポタポタと垂れる。
岩壁にもたれ掛かり、乞うように喚く魔獣。
「タスケテって言わないのか?」
サイラスは刃を突きつけ睥睨する。
「サイラーー」
ラグの呼びかけをディルが制止する。
刃は一閃を描き、アルファは左右に斬り裂かれた。
その時。
もう一つ魔獣の声。
入口から「帰ってきた」魔獣が踵を返し、逃げていく。
ラグの反応よりも早く、サイラスが飛び、追う。
ーー直後、絶命の叫びが再び洞窟を揺らす。
「強いってか怖いな、先輩」
「サイラスのご両親な、魔獣に殺されてるんだ。本人の目の前で」
「えっ…そうだったのか」
「サイラスにこの事言っちゃだめだよ。わたしたちも本人からは聞いてないんだから」
「うん。わかった」
「よし。帰ろう。三日間様子見て、何もなければ終わりだ」
全身にかかった魔獣の返り血と悪臭を、四人は川で洗い流す。
水を掛け合い、子どものようなラグとミレイの明るさに、サイラスは少し笑みを浮かべた。




