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死ぬ理由

掲載日:2025/12/18

水槽から金魚を取り出す。

思ったより、ぬるい。


手のひらで何度か跳ねた。


口が忙しなく動く。丸く開いて、閉じて、開いて。

水がないことを、体がまだ理解していないみたいだった。


真っ赤な体が美しい。

死にかけているのに、無駄に輝いている。


尾びれがだらんとして、動きが遅れていく。

反応が一拍ずつ遅れる。

苦しいのだと思う。でも声は出ない。


音がないから、見ていられる。


部屋にゴキブリがでた。

イキイキとしたスピードで駆け回っている。

迷いがない。そういえば、後退するゴキブリを見たことがない。彼らはいつもまっすぐだ。


生の象徴という言葉が一番似合うのはゴキブリかもしれない。


反射的にティッシュで包む。中で暴れる。

ティッシュ越しに伝わる震えが、やけに具体的で、嫌になるほど必死だ。


そのまま外に出る。

夜の公園が好きだ。

生きているものと、終わりかけのものが、同じ距離にある気がする。

理由はない。ただ、そう感じる。


少し歩いて、野良猫を見つける。

目が合う。逃げない。

警戒と期待の中間みたいな顔で、じっとこちらを見る。

人に餌をもらうことに、慣れている目だ。


ティッシュを開くと、ゴキブリは落ちた。

逃げる間もなく、猫に咥えられる。

歯が入る。

小さく、乾いた音がして、殻が割れる。

噛むたびに形が崩れ、脚がばらけ、動きが止まる。

さっきまで走っていたものが、ただの塊になる。生の象徴といったのを取り消したい。


灯火が消える、という言葉は本当だと思う。

一瞬だけ、確かに光って、すっと消える。

私はそれを見て、嫉妬した。

羨ましい、じゃない。

ずるい、に近い。


車に轢かれたイタチを見た。

道路の端で、内側にあったものが外に出ている。

赤黒く濡れた臓器が、冷たい空気にさらされている。

体はもう役目を終えているのに、形だけがそこに残っている。

かわいそうだと思った。

でも同時に、もう痛くないんだ、とも思った。


その日は、いつもより深く眠れた。



ぱくぱくと口を動かして、目を覚ました。

最悪だ。


嫌いな上司と唇を重ねた夢を見た。

とても柔らかく、温かかった。

気持ち悪くて仕方ない。

自分の夢の趣味の悪さに、苦笑する。


この不愉快な気持ちも、死ぬ理由になるのだろうか。


夢占いを調べようとスマホに手を伸ばす。

検索画面の青い光を見つめているうちに、気が進まなくなった。

たぶん、書いてあることは都合のいい答えじゃない。


口の中に、まだ夢の味が残っている気がして、歯を磨く。

歯ブラシを握る手に力が入る。

強く磨きすぎて、血が出た。その味を、舌で確かめる。


私は死にたい。


昔、一度だけ本気で死のうとした。

錠剤を飲み込むたび、喉の奥が重くなっていった。

胃の中に、冷たい泥が溜まっていくみたいだった。

吐き気とめまいが同時に来て、

自分の体が、自分じゃなくなる感覚があった。

苦しくて、つらい。

早く、楽になりたかった。


それでも体は勝手に生きようとして、

私は助かってしまった。


死にたい気持ちは、消えなかった。

ただ、死ぬまでに通らなきゃいけない感覚を知ってしまって、

それをもう一度味わう勇気がなくなっただけだ。


死んだ生き物を見ると、少し安心する。

その瞬間、自分がもう死んだ気がする。

代わってもらったみたいに。


私はいつも、死ぬ理由を探している。

理由を作ることだけが、上手くなってしまった。



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