33 回復
──しばらくして、母上がゆっくりと目を開けた。
俺に向かって、かすかに微笑みを浮かべる。
「……夢の中で、不思議な香りがしたの。あれは……薬だったのかしら?」
「はい、フェレナ草とセリファ草を使いました。症状を見て、必要な薬草を判断したんです。……実は俺、前世の記憶があるんです。医学の世界にいたことがあって。今の状況を“どう処置すれば助かるか”という判断には、その知識が役立ちました。大切な家族――母上を助けたかったんです」
そう言いながら、俺は母上の目をまっすぐ見つめた。
その命を守れたことが、今は何よりも誇らしかった。
だが、気がかりはまだ消えない。
「ですが――気になるのは、なぜあのような中毒症状が出たのかということ。
母上は最近、なにか変わったものを口にされていませんか?」
その場に、わずかな沈黙が落ちる。
やがて、控えていた若い侍女がおずおずと口を開いた。
「……あの、もし……もしいつもと違うものを召し上がったとすれば、私のせいかと……思います」
場の空気がぴんと張り詰める。
「公爵夫人が召し上がったスープ、実は私が……あの日、体調が優れないと伺いまして。薬草を少し足して煮込んだのです。良かれと思って……。でも、私……無知だったのだと思います……」
震える声に、母上が小さく息をのむ。
俺は歩み寄って問いかける。
「その薬草、まだ残っているか?」
「は、はい。厨房に……」
「案内してくれ」
◆◇◆
「……やはり、これか」
俺は侍女が使用したという薬草を手に取り、葉の縁に指を滑らせながらつぶやく。
「これは〈グロワ草〉。〈ミラト草〉とよく似た形をしていて、若葉の時期には特に見分けがつきにくい」
「……それって……毒なんですか……?」
「あぁ。神経毒を含んでいる。高熱や幻覚症状が出るし、母上のように死にかけることもある。おそらく君は疲労回復効果のある〈ミラト草〉と間違えて摘んだんだろう?」
侍女が床に膝をつき、唇を震わせながら頭を垂れる。
「処罰は……覚悟しております……」
その言葉に、母上が静かに頭を振った。
「いいえ。あなたは、私のために動いてくれただけ。その気持ちが、何より嬉しいわ。……私を思っての行動なら、責められないわよ」
俺も、重々しく頷く。
「この件でわかったのは、“知らないままの善意”が命を危うくすることもあるということだ。これからは正しい知識を学び、同じことを繰り返さないように。それと、独断で判断しない慎重さも、忘れるな」
侍女の震える肩を、母上はやさしく見つめる。そして、ふとその視線が――アメリアへと移る。
俺は母上のためにアメリアも山岳地帯へ赴き、薬草を採取したことを伝えた。母上の微笑みが、ゆっくりとやさしく深まる。
「まぁ、アメリアも一緒に薬草を採りに行ってくれたの? 危険なところなのでしょう? 私はあなたの実の母親じゃないのよ? そこまでしなくて良かったのに……おばかさんね」
「……だって、私、公爵夫人のこと、ずっと尊敬していました。私のような立場の者にも優しくしてくださって……だから、どうしても元気になってほしかったんです」
「そう……。なら、これからは私のことを“お母様”と呼んでちょうだい。あなたは、もう私の実の娘同然よ。ねえ、レオニル?」
「もちろんです。アメリアは母上にどんどん似てきていますからね。お二人が並んでいると、所作がそっくりで驚きますよ」
「あの……実は、私、公爵夫人……じゃなくて、お母様のことを真似していました。こっそり観察して、仕草や話し方を……ごめんなさい」
「まあ、なんて可愛らしいの。いいのよ、大歓迎だわ。淑女としての教育は私に任せて。お揃いのドレスも仕立てましょう。まだ先だけど、デビュタントが楽しみだわ」
その声は明るく、まるで何事もなかったかのように、部屋には華やいだ空気と笑い声が戻ってきた。




