第三章 The small soldiers march⑤
第五話 「二人」
「うわっと……危ない危ない」
五人乗りの小型軍用車のハンドルを、ミレイ・ブラウが握っている。
後部シートでは、ラグ・グニルがシートから二十センチほど浮かされ、横たわっていた。
土埃のこびりついた窓から差す光が、ラグの顔をジリジリと照らす。
エンジン音だけが車内を満たす。戦場の轟音は、もうどこにもない。
「……あれ」
背後から、掠れた声。
「ラグ君……!起きた?」
「なんで……ここは……」
「今ね、本部に戻ってるの。明日のお昼には着くと思う。お水、飲んでね」
ドアポケットには三本の水筒。ミレイは前を向いたまま問いかける。
「身体、どう?喋れる?」
「動く……と思う。でも重たい……かな。魔力は……どっかいっちゃった」
その言葉に、ミレイは胸の前で手を握る。
だが声は崩さない。
「ごめんね。わたしもよく分からないの。でも戻れば。いっぱい治療してもらえるから。大丈夫だよ」
「ディルと……サイラス……」
ハンドルを握る手に、力がこもる。
「……大丈夫。戦線に残ってるだけ。あとからきっと来るから。大丈夫」
ルームミラーに映るのは、ラグの胴体だけ。互いの表情は見えない。
車は荒れた道を進む。
やがて、壁のような山々が視界を覆う。
ーーー
円を描くように連なる山脈。
中心部は広大な森。
軍本部へは、これを大きく迂回する必要がある。
ミレイは地図を思い浮かべる。
(森を抜ければ、半日以上は短縮できる)
視線をルームミラーへ。
ラグの寝息が微かに聞こえる。揺れは伝わっていない。
(……行ける。)
ーーー
ーーミレイ・ブラウの選択は、無謀とも言えなかった。
魔女の森。
訓練生時代、何度も足を踏み入れた場所。豊富な果実。木々を巡る無数の糸のような魔力。
同時に、方向感覚を奪うほどの広さ。
不安はある。
それでも。
アクセルを踏み込む。
ーーー
山と山の狭間。森への最短口。
日が山頂にかかっていた。
ミレイは一度車を降り、森を見上げる。
深呼吸。
両頬を叩く。
「よし」
再び運転席へ。
キュルルル……
キュルルルル……
キュ……
プスン。
キュル……
……。
……。
……。
日は赤く沈み、麓に夜が迫る。
風が木々を揺らす。
森が、二人を見ている。
第三章 完




