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気が視えた俺と、守りたがりな彼女と、戻らない何か  作者: 白川


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1-1 境界を越える夜

 放課後の商店街。冬の吐息が白く揺れる。

 相良翔太は、隣を歩く女性、藤堂紗季を横目で見た。


「ほんとに行くの? あの古本屋」

「別に。ただ気になっただけ」

「またそうやって……! 翔太の“気になる”って大抵ロクなことない」


 紗季が眉を寄せる。苦笑混じりの声で非難されるが、俺は何も返せなかった。


 古本屋に入ると、空気が変わった。湿った空気が重い。薄暗い灯りは何も見えない闇より不気味だった。


「……嫌な予感がする。ねえ帰ろ。お願い。ここは良くないわ」


 紗季が袖を引く。


「怖いなら外で待ってれば」

「そういうことじゃないの。……置いてかれたくないだけ」


 ――俺はきっと、普通じゃ満足できない。普通のまま終わるのが、怖い。

 誰かに線を引かれて「ここまで」と言われるのが嫌なんだ。


(置いていかれるのは嫌なくせに、自分は先へ行きたがる)


 矛盾している。

 分かってる。


 紗季は昔から俺をよく見ている。

 道場で打ちのめされても、何度も立ち上がったあの頃の俺を。

 同じ型を、俺よりずっと早く、正確に身につけていった彼女……


 ――お前は向いてない。

 ――才能ないやつが無理するな。


 そう言われ武術から遠ざかった日も遠い過去。

 しかし紗季には分かるのだろう。俺がまだ諦めていないことを。


(俺は、自分の限界を他人に決められたくない)


 そんな思いに引かれるように、奥へ進むと異様な気配を纏う本があった。

 古びた表紙の厳かさ。禍々しさか、神秘か――ただ、確かに“何か”があった。


(あの本。ヤバいやつだ。でも……めちゃくちゃ惹かれる)


「翔太、ねえ」


 呼ばれて振り返ると、ポニーテールが揺れて俺の視界に割り込んできた。紗季の澄んだ瞳が俺を覗き込んでいた。


「なにその顔。何かあったの?」

「いや、なんにも」

「じゃあ、そんなビビった子鹿みたいな目しないでよ」

「ビビってない。ただ……ちょっと変な本が」

「変な本? ふーん」


 紗季の目が細くなる


「……ワクワクしてる? 子供の頃、初めて道場に来た時の目と同じだわ」


 ドクン、と心臓が跳ねる。


「だから、嫌なの」

「え、なんて?」


 紗季は笑わずに言った。


「翔太はね、一度決めたら止まらない。遠くへ行っちゃう。……置いていかれそうで、怖いわ」


 苦しくなるほど真っ直ぐで。俺は視線を逸らした


「えっと……別に、置いていかない。ただ、興味が出ただけ」

「その “ちょっと” が危ないの」


 ……痛いところを突かれて言葉が詰まる。

 紗季が俺の腕をきゅっと握り、無理やり引っ張った。


「今日はもう帰る。はい、行くよ」


「ちょ、強引すぎ――」

「知らない。許さないからね、危ないこと」


 紗季の手は強くて、少し震えていた。爪が食い込む痛みが伝わる。


「翔太は、私を置いていく人にならないで」

「……紗季?」


 先ほどとは打って変わって弱弱しい声だ。

 返事の代わりに、ぐい、と引っ張られる。


 なんでそんなに必死なんだよ。オカルト本一冊の話だろ。

 そう思う俺の目は――夜の古本屋の暗闇へ向いたままだ。


(幽霊が出るわけでもないのに……)


 家の近くの分かれ道で、紗季が手を振る。


「じゃ、また明日ね。変な本買っちゃダメよ?」

「……買わないよ。たぶん」

「その“たぶん”が危険なんだってば!」


 笑いながら紗季は背を向ける。

 その背が角を曲がり消えた瞬間――

 俺は踵を返して走り出した。胸の中で何かが叫ぶ。


(冗談抜きで、手放しちゃいけない気がする)


 理屈じゃない。ただ本能が、そう決めた。


 夕暮れの商店街は、昼の喧噪を忘れたように静まり返っていた。

 シャッターが降りていく音が、街全体が眠りに入る合図みたいだ。


 ――まだ、開いててくれ。


 願うように駆け戻ると、古本屋の看板にはぎりぎり灯りが残っていた。呼吸を整えドアを押すと、鈴がかすかに鳴る。

 棚の隅……あの本は、まるで俺を待っていたみたいにそこにあった。


(やっぱり……気になる)


 俺はそっと手を伸ばし、表紙を開く――

 そこには武器を持った人の姿勢や、怪しげな立ち方が描かれている。

 解説もあるが簡潔で余計な飾りはない。どうやら実用的な武術を解説した本のようだ。

 興味のままにページをめくると、呼吸の整え方。組み手の様子。掌から衝撃波を放つ姿に、空高く舞う姿。パラパラとめくる度に滑稽な絵が現れ苦笑が漏れる。


 だが呼吸法には見覚えがあり懐かしさを感じる。

 近所の――紗季の祖父が開く武術道場で、型や呼吸法を叩き込まれた記憶。あそこで同年代の子供たちと――紗季と過ごした時間は楽しかった。こうして武術に関連するものを目にするとあの頃の記憶が蘇る。


(ちょっとだけ、真似してみるか。馬鹿みたいだが誰も見てないし)


 あたりを見回し、誰もいないことを確認すると本を片手に姿勢を取ってみた。足を肩幅に開き、呼吸を整え、腕を目の前に突き出し集中。指先を軽く動かす。


 ほんの遊びのつもりだった。だが――空気が微かに揺れた。

 心臓が一瞬、破裂しそうなほど速く打ち始めた。


「……冗談だろ」


 俺は慌てて本を閉じ、古本屋のレジへ向かった。店主は無言で値札を確認し、古びた紙袋に本を入れて渡してくれた。

 値段は驚くほど安く、まるで誰も欲しがらないものを、俺だけが拾ったような気分になる。


(面白半分だったのに。これはただの本じゃない……と思う)


 自信は無いが空気は確かに揺れたはず。風なんで吹いていなかったのに……。


 商店街を抜け、家に着く頃には、頭の中はすっかりその本のことでいっぱいだった。玄関を開け、靴を脱ぎ部屋へと急ぐ。机の上に本を置き、電気スタンドを点け一息ついた。

 古びた紙の匂いが部屋の空気に混じる気がした。

 ページを開きパラパラめくると、呼吸法の項目が目に留まった。


「これなら部屋の中でできそうだ。えーっと……」


 本を横に置く。

 息を深く吸い、ゆっくり吐く。腹に力を入れ、肩の力を抜く。

 足を肩幅に開き膝を軽く曲げる。重心を下げ、足裏全体で床を捉え、地面に根を張る。

 図解通りにやってみると、普段の呼吸とは違い肺の奥まで空気が入るような、体の隅々にまで酸素が行き渡るような感覚を覚える。


(なんだ、これ……気のせいか?)


 体の内側から熱が生まれるような感覚があった。

 血流が強くなり、心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。体中がじんわりと温かくなる。


 本で見たでたらめな……空を飛び、光線や炎を出す人物画が脳裏をよぎった。

 そして連想するのは魔力、気功、超能力。そんな言葉だ。

 マンガや小説でしか見たことのない概念だが、今の感覚はきっとそれに近い。

 体から力が湧き、外へ流れ出そうとするこの感覚。自分の中で何かが蠢いている。


 自分が汗をかいていることに気づき意識が逸れる。

 部屋の静けさの中で、心臓の鼓動が速くなる。

 身体の熱は引いていた。

 興奮している自覚はあるが心地よい。


「笑えるな。俺がそんな漫画みたいな存在になるなんて」


 その時外に、何かの気配を捉え背筋が冷たくなる気がした。

 視線を窓へ向けると夜の闇の中、街灯の下に影が揺れていた。人影のようでいて、人ではない。輪郭が曖昧で、煙のように揺らめきながら形を保っている。

 汗が背中を伝い、指先が震える。


(ホラー映画でよくあるだろ。呪われた本を開いたら、幻覚が見えるとか……。興奮して脳がバグってるとか……。本になにかトリック……仕掛けがあった?)


 ぐるぐる思考が回るが説得力はどれも薄い。

 恐怖を直視したくない心が必死に理屈を探す。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 窓の外の影が、揺れて、消えた。

 俺は本を握りしめ皮肉めいた笑みを浮かべる。


「もし嘘じゃないなら……俺はもう、巻き込まれてるんだろうな」


 異形の気配――不穏な影は、確かにそこにあった。



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