30 薬草探し
険しい斜面を登って十分ほど、霧の奥にわずかな違和感を感じた。魔力の流れが、そこだけ微かに揺れている――風でもなく、霧でもなく、まるで生きた“気配”が草むらに息づいているかのように。
「……あった。あれだ」
俺は低く声を抑え、アメリアに目線を送った。霧の薄まった岩の裂け目、その影の奥に、灰緑色の葉が何本か重なるように生えていた。
「セリファ草……間違いない」
葉の表面にはかすかに粉のような白い粒子が浮かび、それが霧の水分を吸って光を反射していた。この白い粒子こそ、解毒作用を持つ成分――レボネイン。水分を媒介として毒素を吸着し、分解・排出を促す性質を持つ。
「触れるなよ。葉の縁には微細な棘がある。素手で摘めば手に刺さってしまう。……この鉗子を使え」
「う、うん……! すごい、お兄ちゃんって詳しいのね? なんでも知ってるんだね……」
俺はアメリアにピンセット型の魔具を手渡し、彼女が慎重に葉を挟んで採取するのを見守った。
緊張しながらも、一つひとつ確実にこなしていく。彼女なりに、これがどれだけ重要な作業かを理解しているのだろう。
「よし、そのまま保存瓶に入れて……湿度調整の魔石も一緒に。そう、それでいい」
瓶に収めた瞬間、セリファ草がわずかに淡い緑の光を灯した。それはまるで、自分の役割を知っているかのようだった。
さらに進んだ先、小さな沢のほとりで――白い葉が地面に広がっているのを見つけた。
「……フェレナ草。こんなところにあったのか。こんなに群生しているとはな」
フェレナ草は、湿度の高い地面に根を這わせるようにして育つ。葉には細かな白い毛がびっしりと生えており、触れると冷気のような感覚を与える。この冷却作用が炎症を鎮める鍵になるが、使用するのは葉の部分のみである。葉は非常に繊細で、力を入れて引きちぎると成分が壊れてしまうため、セリファ草と同様に、専用のピンセット型の魔道具で一枚ずつ丁寧に摘み取らなければならない。
万が一の危険に備えて、俺は今回も周囲に気を配っていた。アメリアが採取に集中できるよう、見張り役を引き受けたのだ。
「アメリア、さっきよりもゆっくり。気持ち、息を止めるくらいの感覚で」
「はい……だいじょうぶ、できます」
アメリアの手は、さっきよりも確かだった。
その手に導かれ、フェレナ草がわずかな抵抗もなく茎から摘み取られていく。
「……これで、そろった」
俺は二種の薬草が収められた瓶を見つめ、深く息を吐いた。これで、母上を救う希望が見えた。だが、気は抜けない。帰路もまた、命がけだ。
この薬草を手に、俺たちは再び足を踏み出した。その時、霧の中から微かな音が聞こえた。アメリアが足元の草をかき分け進もうとした瞬間、地面から大きな毒蛇が飛び出し、彼女に向かって襲いかかってきた。
「――っ!」
咄嗟に後退しながら、アメリアは学園で習得した火魔法の詠唱を始めた。手のひらに魔力を集中させ、火球を生成する。
「《フレア・スフィア》!」
アメリアの掌から放たれた火球が、蛇の頭部に直撃し炎が蛇の体を包み込む。その直前、俺は密かに蛇の動きを封じていた。だが、それはアメリアには伝えない。
「はぁ、はぁ……」
アメリアは息を整えながら、燃え尽きた蛇を見下ろした。
「アメリア、大丈夫か?」
俺が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「はい、なんとか……。お兄ちゃんに特訓してもらった成果です!」
――こうして俺のかわいい妹はにっこりと微笑んだ。
アメリアの自信に満ちた笑顔を見て、俺は心の中でそっと頷いた。
自信をつけることは、彼女の成長にとって何よりも大切なことだ。




