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気が視えた俺と、守りたがりな彼女と、戻らない何か  作者: 白川


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1-9 二人の追跡者と犠牲者と

 放課後。いつもの昇降口を抜けたところで、翔太はふと立ち止まった。

 夕日の色が濃い。日が沈むと共に、あいつらも活性化する。

 今日は絶対に現れる――そんな確信だけが重く胸を占める。


(昨日より何か近い。気の流れ……気配?)


 肌の奥にざわつく異常の匂い。不意に背筋をひやりとした冷気が通り抜ける。

 振り返ると、夕焼けに染まる校舎があるだけで誰もいない。

 気のせい――そう思いたいのに足は自然と力が入っていた。


(綾乃の言う通り、日没が引き金……なら時間がない)


「翔太、聞こえる?」


 頭に綾乃の落ち着いた声が響く。帰宅道の騒がしさの中でも彼女の声だけは妙にクリアに聞こえた。


「あなたから見て左前方へ約600m。邪悪な気の反応。たぶん敵だよ」

「了解」


 返事はした。しかし疑問が――


「位置がわかるって、どういう……」

「気脈の乱れから裏側と繋がる部分が大体分かるの。気を感じる範囲が広くなって使える技術ね。

 考えるのは後、走って」


 息を荒らしながらひたすら走る。

 大通りから1つ挟んだ小道に入る。人混みのざわめきが急に遠ざかった。

 ――そんな一瞬の間を置いて、風向きが変わった。背中の汗が冷える……無意識に振り返っていた。


(……なんだ、この視線)


 見られている。

 敵か?それとも――

 答えのない不安だけが、確実に背に張りついていた。

 日が落ちかける街……人々が帰途につき、光と影の境界が曖昧になっていく。

 綾乃の指示で路地へ回り込むたびに、翔太の五感の警戒は跳ね上がっていった。


(ついてきてる……!)


 確信へと形を変えた。

 足音は聞こえないが、それでも分かる。ぴたりと張りつく、気配。


(敵か? 距離を取ってる……いや、狩りの準備か!?)


 建物の窓に映った自分の背後。

 そこにひとつの揺れる影。目を凝らすとすぐに消えた。


(逃がすか!)


 ビルの陰へ飛び込み、振り向いて構えるが――何もいない。


「翔太、右前方、奥!近いよ!」


 綾乃の声に意識を無理やり前へ向ける。

 背中の刺すような視線は消えなかった。




 その視線の主――紗季。


 見つかる気など欠片もないという、一定のリズムの足音が、薄暗い歩道に溶ける。


 彼女は余裕だった。


 見守っている。

 自分が必要なのは当然。

 自分がいなければ危なっかしくて仕方がない。

 置いていかれる未来なんてあるはずがない――あり得ない。

 そこに余裕はあっても油断は無い。


 翔太がぴたりと立ち止まり、首をこちらへ巡らせた瞬間、息をひそめ影へ溶ける。


(気づかれた? ……まさかね)


 そんなまさか!?と思う反面。ぞくりとした感覚が背骨を走った。

 できないと思っていたことをやってみせるのは、少しだけ――誇らしい。

 でも同時に、胸の奥で小さな棘が刺さる。


(追いついてくるの、早いじゃない……)


 余裕の笑みはいつしか崩れ、薄暗がりの中、紗季の瞳は鋭く細められる。

 成長する獲物――いや、守るべき人。

 その背中を視界に捉えながら、彼女は虎のように静かにその時を待つ。


 ***


 綾乃の声はさらに鋭くなる。


「敵が姿を見せた。これだけ近ければあんたも感じるだろ」

「ああ!」


 見えない圧力を跳ねのけ現場に到着すると化物がまさに姿を現すところだった。

 ギ…ギ…ギ……

 金属を引きずるような音が、不規則に近づいてくる。

 暗闇の中から、手足だけが先にヌルリと現れる。人型……のはずだが、関節の向きが明らかにおかしい。

 空間をこじ開けるようにその上半身が露わになる。


「な、なんだよ、これ……」


 顔が無い。

 相手はこちらを“見て”いないはずなのに、なぜか確実に狙われている気配だけは濃厚だった。

 汗が急に冷たくなる。背筋を氷で撫でられたような感覚に鳥肌が立つ。


(ヤバい。ビビりすぎたら、動けなくなるぞ…!)


 拳を握り覚悟を決める。

 そいつの裂けた腹から、刃物のように尖った骨が突き出されると、ギギギギギと、遅れて耳を裂く音。


「来た……!」


 感覚が引き延ばされる。

 軌道は線で視える。

 身体は軽い。

 脚に気を集中し……制御。

 跳ねる準備はできている。

 避けるタイミングを伺う。

 撃ち落とす余裕はまだないが――


 だが、その前に。


「そこまで」


 女の声。その声が響くと同時に、周囲の気配が凍り付いたような気がした。

 直後、高速の光が目の前を駆け抜ける。


 次の瞬間、化け物が甲高く悲鳴を上げて弾け飛んだ。


「…………は?」


 翔太の目の前に立っていたのは、制服の女子。

 ブレザーの裾が、夜風に揺れる。

 見慣れた横顔。

 藤堂 紗季。


 制服をひらりと揺らしながらまるで何でもないように埃を払う。


「あら。もう終わっちゃった」


 黒い霧だけを残し敵は完全に消滅した。

 静寂が戻っても、翔太の鼓動はまだ早い。


「……ありがとう。助かった」


 そう口にしても、紗季は「当然よ」とでも言うような落ち着いた笑みを保ったまま、翔太の腕へそっと触れる。


「当然でしょ?あなたを守れるのは私だけなんだから。

 ……気脈が少し乱れているわ。無理したでしょ。勝手に一人で背負おうなんてしないで。ね?」


 その声は柔らかいのに、命令のように逆らわせない。

 胸の奥に形容しがたい違和感が、ひっそりと残る。

 紗季のその笑みのほんの端に、鋭いものがきらりと混じった気がして。瞳の奥がやけに深いような気がして……


(何か……いつもと違う)


 口には出来なかった。


 夜風が吹いた。……冷たい。

 陽は完全に沈んだ。


 綾乃の通信は沈黙。

 二人だけの夜は、まだ終わらない。






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