マイセリウム・フラワーフェス
朝露をきらめかせて太陽が昇り、いつもの日常が始まる。
__おっと、今日は日常からちょっと外れた特別な日。
年に二度のマイセリウム・フラワーフェスの開催日だ!
「ママー! 髪型これでいい? おかしくない? ワンピおっけー? バッグおっけー? おっけー! じゃ、行ってきまーす!」
オレンジ色の髪に大きな瞳の少女は、キッチンで朝食の支度をする母親に、お出かけ着のコーデチェックをねだっていた。
そして、母親の笑顔の肯定に大いに満足したようだ。
小さめのお弁当ポーチをひょいっと指にかけると、ビュッと弾丸のように玄関へと駆けていった。
そんな姉を、あきれ顔で見送るのは、しっかりと寝癖を立たせた黒目黒髪の男の子。
木野光太12歳、小学校6年生だ。
「いいなあ、智姉ちゃん。俺も早く自分のダンジョン欲しいな」
光太の姉、智は先月15歳になったばかり。
今日のフラワーフェスを心待ちにしていた。
現代日本での成人年齢は18歳。準成人は15歳。
__そんな決まりが6年ほど前にできた。
そして、準成人になると個人のダンジョン所持が許可される。
マイセリウム・フラワーフェスの日、準成人全員に『スポラ・ジェンマ――胞子の宝珠――』という名のダンジョンの種が、国から無償で配られるのだ。
スポラ・ジェンマ。
それは、宝石のようにキラキラした六角形の種で、手のひらで温めたり一緒に寝たり、とにかく持ち主・オーナーの側に置くことで成長する。
人間の持つ創造力、クリエイトパワーを吸収して育つといわれる不思議な植物の種だ。
そして、クリエイトパワーを十分に吸収すると、桔梗のつぼみのように、ふっくらと膨らんで開花する。
開いたその花『マイセリウム――菌糸体――』は、六枚の花弁の中央が、なんとダンジョンゲートになっている。
そしてオーナーがゲートに触れると、瞬時にダンジョンに移動することができるのだ!
__ダンジョン。
それは、『秘密基地』なんてもんじゃない。
自分だけのワールド。
誰にも侵されない、自由な土地が、空間が、無償で手に入る。
夢のようなお話。
そのうえ、農作物、海産物、鉱物資源。
ダンジョンからもたらされる豊かな恵みは人類を潤してきた。
そんなダンジョンが発見されてから、まだたったの20年だ。
ダンジョンには、いまだ未知の動植物、隠された宝物が眠ると言う。
それを手に入れるチャンスは全世界、全人類に平等に開かれている。
ワクワクとドキドキ、夢と冒険が詰まった新世界。
それがマイセリウムダンジョンだ。
「はぁ~。早く大人になりたいよ」
「ふふ。そんなに急がないで。光太ちゃんは、ずうっとママのベィビーちゃんで、いていいのよ」
ダイニングテーブルに肘をついて、ため息を吐く光太。
母親は、そんな光太を優しく抱きしめた。
「ねぇママ、俺もフェス見に行ってもいい?」
「もちろん、いいわよ。朝食を残さず食べたら、いつものように自習と鍛錬。祭日だからって怠けちゃダメよ。それから、ホロをお散歩に連れてってね。そのあと、ママと一緒に会場に行きましょ」
光太は、お皿の上に鎮座するプチトマトを嫌そうにフォークでつついた。
「行くぞ! ホロ」
リードを引くと、愛犬ホロ(コーギー♂5歳)は、機嫌よくワフンと吠える。
「がんばった! えらいぞ俺。トマトとの戦いに勝利したッ」
喉奥に残るトマトの青臭さ。
はぁはぁと口を開け舌を出した光太は、愛犬ホロにそっくりだったりする。
そんな、よく似た飼い主とわんこは、いつもの散歩コースから離れ、フラワーフェス会場『ジェンマ公園』のわき道を歩いていた。
ジェンマ公園は、透明なドームに覆われたマイセリウムの研究施設。
今日はフラワーフェスのために一般開放されていて、会場の内も外もカラフルなバルーンや出店でにぎわい、お祭りムードに盛り上がっている。
施設の中央にあるのが、ジェンマの木と呼ばれる1本の大きな木。
カラフルなスポラ・ジェンマをオーナメントのように吊るしたジェンマの木は、朝日を受けてキラキラ輝いてとてもきれいだ。
今年15歳になった準成人の少年少女たち。
彼らはジェンマの木の下で、ひとりづつ木の落とすスポラ・ジェンマを受け取る。
自分だけのパーソナルダンジョンの種だ。
この種は『スポラ・クロマ――色付き胞子――』と呼ばれる。
赤、緑、青の3色が基本のカラーだ。
まれに黒や透明のレア、混合色のスポラ・ジェンマを手にする子がいる。
ひとつの会場で年に2、3個の出現率の低いレアカラー。
レアは早いもの勝ち。
という訳ではないけれど、この特別なジェンマの在庫? が、まだある早い順番になりたくて、みんな早朝から頑張って会場前に並んでいたりする。
まあ、本当に気休め程度のジンクス。なのだけど。
そんな訳で、9時開園のフェス会場の外周には、すでに大勢の少年少女の列ができていた。
光太は、列の中に姉の姿を見つけた。
明るいオレンジ色の三つ編みツインテール。
ばっちりコーデの智は大勢のクラスメイトに囲まれ、きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃいでいる。
フェス会場の雰囲気と熱気が光太は大好きだ。
期待に胸を膨らませる準成人たちの笑顔に釣られ、ついこちらもワクワクしてしまう。
15歳まで、あと3年。
小学生の光太には永遠のように感じる長い道のりだ。
「はぁ~早く大人になりたいな」
そんな愚痴を口にしても、実のところ今日の光太の一番の目当ては屋台飯。
トマトの残像を上書きしていく、香ばしいイカ焼きの香りに鼻をヒクつかせる。
「ワフン、ワフン」
ホロが何かを見つけたようだ。
気になる方向へリードを引っ張り、前足でちこちこと空気を掻いている。
誰かの落とした手袋、飲み残しのペットボトル、酔っぱらい。
ホロは住宅街の様々な獲物を見逃さない、超優秀な狩猟犬なのだ。
「__まてっ! ホロ」
「この気配……かなりの大物だ。油断するな! ……リュウグウキングか。まさか、伝説のメタルゴー……」
光太はノリノリで乗っかった。
小6男子だもの。突然、妄想バトルを始めちゃうのは仕様だね。
ジェンマ公園の外周、フェス会場の入口から離れた植え込みに向かって、ホロはワフンワフンと走ってゆく。
冒険者気分の光太は、人通りの少なくなった裏門のそばで誰かとすれ違った気がした。
けれど、振り返ると誰もいない。
「気のせいかな?」
リードをピンと張って、早く早くと、ホロが急いている。
「平和を乱す、悪のモンスターども! 俺の拳で叩き潰してやる!」
気を取り直して、妄想バトルワールド再起動だ。
ホロは石積みの植栽の囲いに手をかけ、ぶんぶんとしっぽを振っている。
鼻ズラを突っ込み、ワフンワフンと忙しないホロ。
そこにあったものは、誰かが捨てただろう、薄汚れた手のひらサイズの小さなお人形だった。
「くっ。ついに村人に犠牲者が……この凶行、許すまじ。平和に暮らす善良な人々を……」
拳を握り締め、巨悪への復讐を誓う光太は、__そこで違和感に気がついた。
「これって……え? まさかミセリィ?」
『ミセリィ――ちいさな菌糸――』は、ダンジョンフィールドに住む、ナビモンスターだ。
くったりした人形は確かに息をしていた。
動画で何度も観たことがあるから間違いない。
小さな菌糸帽子をかぶった精霊族。
ミセリィがダンジョンの外に出ることなんて、めったにない。
いや、マイセリウム研究所のドームの中以外で、ミセリィが地上に存在すること自体できないはずだ。
「まさか、研究所から逃げ出してきたの?」
光太は植え込みのすぐそば、研究所の塀を覆う透明な結界に目をやった。
ナビモンスターのミセリィは、白黒の執事服をイメージさせる清潔感のある容貌が特徴だ。
それが、いまや煤けて全身まだらでボロ雑巾のよう。
この小さな精霊にいったい何があったのか?
そっと優しく手のひらに乗せると、ミセリィは小さな身体をふるふる震わせた。
だいぶ弱っているけれど、まだ生きている。
「大丈夫? すぐにドームに戻してあげるよ」
ふるふる震えるミセリィは、ゆっくりと瞼をあげて光太を見つめた。
「ボク……XXXだよ」
「もうXXX……そうなんだね。ボク……ずっと……」
とぎれとぎれの言葉を紡ぐミセリィ。
「……捨てられたんだ。信じてたのに」
つぶらな瞳から、大粒の涙がぽろぽろこぼれる。
光太は胸の奥がズキンと痛くなった。
ミセリィは動画でも大人気のアイドルモンスターだ。
いったい誰が、こんなにも愛らしいミセリィを捨てたのだろう。
「ナビモンスターを捨てる人なんているはずないよ。何かの間違いだよ。ね、研究所に戻ろう! 君は、そこから来たんだろ?」
弱弱しくふるふると首を振るミセリィ。
「お願い。……助けて」
ミセリィのうるんだ瞳の見つめる先、植栽の茂みの奥で何かがぼんやりと光っていた。
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