27 前世の後悔
俺たちが突然姿を現すと、庭園で庭木の手入れをしていた庭師たちが、まるで幽霊でも見たかのようにギョッと目を見開いた。無理もない。魔力を歪ませた光の渦の中から、いきなり人が出てくれば、誰だって驚く。しかもそれが、公爵家の嫡男である俺と、その妹ともなれば尚更だ。
「やあ、ご苦労様。母上が心配でね。転移魔法でこちらに来ただけだ。驚かせてすまない」
そう軽く声をかけながらも、俺の足は自然と早まっていた。屋敷の中へと向かう俺たちを、玄関で執事が静かに出迎える。動じた様子は一切ない。この屋敷では、こういった事態も想定のうちなのだろう。異常を異常とせず淡々と受け止める――その姿勢が逆に、事の重大さを物語っていた。
寝室の扉を開けると、空気が重く沈んでいるのを感じた。
母上の寝台の傍らでは、公爵家専属の医師が診察をしている。だが、その表情には明らかに戸惑いが滲んでいた。
「症状が定まらず……熱も高く、意識も混濁しておりますが、はっきりとした原因がわかりません」
俺が確認した限り、母上の額にはびっしりと汗が滲み、荒い呼吸とわずかにうわ言のような声を漏らしている。これはただの疲労や風邪ではない。明らかに異常だ。
「この症状……なんだっけかな……どこかで、見たことがある」
無意識にそう呟いていた。頭の奥に、何かが引っかかっている――思い出せそうで思い出せない。
体の芯が冷えていくような感覚の中で、俺は振り返らずにその場を出た。向かうのは、書の塔。公爵家の知識が集積された場所だ。
俺はそこで、壁一面に並ぶ薬草辞典や資料を次々と開いた。背後の窓から差し込む陽光が、ページをめくるたびに反射してきらめく。大量の情報の中から、たった一つの記憶を探す。ページをめくる手が止まらない。だが、俺は焦らない。なぜなら、間違えたくなかったから。
――前の世界では、妹の命は救えなかったが、診断を誤ったことはない。
大学病院に勤めていた若手の講師医師、それが俺だった。
臨床と研究の狭間で多忙な日々を送りながら、俺は歳の離れた妹をひとりで育てていた。
両親は、俺が高校生のときに事故で亡くなった。そのとき、残されたのは俺と幼い病弱な妹だけだった。俺は子どもでいる暇もなく、一気に大人になった。
妹を守るために、彼女の病を治したくて――医者になることを選んだ。その選択に、後悔はない。
しかし、守りきれなかった命――妹の命があるという事実は、今も胸の奥で疼いている。
今生では妹アメリアのことも、もちろん大切だが――今の母上、オルディアーク公爵夫人も、絶対に死なせたくない。
皆で、今度こそ“本当の意味での家族”になって、幸せを手に入れるんだ。
この世界では、親子の距離感が前世よりも少し遠い――特に貴族の間では、それが当然のように受け入れられている。
だが俺には、家族はもっと近くて、もっと温かくあるべきだ、そうなりたかった、という記憶がある。
大切にしていた妹だったのに、静かに消えていった最期の瞬間に立ち会えなかった後悔と痛みが、俺の心に深く残っている。
だから、今度こそは守る。アメリアも、母上も、俺の家族は――誰一人として、もう失わせはしない。




