6 屋敷は妹の楽園であれ
侍女が着替えの手伝いを終えて部屋を辞したあと、俺は入れ替わりに部屋に入り、アメリアの髪を梳くことにした。
「じっとしてろ。乱れてたから、整えてやる」
少し緊張していたのか、アメリアは背筋を伸ばしたまま小さくうなずく。
正直に言えば、手先には自信がある。転生前の記憶が戻った今となっては、この程度のことは慣れたものだ。
前世――妹の髪を結ってやっていた日々を、今でもはっきりと思い出せる。
ゆっくりと栗色の髪を梳かし、毛先の絡まりをといていく。柔らかな髪が指の間をすり抜け、やがて滑らかにまとまっていく感覚が心地よい。
「……痛くないか?」
「はい。とても、上手です」
遠慮がちにそう答える声が、なんとなくくすぐったかった。
最後にハーフアップにまとめ、淡いブルーのリボンを結ぶ。今日の部屋着と色を合わせてみたのだが、思った以上によく似合っていた。
「アメリアが元気になったら、一緒にしたいことがたくさんある」
「一緒に……ですか?」
「そうだな。お祭りの日には市井へ出かけて、屋台を見て回ろう。串焼きや綿菓子を食べながら歩くのも楽しそうだ。夜には花火も見られるかもしれないし、湖まで足を延ばして遊覧船に乗るのもいいな。森の中で軽食を広げて、敷物を敷いた草の上で食べるのも気持ちよさそうだ。観劇や演奏会も、気になるものがあれば全部連れて行くよ」
言いながら、自分でも呆れていた。次から次へと出てくる“やってやりたいこと”が、あまりにも多すぎて。
アメリアは、ふわりと嬉しそうに笑ってくれた。
「一緒に行けるように、頑張って元気になります」
「そうだ。焦らず、確実にな」
俺の言葉にうなずくアメリアの瞳は、ほんの少しだけ力を取り戻していた。
――そして数日が過ぎ、ようやくアメリアは自力でベッドから起き上がり、廊下へ出られるまでに回復した。
その朝、俺は屋敷の使用人全員を呼び集め、いつになく真剣な声で言い渡していた。
「いいか。今日はアメリアが初めて自分の足で部屋の外に出てくる日だ。くれぐれも“姫扱い”を忘れるなよ。丁重に、優しく、自然にな」
やがて、アメリアの部屋の扉が静かに開いた。現れた妹は、ふんわりとしたレースのワンピースを身にまとい、髪も美しく整えられている。その横には、専属侍女のマリーが寄り添っていた。マリーはよく気が利く娘で、だからこそアメリアの専属侍女にしたのだ。年齢は俺と同じくらいだろう。
「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
廊下の隅で控えていた侍女たちが、弾かれたように駆け寄っていく。普段はどこか事務的な口ぶりの彼女たちも、今日は丁寧で優しい。
「ご気分はいかがでしょうか? 廊下は少し冷えるかもしれません、こちらをどうぞ」
戸惑いながらショールを受け取るアメリアの隣で、俺は軽く咳払いをした。
「うむ、悪くない対応だ。だが覚えておけ。アメリアはオルディアーク公爵令嬢としてここにいる。俺の妹として相応しい対応を心がけよ」
「はっ、はいっ! かしこまりました!」
使用人たちが慌てて頭を下げる。そのとき――
「……庶子に、そこまでする必要が……」
小さな声で、だがはっきりと。長年仕えてきた侍女が呟いたのだった。




