15 学園の特別室
深々と頭を下げた学園長は、やや震える声で口を開いた。
「この学園にオルディアーク公爵閣下をお迎えできること、誠に光栄に存じます。ご期待に添えるよう、教職員一同、誠心誠意努めさせていただきます」
──やけに、俺にだけ向かってくるな。
俺は眉をひそめた。
たしかに、家柄と立場を考えれば、こうなるのも無理はない。
だが、今一番大切にすべきは、隣にいるアメリアだ。
俺は、あくまでやんわりと、しかしはっきりと言葉を返す。
「……隣に妹がいるのが見えないのか? 俺よりも、妹に優しい言葉をかけてくれないか」
一瞬、学園長の顔色が真っ青になった。
慌てふためき、言葉を探すように口を開く。
「も、申し訳ございません! アメリア様、ようこそいらっしゃいました! 学園一同、あなた様の復学を心より歓迎申し上げます! この学び舎が、アメリア様にとって実り多き日々となりますよう、全力を尽くして参ります!」
アメリアは、びっくりしたように目を瞬かせたが、すぐに小さく、可愛らしく頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
その仕草がまた、たまらなく可愛い。
俺は満足げに頷いた。
学園長の必死の歓迎のあと、俺たちは応接室へと案内された。身分の高い者だけが通される特別な部屋だ。重厚な扉をくぐると、上質な絨毯が敷き詰められ、壁には高価な絵画がいくつも飾られていた。調度品ひとつとっても、格の違いが歴然だ。
確か前回もここに通された覚えがあるが、その時は部屋の様子を観察するどころではなかったな。
そんなことを思っていると、中央のテーブルに、男子寮と女子寮の見取り図が広げられる。
学園長が緊張した面持ちで、説明を始めた。
「こちらが、男子寮、そしてこちらが女子寮の配置図でございます。オルディアーク公爵閣下には、男子寮の最上階、角部屋の特別室をご用意いたしました。日当たりも良く、広さも十分。家具も最高級のものを揃えております」
学園長は汗を滲ませながら、俺の顔色を伺う。俺は軽く頷いた。
「心遣い感謝する」
学園長はほっと息をついたが、すぐにアメリアのことに話が及び、途端にまた顔が強張る。
「ア、アメリア様には……女子寮の……えっと……」
見取り図の上で指先が宙を彷徨う。
──迷っているのが、手に取るように分かった。
俺は、わずかに微笑んで促した。
「何を迷っているんだ? オルディアーク公爵令嬢にふさわしい部屋を用意してくれ。俺の妹だ」
言葉は穏やかに、だがその意味するところは明白だった。
学園長は、顔面蒼白になりながら何度も頷いた。
「は、はいっ! すぐに! アメリア様にも、最上階の特別室をご用意いたします! 続きの間に、専属侍女のお部屋も完備されております!」
「うむ、結構。ところで、俺もアメリアの部屋をチェックしたい。だいじな妹がどんな部屋で生活するのか、確認するのは兄としての務めだ。そうだろう?」
「仰るとおりです」
引きつった顔の学園長に、俺は軽く口元を緩めた。
「手間をかけるが、よろしく頼む」
案内されてたどり着いた女子寮の特別室は、贅沢に慣れた俺にとっては、さほど感動するものではなかった。
これなら、まあ合格点だろう――そんな程度だ。
だが、アメリアは嬉しそうに目を輝かせ、思わず感嘆の声をあげていた。
アメリアが喜んでいるなら、それでいい。
「俺も自分の部屋を見てくる。後で、また会おう」
そう声をかけると、アメリアはぱっと笑顔を咲かせ、元気よく頷いた。
【sideアメリア】
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、ふわりと甘やかな花の香りが漂う。
大きな窓には、上質なピンクのカーテンがかかっていた。
手触りの良いベルベット生地に、銀糸で細やかな模様が織り込まれている。
床には、ふかふかの絨毯が広がり、足元をやさしく包み込む。
広々としたベッドは天蓋付きで、白いレースがふんわりと揺れていた。
壁際には豪華な鏡台と、たっぷりと衣装を収納できる専用の衣装部屋も備えられている。
「わぁ……!」
部屋をぐるりと見渡しながら、私は小さく息を呑んだ。
オルディアーク公爵家で過ごすうちに、豪華な部屋にはすっかり慣れてしまった。
それでも――隅の部屋に追いやられたかつての学園生活を思えば、この部屋は格別に思えた。
マリーもほほ笑みながら、続きの間を見渡している。
すぐ隣に専属侍女用の部屋もちゃんとついていて、そこも充分な広さがあり、居心地が良さそうだった。
「お嬢様、なにかあったら私がすぐに駆けつけますからね」
その言葉が、じんわりと胸にしみた。
私は、こくんとうなずく。
そのとき。
ふわり、と空気が揺れたかと思うと私の肩にちょこんと何かが乗った。
『なかなか良い部屋ニャン!』
ピコルだ。
いつの間にか姿を現し、満足げに尻尾をぴんと立てている。
「ピコル! あなたも気に入ったのね? ここが私たちの部屋よ」
私は微笑みながら、ピコルをぎゅっと抱きしめた。
きっと、ここで素敵な毎日が始まる。
今度は、私を守ってくれる人たちが、こんなにもたくさんいるから。
それに、今の私は――少しだけ、強くなれた気がする。
オルディアーク公爵夫人は、私のことを、自分の娘みたいだと言ってくれた。
オルディアーク公爵閣下――お兄ちゃんは、
もう二度と私を泣かせないって、真剣な面持ちで約束してくれた。
だから、私は大丈夫。
もう、ひとりぼっちじゃないもの。
もう、寂しくなんかない。




