12 黙っていれば良かったのに
「……ヴァルレイン伯爵夫人は、どうやら身分の上下というものをご理解されていないようですわね。以後、我が家およびエルドレッド家が主催する夜会へのご招待は差し控えさせていただきます。また、王妃殿下――お姉様にも今回の一件、詳細をご報告申し上げますわ」
母上の怒りが凄まじかった。完璧にヴァルレイン伯爵家を社交界から追放する気だ。
「まあまあ、母上。そんなにお怒りになっては、血圧が上がってしまいますよ」
俺がなだめにかかると、すかさず横からカリサ嬢が俺を見上げ、潤んだ瞳をぱちぱちと瞬かせた。
――……目にゴミでも入ったか?
「レオニル様。“お兄ちゃん”と、アメリア様はお呼びになりましたよね? “お兄ちゃん”ですよ? 庶民でも裕福な家では、“お兄様”と呼ばせるものなのに! レオニル様を“お兄ちゃん”とは、いくらなんでもおかしいですわよ」
――うるさい子だな。妹に何と呼ばせようと、君には関係あるまい。
「ヴァルレイン伯爵令嬢。俺のことは、オルディアーク公爵閣下、もしくはレオニル卿とお呼びください。君に親しく呼ばれる筋合いはありません。どうやら、身分の違いというものをご存じないようだ」
俺はあえて柔らかく笑みを浮かべ、隣にいた彼女の父親に目をやる。
「ヴァルエレイン伯爵。ご息女の教育、王立貴族学園ではいささか不足しているようですね。たしか隣国に、礼儀作法に厳しい学び舎があったかと。いかがでしょう、そちらに転校なさっては?」
俺は言葉にせずとも、学園からの“退場”を促すよう、じわりと圧をかけた。そして母上もまた、にこやかな笑みを浮かべたまま、ヴァルレイン伯爵夫人にこう告げる。
「さっそく私から王妃殿下――お姉様へご報告しておきますわ。出国許可の申請も、代わりに陛下へ通して差し上げましょうね。あの、ええ、たいそう厳しいと名高い――スパルタン貴族学園でしたかしら? 入学手続きもお任せくださいませ。あぁ、なんて私は優しい公爵夫人なのでしょう。ほっほっほっほ」
――もちろん、これは懲らしめるためではない。あくまで、カリサ嬢の将来を思ってのことだ。このまま社交界に出れば、間違いなく自滅するだろうからね。
母上――すなわちオルディアーク公爵夫人は、実家にエルドレッド公爵家を持つお方。我が家と並び称される二大公爵家のひとつである。そして、その姉は現王妃殿下。兄上はこの国の宰相。つまり、母上は社交界を牛耳るラスボスだ。その母上を前に、否定する意見を述べ鼻で笑うとは……もはや自滅行為。
どうやって今までヴァルレイン伯爵夫人が、この認識で社交界を生き抜いてこられたのか、不思議でならない。だからこそ俺は、せめて娘であるカリサ嬢には、まっとうな未来を歩んでほしいと思ったのだ。
――そう、これは親切心。間違いなく、親切心である。うん、実に我ながら優しい。
「カリサ嬢、君ならきっと――あのスパルタン学園でもうまくやっていけるだろう。立派な貴婦人になってくれることを……祈っているよ(知らんけど)」
内心で、大阪流のツッコミをかました。
……俺が興味あるのは、妹のアメリアだけだ。残念ながら、それ以外はどうでもいい。




