2 妹アメリア
書類に目を通していた時、扉の向こうから控えめなノックが響いた。
「公爵閣下、失礼いたします」
執事が静かに入室し、恭しく頭を下げた後、淡々と告げる。
「アメリア様を、屋敷へお連れいたしました」
「そうか」
それだけ答えて立ち上がる。
屋敷の応接室には、母上が先に座していた。
普段と変わらぬ優雅な身なりに、仮面のような微笑。
だがそれは、俺にとっても馴染み深い“日常”だった。
やがて、ドアが開き、小柄な少女が案内されてきた。
――これが、アメリアか。
栗色の髪は少し乱れていて、着ているワンピースは古びていた。
縫い直した跡がちらほらとあり、布地も褪せている。
――豊かな暮らしではなかったのだろうな。
だが、その程度の感慨で、心が動くことはなかった。
痩せてはいるが、目だけは大きくて、こちらをまっすぐに見ていた。
その視線を受けても、俺の中に感情らしきものは浮かばない。
ただ、「この程度の年齢か」と、観察するように見つめ返す。
隣に控えていた執事に問いかけた。
「何歳だ?」
「十五歳になります、公爵閣下」
年齢のわりには幼く見えた。
「アメリア様、こちらがレオニル様……いえ、現在のオルディアーク公爵閣下にございます」
執事の紹介に、アメリアはぎこちなく頭を下げた。
「……はじめまして。アメリアです、オルディアーク公爵閣下」
小さな声だった。だが、はっきりと耳に届いた。
俺はただ、一度だけ頷いた。それ以上の返答は、不要だと感じた。
この世界において、貴族とは“血統”こそが何より重んじられる存在。
だが、その尊き血を分けた家族ですら、愛情を口にすることは滅多にない――それが、この社会の常だった。
室内には、しばしの沈黙が流れた。
「この子のことだけど」
静かに口を開いたのは、公爵夫人――母上だった。
いつも通りの丁寧な声音。だが、その言葉の先には少しの迷いが感じられた。
「学園に通わせるのが良いかと考えています。王立貴族学園には寄宿舎もありますし、あそこなら社交性も身につくでしょう。そういった場で育つのが、きっとこの子のためにもなりますわ」
母上は俺を見た。
その視線は、「どう思う?」と、今の当主である俺に一応の確認を求めていた。
俺は、即座に答える。
「……構いません。教育の場としても、妥当でしょう」
それは、貴族としての常識に沿った判断だった。
特別な感情も迷いもない。ただ、それだけのことだった。
「本人に異論がなければ、それで構いません」
俺の言葉に、母上がアメリアのほうへ視線を移した。
少女は一瞬、怯えたように目を瞬かせ――そして、小さくうなずいた。
「……はい」
ただ、それだけだった。
俺も母上も、それ以上の言葉を必要とはしなかった。
アメリアは、ソファの隅に浅く腰を下ろしていた。
クッションにも寄りかからず、背筋を伸ばしたまま――ぎこちない姿勢だった。
それが礼儀だと思っているのか、それとも単に緊張しているだけなのか。
俺は、ただそれを静かに見ていた。




