31 凶獣の出現とアメリアの活躍
俺たちは再び山道を歩き始めた。だが、そのときだった。
――ガリッ。
何かが、岩をひっかいたような音がした。
立ち止まった俺の耳に、霧の奥から不自然な呼吸音が混じって聞こえてくる。
音は湿っていて、まるで何か巨大な獣が、重たい息を押し出すように呼吸しているようだった。
――何かが近づいている。
「アメリア、動くな。多分大きな凶獣だ……来るぞ」
俺はアメリアの前に立ち、片手を前に突き出した。霧が渦を巻く。岩の裂け目の奥、ぬめった影が蠢いている。
この山岳地帯に漂う霧には、微量ながら魔力を帯びた毒素が含まれている。俺は事前に展開していた「簡易浄化結界」によって、周囲の空気から毒素を除去し、安全を確保していた。
この結界は、空気を魔力で緩やかにろ過する構造であり、物理的な攻撃を防ぐ力は持たない。俺が独自に編み出したもので、膨大な魔力量により常時展開が可能だ。アメリアにも教えていたが、彼女の魔力量では長時間の維持は難しかったので、俺がアメリアの周りにも浄化結界を張っていた。
〈アズマレク〉――この山域に生息する、魔力の高い凶獣。六本足で、外骨格のような黒い殻を持ち、霧に溶けるように姿を隠す能力を持つ。毒素に適応しているため霧の毒気に強く、魔力による探知も難しい。
「アメリア、あいつは霧に紛れてこちらの姿を探ってる。魔力には鈍いが、急な音や足音には反応する。動くなら――音を立てずに、静かに。でなきゃ、一瞬で距離を詰める覚悟で」
「……わ、わかった」
だが、その時すでにアズマレクは俺たちを完全に捉えていた。
霧の中から黒い牙が現れ、跳ね上がるように飛び出してくる――!
「っ――!」
俺はすかさず防壁魔法を展開する。霧の中に広がった魔力の膜が、ぎりぎりの距離で牙を受け止める。
重く、鈍い衝撃が手に伝わる。
「アメリア、あの術……覚えてるか? 先日教えた、魔力を一方向に射出するやつだ!」
「う、うん……自信ないけど……っ、でも、頑張る!」
アメリアが、俺の背後で深く息を吸ったのがわかる。
魔力が収束する。震えていた声が、次の瞬間には鋭く叫ぶ声に変わった。
「――〈フォース・スラスト〉!!」
霧の中に、銀色の矢のような魔力が一直線に走った。それはアズマレクの顎を直撃し、霧を吹き飛ばして獣の姿を露わにする。凶獣がうなり声をあげ、体勢を崩した。
「……よくやった、アメリア!」
俺はすかさず、追撃の魔法を放つ。〈雷槍〉――収束した雷がアズマレクの黒い外殻を貫き、内側から焼き尽くす。凶獣の絶叫とともに、地面が震える。霧の中に黒い影が崩れ落ち、そのまま動かなくなった。数秒の沈黙。俺たちは息を呑んでいた。
「……終わった、か」
「お、お兄ちゃん、あの魔法……当たった……?」
「ちゃんと命中してた。よく狙ったな。怖かっただろうに、よくやった」
アメリアの瞳にはまだ涙が滲んでいたが、そこにはしっかりと自信の光が宿っていた。彼女はもう、ただ守られるだけの存在ではない――そう思わせるには、十分すぎる一撃だった。
ほんの一瞬で、こんなにも変わる。
俺の妹は、今この瞬間にも――確かに、強くなっている。
感動していた俺だったが、すぐにそんな暇はないことに気づく。
この命をつなぐ薬草を、今すぐ持ち帰って母上を治療しなければ――。




