21 sideアメリア
商店街の端、少し人気のない広場に、不思議な乗り物が浮かんでいた。それは、小さな白木の小舟。水の上に浮かんでいるわけでも、何かに吊られているわけでもない。空中に、ふわりと浮かんでいた。
私は思わず足を止めて、それを見上げる。
「……な、なに、あれ……?」
「魔導小舟だよ。街の上を少しだけ回ってくれる。安全だし、見晴らしもいい。……乗ってみるか?」
お兄ちゃんが、少しだけ楽しそうに言った。
内心びくびくしていたけれど――その手を差し出された瞬間、不思議と怖さが薄れていく。
はい、と小さく頷いて、その手を取った。
小舟に乗り込むと、ふわりと身体が持ち上がった。マリーは地上で手を振っている。
「マリー、行ってきまぁす!」
「お嬢様、楽しんで来てくださいねーー!」
足元が宙に浮く感覚は、最初少しだけ、くすぐったかった。
「きゃっ……!」
「大丈夫。ほら、ちゃんと俺が隣にいる」
お兄ちゃんの声は優しくて深みのある声、それだけで心がふわっとほぐれていく。
小舟はゆっくりと、建物の間をぬうように上昇していく。私たちの後ろを、ルーンが青い羽をひらめかせて飛び、ピコルは小舟のへりにちょこんと座り、風を受けて耳をぴくぴく動かしていた。
「わぁ……見てください、お兄ちゃん! 王都が、こんなふうに見えるなんて……!」
下に広がる景色は、まるで絵本のいちページみたいだった。
赤い屋根、石畳の通り、広場の噴水。人の流れさえ、まるで動く絵のように見える。
「高いところ、怖くないか?」
「ううん。お兄ちゃんと一緒だから、大丈夫です!」
そう言ったら、お兄ちゃんが少しだけ目を細めた。
「そっか。……なら、もう少し上に行ってみよう」
「ええっ!?」
言い終わる前に、小舟がすこしだけぐっと上昇した。
わたしは思わず、お兄ちゃんの腕にしがみつく。
「もー……!」
お兄ちゃんは小さく笑って、「ちゃんと掴まってろよ」と私を支えてくれた。
その瞬間!
「にゃっ……にゃーーっ!!」
ピコルが、足元のへりからずるっと滑りかけた。
「ピコルっ!?」
慌てて手を伸ばそうとしたその瞬間――頭上から、ルーンのからかうような声が聞こえてきた。
「え、まさか飛ぶの忘れたの? 羽あるでしょ~?」
「はっ……!」
ピコルが自分の背中にある小さな翼を思いだし、ぎくりと固まる。
そして、慌ててふわふわと羽ばたいて、自力で舞い戻ってきた。
「……おまえ、飛ぶこと忘れてただろ」
お兄ちゃんが半ば呆れたように言うと、
「め、面目ないニャ……」
ピコルはしょんぼりとわたしの膝の上にちょこんと座り込み、その背後でルーンが「チュイッ」と小さく笑ったように鳴いた。
「……もぉ、気をつけてよ、ピコル……それと……ルーンも普通に話せるんだ? すごい」
ふたりの姿が可愛すぎて、思わず笑いがこぼれる。――だけど、その笑いのすぐあと、不意にこみ上げてきたものがあった。
私は今、笑ってる。
怖がったり、我慢したり、気を張っていた頃じゃ考えられないくらい自然に。
こんな時間を、こんな風に過ごせる日が来るなんて――
昔の私には、きっと想像できなかった。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「私、お兄ちゃんの妹で良かった」
その言葉は、自分でも気づかないうちに、自然にこぼれていた。
お兄ちゃんは驚いたように目を見開いて……それから静かに微笑んだ。
「……そうか。俺も、妹がおまえで良かったよ」
空は高くどこまでも青く澄んでいた。
この時間が、いつまでも終わらなければいい。
私はそう思いながら、お兄ちゃんの隣で、小さな舟の旅を楽しみ続けたのだった。




