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第一章 I will ring a bell until you feel me by your side②

第二話 保護者

町を見下ろす丘の頂に、その家はしがみつくように建っていた。


母家と小屋がひとつ。母屋の影には何本もの丸太が積まれている。

吹き付ける隙間風に、古い木壁が音を立てて軋む。


ーーー


小さな木製のテーブルを囲み、三人は身を寄せ合うように腰を下ろしていた。

奥のキッチンでは、白髪の老人が静かに湯を沸かしている。

ラグ・グニルが湿ったタオルで乱暴に頭を拭いながら、部屋の隅から戻ってきた。


「それで……ディル君と言ったか。隊長さんかね」

老人が、人数分の湯呑みをテーブルに置く。


コト、という微かな音がした瞬間、ディルとサイラスは無意識に背筋を伸ばしていた。

老人の一挙手一投足に、背筋が冷えたのだ。


「いえ」

ディルが静かに首を振る。


「ラグ・グニルを迎えて、初めて我々は一班となります。今はそれぞれ別の部隊に所属していますが、合流後は私が班長の任に就く予定です」

老人は、立ち上る湯気を眺めながら茶を啜った。


ーーー。


三人は茶に手を付けず、老人の挙動を固唾を飲んで覗った。


「じいちゃん、オレ「行ってこい」」


老人の湯呑みが小さな音を立てテーブルに着く。

ラグはタオルを頭に被せたまま、素早い数回の瞬きを見せる。


「お前には戦い方しか教えとらん。ここいらで世界を見てこい」


ディルの眉間がわずかに狭まる。

「……誤解のないよう申し上げます。」

声色が変わる。


「ご存知かとは思いますが、リブルムンド王国。アレキサンダラス。ブルーシア。三国は現在、断続的な交戦状態にあります。加えて、神出鬼没の魔女城。魔獣の群れ。国境では今この瞬間も、戦火が上がっているのです」


老人は小さく息を漏らした。

「すまんな」

その視線がラグへ向く。


ラグは、色の燻んだマグカップを手にしたまま、彫像のように立ち尽くしていた。


「……じゃあ俺は、誰と戦うんだ?」


「全てだ」


ディルは冷たく答えた。


激しい突風が、丘全体を揺らしているようだった。


ーーー


「我々は町に宿を取っています。時計台があったでしょう。明朝九時、そこで」

家の扉の前でディルは二人にそれだけを告げ、老人へ深く頭を下げた。

サイラスとミレイもそれに倣う。

踏み出した外の風は冷たくなっていて、ディルはフードを被る。


「ディル君」

老人が呼び止める。


「君は賢い。そして若い。遠慮と、臆することは違う。覚えておきなさい」

今日一番穏やかな声だった。

ディルは一瞬だけ目を伏せる。


「肝に銘じます。……しかし任務です。不躾はまたの機会に」

三人は丘を下り、朱色に染まる町へと溶けるように消えていく。


ーーー風が冷え、夜の帳が静かに丘を覆う。

町を見下ろすペンキの剥げた簡素なベンチ。

ラグと老人は、肩を並べて座っていた。


「じいちゃん。何なんだよ、あいつら」

俯きながら洩れたその声は、不満も不安も隠さない声だった。

老人は点き始めた町の灯を見つめたまま答える。


「ラグ。お前が見て、お前が決めろ。急だがな。人生にはこういう日がある」

顔を上げて目に映る横顔。

目は細く、ずっと遠くを見ていた。

見飽きた筈のシワが、一段と深く刻まれているようだった。


「何を守るか、だ。そのためにお前は強くなった。そして、守りきった時には、ワシに茶でも淹れてくれ。愛する孫よ。お前はまだ強くなれる。ワシの血を引いとるからの」

ラグの頭を掴むようにくしゃくしゃと撫でる。


丘の上から、灯りの点き始めた町を眺める。


見慣れた光景がやけに輝いて映る。


ラグ・グニルはまだ知らない。


明日のことも。何を守り、何を壊すのかも。



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