死ぬ理由
水槽から金魚を取り出す。
思ったより、ぬるい。
手のひらで何度か跳ねた。
口が忙しなく動く。丸く開いて、閉じて、開いて。
水がないことを、体がまだ理解していないみたいだった。
真っ赤な体が美しい。
死にかけているのに、無駄に輝いている。
尾びれがだらんとして、動きが遅れていく。
反応が一拍ずつ遅れる。
苦しいのだと思う。でも声は出ない。
音がないから、見ていられる。
部屋にゴキブリがでた。
イキイキとしたスピードで駆け回っている。
迷いがない。そういえば、後退するゴキブリを見たことがない。彼らはいつもまっすぐだ。
生の象徴という言葉が一番似合うのはゴキブリかもしれない。
反射的にティッシュで包む。中で暴れる。
ティッシュ越しに伝わる震えが、やけに具体的で、嫌になるほど必死だ。
そのまま外に出る。
夜の公園が好きだ。
生きているものと、終わりかけのものが、同じ距離にある気がする。
理由はない。ただ、そう感じる。
少し歩いて、野良猫を見つける。
目が合う。逃げない。
警戒と期待の中間みたいな顔で、じっとこちらを見る。
人に餌をもらうことに、慣れている目だ。
ティッシュを開くと、ゴキブリは落ちた。
逃げる間もなく、猫に咥えられる。
歯が入る。
小さく、乾いた音がして、殻が割れる。
噛むたびに形が崩れ、脚がばらけ、動きが止まる。
さっきまで走っていたものが、ただの塊になる。生の象徴といったのを取り消したい。
灯火が消える、という言葉は本当だと思う。
一瞬だけ、確かに光って、すっと消える。
私はそれを見て、嫉妬した。
羨ましい、じゃない。
ずるい、に近い。
車に轢かれたイタチを見た。
道路の端で、内側にあったものが外に出ている。
赤黒く濡れた臓器が、冷たい空気にさらされている。
体はもう役目を終えているのに、形だけがそこに残っている。
かわいそうだと思った。
でも同時に、もう痛くないんだ、とも思った。
その日は、いつもより深く眠れた。
ぱくぱくと口を動かして、目を覚ました。
最悪だ。
嫌いな上司と唇を重ねた夢を見た。
とても柔らかく、温かかった。
気持ち悪くて仕方ない。
自分の夢の趣味の悪さに、苦笑する。
この不愉快な気持ちも、死ぬ理由になるのだろうか。
夢占いを調べようとスマホに手を伸ばす。
検索画面の青い光を見つめているうちに、気が進まなくなった。
たぶん、書いてあることは都合のいい答えじゃない。
口の中に、まだ夢の味が残っている気がして、歯を磨く。
歯ブラシを握る手に力が入る。
強く磨きすぎて、血が出た。その味を、舌で確かめる。
私は死にたい。
昔、一度だけ本気で死のうとした。
錠剤を飲み込むたび、喉の奥が重くなっていった。
胃の中に、冷たい泥が溜まっていくみたいだった。
吐き気とめまいが同時に来て、
自分の体が、自分じゃなくなる感覚があった。
苦しくて、つらい。
早く、楽になりたかった。
それでも体は勝手に生きようとして、
私は助かってしまった。
死にたい気持ちは、消えなかった。
ただ、死ぬまでに通らなきゃいけない感覚を知ってしまって、
それをもう一度味わう勇気がなくなっただけだ。
死んだ生き物を見ると、少し安心する。
その瞬間、自分がもう死んだ気がする。
代わってもらったみたいに。
私はいつも、死ぬ理由を探している。
理由を作ることだけが、上手くなってしまった。




