17 妹の笑顔を守りたい
俺はアメリアの教室に瞬間移動し、静かに周囲を見渡した。妹の微かな不安の揺らぎを、リンク魔法で感知したからだ。アメリアは、突然目の前に現れた俺に目を丸くしたものの、すぐにぱっと笑みを浮かべる。
「テキストがいきなり消えたと思ったら、綺麗な鳥が持ってきてくれたの。お兄ちゃんが守ってくれたんでしょう?」
「まあな。……窓の外を見てみろ。あの青い鳥がルーンだ。万一の時、アメリアを助けるよう命じてある」
「わぁ……あの鳥さんも使い魔なの?」
「あぁ。ピコルだけじゃ不安だからな。外ではルーンと、その隣のノクスが見守ってる。ノクスは夜目が利く。昼間はほとんど寝てるがな」
アメリアは嬉しそうに窓の外に手を振った。その仕草に応えるように、ルーンが翼をはためかせこちらに飛んできて、軽やかに俺の肩へと舞い降りる。窓が閉まっていようが、壁があろうが関係ない。魔法で創った使い魔だから、ああいうのは自由にすり抜けられる。
「こ、こちらはペット禁止でございます……!」
教師があわてたように駆け寄ってきた。俺は穏やかに微笑んで頷く。
「ご心配なく。すぐ外に戻す。……さあ、ルーン。外で待っていろ。あとで果物をやろう」
ルーンは小さくひと声鳴くと、ふわりと飛び立った。
「お兄ちゃん、私もルーンに何かあげたいな。助けてくれたから!」
「ルーンは果物が好物だ。……放課後、街まで買いに行くか?」
アメリアの目がぱっと輝いた。
一方で、俺は心の中では冷静に魔力の痕跡を辿っていた。ジェニー・ピアスン侯爵令嬢。この教室に微かに漂う魔力は、間違いなく彼女のものだ。アメリアを転ばせようとした術式の残滓。テキストを庭木へと飛ばした移転魔法の気配。
──隠しきれるものではない。
ピコルがアメリアを守り、ルーンがテキストを取り戻してくれた。アメリアは無事に、いつもの笑顔を見せている。胸を撫で下ろしつつも、俺は静かに冷ややかな感情を胸に刻んだ。
(次は──許さない)
「誰がやったかは問わないし、今回は見逃す。だが、次があれば──容赦はしない」
俺はピアスン侯爵令嬢に視線を向けながらそう告げた。一瞬、ピアスン侯爵令嬢の肩がびくりと震えたのを、見逃さなかった。
アメリアには優しい声で微笑みかける。
「何も心配することはない。俺が守る」
そっと彼女の頭を撫でると、アメリアは少し恥ずかしそうに、だがとても嬉しそうに笑った。
──それでいい。
アメリアには、恐れも不安も、必要ない。
昼休み、アメリアと並んでカフェテリアへ向かう。食事を済ませた頃、給仕のひとりがこちらに歩み寄ってきた。年配の女性で、どこか緊張した面持ちをしている。
「オルディアーク公爵様、こちら――余った果物がございまして。……実は、授業でのやりとりを耳にされた先生から、おふたりにお渡ししてはどうかと、ご指示いただきまして……」
そう言って差し出されたのは、小ぶりながら瑞々しい林檎と甘そうなベリー類。
アメリアが目を見開いてこちらを見る。俺は笑って頷き、果物の入った籠を受け取った。
「ありがとう。気遣い、感謝する」
果物を手に入れた俺たちは、庭園へ向かう。精神交信でルーンを呼び寄せると、彼は嬉しそうに飛んできた。声に出さずに使い魔と意思疎通できるなんて──魔法世界は、時に便利すぎる。
アメリアはルーンに果物を差し出し、無邪気に笑っている。それを受け取ったルーンが、器用に果実をつつきながら嬉しそうに「キュイ」と鳴いた。ノクスは相変わらず木陰で眠っている。肉食らしいあいつは、昼間は狩りをしないらしい。
──使い魔は、本来なら俺の魔力で生きる存在だ。
だが、味覚はちゃんとあるらしく、ピコルなんかはミルクや甘い菓子に目がない。
(……まあ、あいつら――使い魔たちが楽しそうなら、いいか)
俺はそっと目を細めた。
──アメリアが笑っている。
それだけで、今日という日が、少しだけ特別になるんだ。




