11 sideオルディアーク公爵夫人
「だから、余計にあの花が好きになったの。……でもね、どんなに大好きな花でも見るたびに、ほんの少しだけ胸が痛むわ。ほんのわずかだけれど、悲しさが滲んでしまうのよ」
こんなふうに口に出してしまったのは、おそらく初めてだった。気づけば、心の奥にしまい込んでいた本音が、ぽろりとこぼれていた。アメリアは目に涙を溜めながら、そっと小さな声でつぶやいた。
「自分が代わりになれるとは思いませんけれど……少しでも、お慰めになれたらと」
その瞳はまっすぐで、私を思いやる気持ちに満ちていた。なんて優しい子なのだろう――そう、素直に思えた。
私はレオニルのほうへと向き直り、微笑みながら声をかける。
「今日はお天気もいいですし、少し早めのお昼に湖へ行って、遊覧船の上でランチを楽しみましょうか? 三人でいただくごはんは、とってもおいしいものね」
そう言って、私は自らふたりを誘うのだった。
王都近郊の名高い湖へと、魔導馬車を走らせた。侍女やフットマンを数人従え、船上での食事のためにコックに料理を用意させ、それらを持参した。もちろん、荷物はフットマンたちが運んでくれる。私たちは一番豪華な船に乗り込み、湖の上でのひとときを楽しんでいた。
そんな折、ヴァルレイン伯爵とその令嬢カリサが挨拶に訪れた。私は微笑みながら声をかける。
「今日は天気も素晴らしく、船の上はとても気持ちが良いですわね。そういえば、カリサ嬢はアメリアと同級生ではなかったかしら? 学園はどうなさったの?」
アメリアを見ると、顔色は青ざめ、唇がわずかに震えていた。
――いったい、どうしたというの?
けれど、カリサは何事もなかったかのように、朗らかに丁寧な挨拶を返してきた。
「ちょうど数日間、学園がお休みなのです。神殿の式典があるとかで、学園の施設も一時的に閉鎖されるのですわ。それで、両親に誘われてこちらへ――ほんの気晴らしのつもりでしたの」
カリサはちらりとアメリアを見下ろすように視線を流し、口元に笑みを浮かべた。
「まぁ、アメリア様。この遊覧船の――最上階の特別貴賓席に、《《あなたのような方》》がおられるなんて……さすが、オルディアーク公爵夫人の《《お情け》》ですわね」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸には怒りが込み上げた。
「カリサ嬢。あなたには、理解し難いのかもしれませんけれど――私にとってアメリアは、出自に関わらず、何より大切な“家族”なのです。私は血筋ではなく、その人の《《在り方》》にこそ価値を見出しておりますの。……もっとも、家によっては考え方が異なるようですけれど」
静かに、だが、はっきりと。言葉は私の意志を込めて放たれた。
アメリアは驚いたように私を見つめ、レオニルは同意するように頷いた。家族のために声を荒げたのは、これが初めてかもしれない。これまでの私は、誰かを守らねばならないと思ったことなど、一度もなかった。レオニルは優秀で、私が守らなくても自分でなんでも対処できたから。
でも――この子は違う。私が守らなければ、誰も手を差し伸べてはくれない。レオニルと私で守るわ。
私は由緒正しき筆頭公爵家・エルドレッド家の次女。姉は現王妃、兄は宰相。そして嫁ぎ先のオルディアーク公爵家もまた、エルドレッド家と並ぶこの国の貴族社会における双頭。ヴァルレイン伯爵家ごときに、我が家の娘――アメリアを侮られてはたまらない。
実の娘でないとか、そんなのは関係ないわ!
「学園に出向いて、これまでのことを詳しく調べる必要があるかもしれませんわね。安心して任せていたはずの王立貴族学園で、《《ちょっとした悪戯》》があったと、担任がレオニルに言ったそうですが――捨て置けませんわ。その者たちの責任を問われるのは当然ですもの」
するとアメリアが、そっと私の袖を引いた。
「庶子がどう扱われるとか、そういうの……私、知らなかったんです。だから、ちゃんと向き合えば、仲良くなれるって……そう思ってました。……甘かったんです。全部、私が世間知らずだったんです。だから、大事にしないでください」
「そのとおりでございますわ。オルディアーク公爵夫人、そこの子は庶子ですよ? 学園でまともに扱ってもらえるわけがないでしょう? 身分こそが全てのこの世界で」
ヴァルレイン伯爵夫人が、《《鼻で笑いながら》》言い放った。
――なんたる身の程知らず! この私に向かって、そんな口の利き方をするなんて!
すると、レオニルが満面の笑顔で口を開いた。
「アメリアの体調も戻ってきたことですし、近いうちにまた学園に行かせようと思っています」
「えっ? お兄ちゃん……」
「アメリア、学園を辞めるのは簡単さ。しかし、これからおまえはこの貴族社会を生きていかなきゃならないんだ。だから、またあそこに戻って、自分の価値を思い知らせてやれ! 大丈夫。俺も一緒に行く。……前々から考えていたことだが、ちょうどいい機会だ」
レオニルは、ふっと視線をカリサに移す。
「ヴァルレイン伯爵令嬢、来期からよろしく頼む。俺は上級生になるが、校舎は同じだろうし、教室も近くにしてもらうつもりだ」
そして、私に向かってやわらかく微笑んだ。
「母上、俺が学園に通っていない間は、オルディアーク公爵としての職務……お願いしてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんよ。私は当主の務めも果たせるよう育てられておりますからね。エルドレッド公爵家の娘ですもの」
レオニルが通うというなら、それでよい。むしろその方が、アメリアにとっても安心だろう。
それにしても――
「……ヴァルレイン伯爵夫人は、どうやら身分の上下というものをご理解されていないようですわね。以後、我が家およびエルドレッド家が主催する夜会へのご招待は差し控えさせていただきます。また、王妃殿下――お姉様にも今回の一件、詳細をご報告申し上げますわ」




