『それは残像でしてよ』断罪直前に分身して回避!無能王子と変態公爵をボコって任務完了ですわ
婚約破棄×忍術×出オチ
さっくり4000文字です
「カスミ・ハットリ!貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
きらびやかな夜会、豪奢なシャンデリアの光がさす大広間に、第一王子カイル・オロの絶叫が響き渡った。筋肉でパンパンに膨らんだ白いジャケットの袖を振り上げ、彼は傲慢に言い放つ。
その隣には、悲壮な決意を瞳に宿したクラリス・アイアンベル令嬢が立つ。
「……あら、心外ですわ。カイル様。せめて理由をお聞かせ願えません?」
カスミは、ふわりと扇子を口元に当て、優雅に小首を傾げた。黄金に輝く完璧な縦ロール、高価な絹で仕立てられた紫のドレス。その可憐な立ち振る舞いには微塵の動揺も見られない。
「白々しいぞ!貴様が我が国に仇なす『東方の忍』であるという証拠は、既にクラリスが掴んでいるのだ!」
「その通りです、お姉様……いえ、カスミ・ハットリ!」
クラリスが震える声で告発する。その瞳には、かつて学園で慕った「憧れの先輩」に裏切られた深い愛憎が渦巻いているように見えた。
「その艶やかな御髪も、淑女と謳われた立ち振る舞いも、全てはカイル様に近づき、我が国の軍事機密を盗むための偽装……!今すぐその化けの皮を剥いで差し上げますわ!」
合図と共に、ホールの壁際に控えていた重装の騎士たちが一斉に抜剣し、カスミを包囲する。逃げ場はない。鉄の壁に囲まれた絶体絶命の窮地。だが、カスミは冷ややかな声で、小さく呟いた。
「やれやれ……あと一歩で機密文書の回収も完了だったのに……詰めが甘かったかしらねぇ……」
「カスミ東方令嬢!罪を認め、投降せよ!」
騎士の怒声に対し、カスミは不敵に、そしてこの場に似つかわしくないほど艶やかに笑った。
彼女は口元を覆っていた扇子を、淀みない所作で高く、真上に放り投げる。
扇子の要の飾りが、シャンデリアの光を反射し、銀の円弧を描く。
夜会の人々の視線が、宙を舞う扇子に吸い寄せられた——その時、広間の空気が鳴動した。
「「「「「さあカイル王子。婚約破棄、できるものならやってご覧なさい?」」」」」
そこには、五人のカスミがいた。寸分違わぬ金髪縦ロール、寸分違わぬ不遜な微笑み。
妖術か、魔術か、催眠術か。重なり合う五重奏の挑発に、夜会の時が止まる。
「なっ……増えた!?化け物め、何人いようと関係ない!捕らえろ!捕らえろ」
混乱に陥ったカイル王子が、五人のうち正面に立つ一人を指差す。
指を指されたカスミは「あら、見つかってしまいましたの?」とショックを受けたかのような小芝居を打ち、残りの四人がおどけた動作で声を揃えた。
「「「「残念。それは残像でしてよ」」」」
王子が指差したカスミがニヤリと笑った直後、ボンッ!という派手な爆雷音と共に白煙が噴き出す。
煙が晴れた跡には、人影などどこにもなかった。
「ヒッ、消えた!?」
腰を抜かす王子を尻目に、残り四人のカスミが優雅に、かつ大胆に、混乱する夜会の場を歩き出す。
「夜会にご出席の皆様、お騒がせして申し訳ございませんわ」
一人のカスミが、完璧な礼法で頭を下げる。
「ただいまご指摘を受けました通り、私、カスミはこの国に忍び込んだスパイ……東方の言葉で言うところの、忍でございます……ですが、お相手があまりにチョロすぎて、少々退屈しておりましたの」
一人のカスミが、バンケットテーブルのクロスを指先でなぞりながら、堂々と告白する。
「こんな無能なお飾り王子を立てなければいけない皆様には、心より同情いたしますわ」
一人のカスミが、扇子で口元を隠しながら、クスクスと憐れみの声を上げる。
「クラリスの言う通り、私が潜入したのはこの国に仇なすため……でしたけれど。これほど上に立つものが腐っていれば、私共が手を下すまでもございませんわね」
最後のカスミが、動揺に震える王子の目の前まで歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。
「だ、黙れえぇぇ!女のくせに、この俺を愚弄するか!」
カイル王子が顔を真っ赤にし、自慢の筋肉を込めた拳を突き出す。しかし、カスミはこともなげに、その腕を扇子で払い、王子の襲いかかる力を利用して、重心を前のめりに崩し、背中を押した。
「うがっ!?」王子は勢い余ってテーブルに突っ込み、高級料理の山に顔を埋める。
ガシャンと皿が砕ける無様な音が響き渡った。
「近衛兵!何をしている、殺せ!そのスパイを殺せ!」
王子の絶叫を受け、騎士たちが一斉にカスミに襲いかかる。多勢に無勢。剣が、槍が、次々とカスミの分身を貫く。だが、斬られた先から分身たちはボフンと煙に巻いて消えていく。
ついに残るは「本体」一人。
騎士たちが、じりじりと包囲網を狭めていく。
「お姉様!……お姉様!本当にスパイなんですか!?学園で共に過ごし、共に笑い合ったあの日々まで、全て嘘だったのですか!?」
クラリスの悲鳴のような叫び。だが、カスミが答えるより先に、騎士たちの巨体がカスミを押し包んだ。クラリスは、敬愛する先輩が無残に拘束される光景に耐えられず、両手で目を覆う。
だが、騎士たちが掴んでいたのは、身代わりの丸太と、脱ぎ捨てられた紫のドレス。そして、無造作に放り出された金髪のウイッグだけだった。
「可愛いクラリス。嘘じゃないわよ。私があなたを思う気持ちも、あなたが私を思う気持ちも……ね」
天井からの美声。シャンデリアの金具に腰掛ける影があった。金髪ではなく、夜を溶かしたような艶やかな短い黒髪。ドレスではなく、肢体のラインを強調する漆黒の忍装束。そこにいたのは、東方の伝説の上忍「カスミ・ハットリ」の姿だった。
「でも、その純真な思いを利用した、最低な『不届き者』がいるみたいね……」
彼女の鋭い視線が、ホールの柱の影を射抜く。
「……フフフ、実に見事だ。実にね」
ゆっくりと拍手をしながら現れたのは、王国の重鎮、アベール・フルール公爵。
右目のモノクルが悪意に満ちた光を煌めかせる。
「フルール公爵!あなたがクラリスに情報を流したのね?」
「いかにも。私は君が狙っている軍事機密などどうでもいい。……だが、君という個人には、狂おしいほどの興味がありましてね」
「私は欠片も興味ないわよ、変態さん」
「その冷たい拒絶!最高だ!私は君のような、誇り高く活きの良い獲物が大好物でね……!」
公爵が合図の指を鳴らす。直後、シャンデリアの上から網が降り注いだ。重りが仕込まれた網は、空中にいたカスミを逃さない。
「くっ……!」
カスミは網に絡め取られ、シャンデリアごと床へと叩きつけられた。
凄まじい破壊音がホールに響き、人々の悲鳴が上がる。
「ああ、ついに捕らえましたよ、カスミ……。さあ、任務のことなど忘れて、私のコレクションとなってください」
公爵が、欲望にまみれた手をカスミへ伸ばす。その時——。
「お姉様、逃げてえぇぇ!」
クラリスが、なりふり構わず公爵に体当たりした。
「お姉様がスパイでも、裏切り者でも構わない!こんな……こんな男の言いなりになる姿なんて、見たくありません!」
「クラリス……」
「ええい、この小娘が!邪魔をするな!」
公爵が苛立たしげにクラリスを突き飛ばす。彼女は絨毯の上に激しく倒れ込んだ。
「さて、邪魔が入りましたが……さあ、今度こそ私のものに……」
公爵の手が、網の中のカスミに触れたその瞬間。
ボフンッ!
「なっ……!?」
公爵が触れたのは、カスミの体ではなく、網に包まれた木の丸太だった。訝しむ公爵の首筋に、ひんやりとした鋼の冷たさが触れる。
「残念。それも残像でしてよ」
カスミの囁きが、公爵の背後から響いた。黒髪をなびかせた彼女は、公爵の腕を鮮やかに捻り上げ、その首筋に冷たい苦無の刃筋をあてていた。
「分身は最初から五体。全ては陽動と撹乱のためですわ。本体の私は、最初に扇子を投げた瞬間から身を隠し、王宮の機密を捜索しておりましたの。どのような状況下でも冷静に任務を遂行する……それが『忍』というものですわ。ご理解いただけまして?」
カスミが公爵の首に当てた苦無に力を込めると、公爵の白い首筋に赤い血筋が現れた。だが、公爵は喜悦の声をあげる。
「す……素晴らしい!それでこそ私の愛した女だ!もっと、もっと私を蔑んでくれ……!」
「とことん救いようのない変態ね。……クラリスに触れた罰よ、たっぷり味わいなさい」
カスミは苦無を引くと同時に、公爵の頸動脈に腕を回した。鮮やかで無慈悲な裸絞。
公爵は快楽と苦痛が混ざったような表情で「ぐぅ……」と喉を鳴らして白目を剥き、その場に崩れ落ちた。気絶した公爵を盾にしながら、カスミはホール全体を見渡して宣言する。
「さあ!この変態公爵の命を救いたければ、道を開けなさい!」
海が割れるように、正面扉までの道が開く。
重装の騎士たちすら、カスミの腕前を見て、足がすくんでいた。
カスミは公爵を荷物のように引きずりながら出口へ向かう。扉の前で、彼女は気絶した公爵を無造作に蹴飛ばした。公爵の身体がだらしなくナメクジのように床に転がる。
廊下に出た彼女は、漆黒の装束を纏いながらも、一点の曇りもない淑女としての所作で一礼した。
「今宵、大変お騒がせいたしました。カスミ・ハットリ東方令嬢として、心よりのお詫びを申し上げますわ」
左足を引き、背筋を伸ばしたまま膝を曲げる。息を呑むほど美しい、凛としたカテーシー。
「皆様が……このようなひどく卑しく、些か能力の足りない男たちを担がねばならないことに、心よりの同情を申し上げます。では……」
彼女は懐から、小さな黒い鉄の塊——分銅——を取り出し、クンッと手首を回して、一直線に投げ放った。
ゴンッ!!
「ガッ!?」ようやく身を起こしたカイル王子の額に、分銅に命中する。王子は再び、昏倒した。
「カイル王子。婚約破棄、謹んでお受けいたしますわ。今の一撃が私からの受諾の返礼です。ご安心なさい、命に別状はございません……もしかしたら、すこしくらい性根が良ろしくなるかもしれませんわ」
深々と頭を下げた彼女は、最後に、涙を浮かべるクラリスへ優しく目配せをした。
「では、クラリス。ごきげんよう」
その自然な笑みは、学園の廊下で明日も会えるかのような、自然な挨拶だった。
「お姉様っ……!」
クラリスが手を伸ばすより早く、巨大な扉が音を立てて閉じられた。
夜会の場は沈黙に包まれる。
その夜から、カスミ・ハットリの姿を見たものはいなかった。
(完)
最後までお読みいただきありがとうございました!
少しでも「面白かった」「出オチ過ぎる」と思っていただけましたら、ブックマークや【☆☆☆☆☆】で、ぜひ高評価をお願いいたします!




