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妹は庶子、文句があるか?常識なんてぶっ飛ばせ!  作者: 青空一夏


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3 sideアメリア

 王立貴族学園に入学して、ちょうど三週間が過ぎた。

 寮の朝は早い。

 高位貴族の令嬢たちの部屋は洗面所や簡易バス付きで、専属の侍女がついて支度を整えてくれるらしい。

 けれど、私は“ただの《《庶子》》”。

 宿舎の片隅にある小さな部屋には、そういった贅沢はなかった。


 高貴な血を継ぐ“正統な子女”だけが、相応の部屋と待遇を受ける。

 それが、この世界の貴族社会では“当然”らしい。

 私は一人で起きて、ひっそりと共用洗面台で顔を洗う。

 他の生徒たちと顔を合わせないように、いつも一番早く。

 誰かが「おはよう」と言ってくれることはない。

 もちろん、私ももう、期待しなくなっていた。


 最初はわからなかった。

 なぜ誰も話しかけてくれないのか。

 どうして笑顔の裏側に、棘のある視線を感じるのか。


「ねぇ、あの子よ。オルディアーク公爵家の《庶子》なんだって」

「父親は公爵だけど、母親は平民? 信じられないわ」

「なのに王立貴族学園に通ってるなんて、身の程知らずにも程があるわよね」


 ――そんな声が、毎日のように聞こえてくる。

 囁きは徐々に広まり、廊下に立てば、誰かが必ず私の背中で笑うようになった。


 最初の異変は、机だった。

 ノートを取り出そうと引き出しを開けたら、中がぐっしょり濡れていた。

 かすかに残る魔力の痕跡が、それが水魔法による悪戯だと教えてくれる。


 次に消えたのは、筆箱の中身。

 黒板を写そうとした瞬間、気づいた。ペンも定規も、すべて、綺麗さっぱり消えていた。


 それでも誰かが助けてくれるわけでもなく、ただ、笑う声だけが響いた。

 ――カリサ・ヴァルレイン伯爵令嬢と、その取り巻きたちの。

 彼女たちの笑い声は、教室の中でも一際よく通る。


 他の生徒は、誰ひとりとして私に声をかけない。

 ただ笑う者、見て見ぬふりをする者。

 私が近づけば、輪は崩れた。

 話しかけようとすれば、視線を逸らされる。

 「空気を読んで」とでも言いたげな冷たい視線が、突き刺さるようだった。


 庶子は、ここに居てはいけない存在なのかもしれない――そんな思いが、日に日に強くなっていく。


 私は学ぼうとした。頑張ろうとした。

 オルディアーク公爵家が、私に学びの場を与えてくれるよう取り計らってくれたのなら、少しでも恥ずかしくないように。


 ……でも、身体は嘘をつかなかった。


 朝起きると、視界が揺れた。

 制服のボタンを止めるだけで、息が切れた。

 寮の食堂のパンの匂いだけで、吐き気がした。


 教室の椅子に座っていても、指先が震える。

 ノートを開いても、文字が二重に見えて、何も読めなかった。


「……あの子、最近、顔色悪くない?」

 それはヴァルレイン伯爵令嬢――カリサ様の声だった。

 含み笑い混じりの、意地悪な声。心配するどころか、私の不調を楽しんでいるようにすら聞こえた。


 気がつけば、私は寮の自室から一歩も出られなくなっていた。

 恐ろしくて、怖くて……授業にも、食堂にも行けないまま。


 誰も、扉を叩かない。

 誰も、私のことなど気にかけない。


 ――この学園で、私は完全にひとりぼっちなのだ。


 私はベッドに横たわる。

 部屋の天井が、真っ白で、ひどく遠くにあるように見えた。

 ふと、思い出す。

 亡くなった母さんの声。

 寒い夜に毛布を掛けてくれた手の温もり。

 「アメリアはえらい子ね」って、笑ってくれた声。

 私は、その声が大好きだった。

 口に出すつもりはなかったのに、勝手に言葉が漏れていた。


 「……母さん、助けて」


 言ってしまった瞬間、涙が一粒、頬を伝った。

 届かないことなんて、わかってる。

 でも、言わずにはいられなかった。


 もう何日も部屋から出ていない。

 このまま消えてなくなりたい。

 そして、私は意識を失った。

 まるで、深い海の底に沈んでいくような感覚だった。


 ――意識の底に、光が射し込んだ。

 ふわりと、誰かが頬に触れた気がした。

 大きくて……あたたかな手。


 ゆっくりと、瞼を開く。

 白い天井。差し込む陽光。

 そして、その光の中に――レオニル・オルディアーク公爵閣下がいた。


 レオニル様。

 王都でも名高い、若き公爵閣下。

 私を引き取ってくれた“お兄様”


 でも、きっとこんな私は、妹なんて思われていない。


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 思い出す。昔、まだ母さんが元気だった頃。

 貧しかったけど、笑いの絶えない暮らしだった。

 隣の小さな家には、仲の良い兄妹が住んでいた。

 年の離れた兄が、いつも妹の髪を梳かしてあげていたっけ。

 一緒におやつを食べて、手をつないで笑ってた。


 あのとき私は、思ったんだ。


 ――私にも、お兄ちゃんがいればいいのに。優しくて頼りになって、私を甘やかしてくれるお兄ちゃんがいたら……。


 けれど……そんなこと思ってはいけない。

 この方は、そんな存在じゃない。

 優しくなんて、されるわけがない。

 望んじゃいけない。身分が違うんだもの。

 そう、わかってるのに――


 声が、勝手に漏れていた。


 「……お兄ちゃん」


 その瞬間、オルディアーク公爵が微かに目を見開いたように見えた。

 でも、私はそれを確認する前に、再び意識を手放した。


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