表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

第一章 I will ring a bell until you feel me by your side

第一話 殴る青年


走って殴る。

その男の仕事は、それだけだった。


ーーーカンカンカンカン

「さぁさぁ始まります!我らの中間マージンを掻っ攫う常習犯! ラグ・グニルー!」


傾いた巨大な時計台がそびえる広場。

その中央で拡声器を持ったオールバックの男がしゃがれた声で煽る。


湧き上がる歓声と怒声、そして罵声。

群衆で出来た即席のリング。

浴びせられる熱狂も、飛び散る唾からも、そこに立つ選手には避ける術がなかった。


ラグ・グニルは、それらがまるで聞こえないと言った様子で肩を回す。

赤みがかった前髪から覗く辟易とした目。わずかに上がった口角。

引き締まっているようで、薄くあばらの浮いた身体をだらりとして晒し、気怠そうに、足元の土を素足で踏み固める。

膝下でほつれたズボンの糸が足の動きにつられて揺れる。


「対するは現役兵士の闇営業!ハリイ・ウィルスー!」


二メートルはあろうかという巨体。

鍛え抜いた筋肉を誇示するように膨らませ、拳を突き上げる。


太い革製のベルトが、膨れ上がった上体を締め上げる。

サイズの大きなブーツは足首をきっちりと締め、軍服越しに太腿の逞しさが窺える。


短く整った金髪の下は強い意志を宿す眼光。

ニヤリと覗く白い歯は、眼前の明らかに年下で、細い男に向けられる。


時計台を挟んだ両者が出揃い、観客の声は最高潮に達した。

歓声と罵声、そして砂埃が、観客が作る六メートル四方の舞台を塗りつぶしていく。

時計台の低く割れた重い鐘の音が十五時を報せた。


「始め!」


奇声のような合図と真鍮の音が広場を叩く。


ふぅぅっと深く息を吐き、流れるように沈むラグ・グニル。

瞬間。

足元の砂利が爆ぜた。


ハリイ・ウィルスの視界が、発射直前の右拳を捉える。

長年の経験が反射を呼ぶ。

重心を右に傾け、右手を伸ばす。――捕まえる。

が、ラグには見えていた。

時が刻まれる。

踏み込んだ右足で地を蹴り、左足へ重心を移す。ーー左拳が走る。

鈍い音。

ハリイ・ウィルスの顔面が砕け、巨体が宙へ浮く。


司会の合図から二秒足らず。

ブーツのつま先が地に触れ、巨体は、糸が切れたように膝から崩れ落ちる。

見下ろすラグの視線の先。

巨体は正座の体勢でうな垂れ、どうやら意識は肉体から離れていた。

舞い上がった砂埃が、無情に両者を覆う。


「やってくれたな、ラグ・グニルー!!」


激しく叩かれる真鍮はひどく耳障りだった。

再び湧き上がる歓声にも、応えない。

時計台の元までノロノロと歩き、ただ無言で、報酬を寄越せと、手で示す。


ーーー


「んー、確かに強そうだけど。なんかお猿さんみたいじゃない?」

「いやまあ、訓練兵じゃないしな」

「…それ本気か?」


観衆が形作る“リング”を、外套をまとった三人が廃れた建物の四階から見下ろしていた。稼ぎを握りしめ、ラグ・グニルは、その三人へと視線を向ける。


「ほら」

一人の男が、残る二人に呆れた表情を向けた。


ーーー


「なに?スカウト?」


所々アスファルトの欠け落ちた外壁。

廃れたビルの、剥き出しの鉄骨が骨のように突き出した一室。

大きな窓ガラスはずっと前に割れていた様子で、乾いた風と眼下の汚れた喧騒が、隔てられることなく部屋に居座っている。

ラグ・グニルは、申し訳程度の肉片を挟んだ硬いパンを齧りながら、三人を正面に見据えた。


「そう!強いって聞いてさ!誘いにきたんだよ」


長身の男が両手を広げ、朗らかに言った。


へぇとだけ返し、次の言葉を待つ。

顎を動かすたび、乾燥したパンの粉がボロボロと草履の隙間に落ちる。

長身の男は外套のフードを後ろに回し、整った麦のように明るい髪が現れる。

眉の上でサラサラと揺れる髪質は、明らかにその場に似つかわしくはなかった。

上着のポケットから小さな手帳のような物を取り出し示す。


「いや、失礼。私はリブルムンド王国対魔軍第8部隊所属ディル・レミントン」

「サイラス・フェイ」

「ミレイ・ブラウ!」

三人の名が、雑音に混じって部屋に響く。

訓練されたかのように順にフードを外す。

伸ばしっぱなし黒髪を真ん中で分けた男に、ショートカットの栗毛の女。

足元は同じブーツで揃えられていて、黒い皮が鈍く光っている。

ラグは視線を天井の鉄骨へ向ける。


「あー兵隊かぁ。とうとう軍隊からのスカウトか。でもオレ、銃なんか使ったことないぜ?」

ぐうっと腕を伸ばし、パンの包み紙を一番上で放る。


「なるほど。賭け事のスカウトと思われたか」

ディル・レミントンは顎に手を当て、視線を窓の外へと逃がした。


「武器は、銃だけとは限らないがな」

横に立つサイラス・フェイが、重々しくマントを払った。

腰に差した長剣の鞘が、鈍い光を反射する。

三人の中ではほぼ同じ身長の黒髪の男に、ラグは舐めるように視線を這わせる。


「危険な仕事だ。当然命にかかわる。対魔と言っても他国の人間相手の時もある。その代わり衣食住は保証される。相応の報酬もある。どうだ?」

ディルが視線を戻す。その瞳の奥に、冷たい圧力が宿る。


「ん?つまり魔獣狩りの人員補充だろ?」

「あーー、この人説明が必要な人だよー」

ミレイ・ブラウはため息混じりに肩を落とす。

「よし!お茶でもしようか!」

ディル・レミントンはまた朗らかに提案する。

「あーじゃあ家行くか。少し歩くけど。じいちゃんいるし」


四人は、砂埃の舞う路地を後にし、ラグの住処へと足を向ける。

「ラグは魔獣との経験はあるかい?」

「あー、何度かあるよ。町のみんなでボコボコにした」

最後尾を歩くサイラス・フェイだけは、前を行くラグの無防備な背中から、一度として視線を外すことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ